7日目 息づかいから学べ
ゾーリューネヅは非常に飲み込みのよい娘だった。
自分のがんばりが里の異変の解決を左右している、とまで言われたので本来の力量以上にがんばっている様子も見て取れる。
はじめはおぼつかなかった手元もすぐにこなれて確実かつ迅速に薬品を希釈し、教えた通りの使い方を守って速やかに採血、記録していく様は、五百年前にほとんど機械に地位をとってかわられたというナースの存在を雷太に思い起こさせた。
ついでに、処置されている患者だけでなく、ゾーリューネヅを視界におさめられる範囲に居る男どもが全員そちらをさりげなく視線で追っているのがわかった雷太は、
「(ああ、ここの人たちの基準じゃあ、美人さんなんだな)」
と漠然と理解した。
顔の造りの違いから雷太には、アルカンコー族の美醜の差どころか表情の違いというものもまだ読みとれないのだが、鼻の下を伸ばす、という表現はここにも共通しているのだなとくだらない事を考えてしまう。
「おっと、いかんいかん」
思考が全く関係ないところにそれてしまったという事は、そろそろ疲れが来ているのだろう。気分転換も兼ね、雷太は昨日から予定していた行動に移ることにする。
「じゃリューネさん、少し空けるからここは頼んだ。広場の方に居ると思うから何かあったら呼んで……いや、コレを渡しとくよ。とりあえずココを押して、次にコレを押せば遠くに居ても話だけはできるようになるから」
通信端末の基本的な使い方だけを教えて押し付ける。手際がよくなっているとはいえ、既に言いつけられた事を反復するだけでも精一杯だったゾーリューネヅは、唐突に新しい事を入れられて軽くパニックに陥りそうになった。
「ん、とりあえず持っとけばいいから。本気で自分だけじゃダメだって思ったときに今教えた事をすればいい」
パニックを強引に押さえつけると、そのまま広場に向かった。
昨日から予定していたこととは、少年、ならびにまだ助かる見込みのある年齢までの成年たちに初歩的な魔法の使い方を教える事だ。
むしろ老人達まで助けようという治療行為こそが予定外だったのだ。
「はよーごづまづ!」
雷太が来たのを見た若者の一人が緊張した面持ちで立ち上がって真っ先に挨拶をしてきた。それに習うように、他の者たちも軽く頭を下げる。
「あ、もう集まってたのか。悪いな」
「いンえ! じさまばさままンづぇ助けてくだづってごで。おいらたづぁ嬉しいばっかでづ!」
「ん、うん……」
彼の口ぶりからして、やはり老人達ははじめから自分達の命は助からないものと考えていたらしい。その考えは態度に出ていたか、あるいは態度だけでなく口に出していたのか。若者たちも老人達の諦め、あるいは覚悟をしっかりと知っていたようだ。
雷太は、より微妙な気持ちになりそうになった。が、彼らの(おそらく)やる気に満ち溢れた顔を見るとそうもなっていられない。
「じゃあ、早速やっていくけど、少ししたら俺は別の作業をまた始めるつもりだ。それまで君らに習ってもらうのは、ちょっと変わった呼吸法だけになる」
雷太はカッシェルフから高濃度の魔力を直接飲まされて、ショック療法的に魔力を感じられるようになった。これというのは、雷太が魔法の存在しない世界から来たせいで、魔力を一切感じられなかった事が原因だ。
しかし、魔力に高い適性がなくとも、この世界で生まれた者というのは多かれ少なかれ魔力の流れを感じ取る事ができるようになっている。
雷太自身はまだ「そうらしい」という程度の認識しかないのだが、雷太自身がカッシェルフから魔法を教わっていた時はそういう事だった。
「あんのぉ……」
すぐにでもその呼吸法の指導に入りたかった雷太だが、先ほどとは別の若者が一人、おずおずと(おそらく)申し訳なさそうな顔で手をあげる。
「ん? なんだ?」
「そンの、コキューホーってのは、なんづす?」
「ばっがおめェ! コキューフーだづが? コキューフーづさ川ンおえいどづ魚ンことだづ」
「そんづまざン、コキューフーだづが! 賢者ざまいいづがんコキューホーだづが! 全ぐつげえもんだづが!」
若者たちの間で急に始まった訛りのきつい口喧嘩。いや、本人たちにとっては普段どおりのやりとりで、喧嘩などやっているつもりはないのかもしれないが、やや乱暴に聞こえる語調と、同時に訛りの解読もしなければならない雷太はにわかに頭痛がしはじめた。
見ると、ストレスを受けているのは雷太だけではなく、やや年が上になる成人の者たちもそのようで、むしろ本気で調子が悪いところにやかましさが来て雷太よりもよほどひどい頭痛をおぼえているようだ。
「おまえら、元気そうだな。帰ってもいいぞ」
「あう」
「つ…つれねぇごづいわんでよぉ」
若者二人は静かになった。しゅんと垂れた耳を見て雷太はおもわず許しそうになるが、死活問題なのは彼ら自身なのだからそう甘くもやっていられない。
「わかったなら、俺がいる間は無駄な事を口から出すな」
今口喧嘩していた二人に限っては本当に還らせてもよさそうなものだが、釘を刺してひとまず居てもいい事にする。
「で、呼吸法というのは、いつもと違う息の吸い方と吐き方の事だ。君らはいつも、とくに何も考えなくても息をしていると思う。今回は意識して違うリズムで呼吸する方法をおぼえる」
すると、また先ほどの若者がおずおずと手をあげる。
「リズム……とは?」
「リズムってのは、ほンれ、アレだづが」
まず手をあげる若者は本当にわかっていないらしい。他にも同じような顔をしている者が若者にも成年にもいるので、代表して何かを尋ねるポジションだったのだろう。だがそれにかぶせて何かを言いたがる若者の方はたんなるボケたがりのようだ。
「おい」
ボケたがりを一言で黙らせる。どこにでもこういった手合いはいるものだ。普段ならこういうやり取りは深刻な雰囲気をやわらげるいいムードメーカーなのだろうが、今は邪魔にしかならない。
それより深刻なのは彼らの教養だ。
ゾーリューネヅが難しめの単語もとくに苦もなく理解していたようだったので、カッシェルフが授けた言葉の知識はずいぶんとしっかり受け継がれていたのだなと関心していたものだが、どうやらゾーリューネヅが里の中で特別飲み込みのよいタイプであっただけで、里全体で見るとやはり、やはりというレベルだったようだ。
「(こいつは思ったよりてこずるかもなあ)」
老人達への何らかの治療が可能になれば、成人以下の者たちにも同じ処置をしてしまったほうが早いかもしれない。
雷太は少し、後悔しはじめていた。
帰還可能時刻まで、あと約121時間。
可愛かろうが 鹿
美しかろうが 鹿




