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7日目 使えるものは親でも使え

 魔力への適性があるものとないもの違いを洗い出すため、雷太が行ったのは里の者たちの身体検査だった。


 そうはいっても、粒子レベルの解析に特化した簡易解析装置は身体構造のチェックにはあまり向かず、他にバイタルをチェックできるような機材はスーツそのもののみ。そのスーツもアルカンコー族には着させる前からサイズどころか骨格が合わない事がわかっているので頼りにならない。


 強いてあげれば、視覚のX線透過モードくらいだろうか。バイタルチェックに使えそうなものは。


 単純に雷太の技術だけでできる事は限られるが、それでもスーツのデータベースに標準登録されていた医学書からの知識は、アルカンコー族どころか、カッシェルフの書庫にあった医学書よりも数段進んだものだった。


「息を吸って。そのまま。ここは痛い? じゃあここは? よし、大丈夫」


 呼吸や触診と併せながら手元の資料と見比べ、いろいろ調べていくと、やはり彼らは鹿に似た生物から進化したのではないかという説が有力になった。なにがきっかけで二本脚になったのかまではわからないが、足には立派なヒヅメが残っているし、手には退化した親指が人間でいう手首の辺りにコブのように残り、小指が変形して代わりをはたしている。


 手で食べ物を口に運ぶ習慣もしっかりあるようで、雷太が知っていて資料にも載っている鹿と比べると、顔は平たく、鼻も大きくない。ほとんど変わらないのは耳くらいだろう。リラックスしている時以外はつねにクルクルと動いて周囲の音を拾っている鹿の耳は、じっくり眺めているとそれなりに可愛く思えるから不思議なものだ。


「ふぅむ……」


 数少ない設備と知識をやりくりしての身体検査だったが、はやくもそれなりの進捗はこなしつつある。


「これぁどうにかなるかもしれんな」


 このときまでは、雷太は楽観的につぶやけた。


 現状に疑いを持ち始めてからまず雷太が目をつけたのは、なぜ女性の方が症状が軽いかという事だ。


 現状で満足に動ける者は若い女のみで、その筆頭がゾーリューネヅだ。老人でも女性の症状は比較的だが軽いように見える。


 また、まだほとんど性別差がないはずの乳幼児たちでさえ、昨日処置した少し後から差が現れ始めていた。女児の方が回復が早いのだ。


 まずは従来の、魔力適性と魔力の変質がイコールであるという説の否定から入るべく、魔力感知に関しては生来のスペシャリストであるアルフェーイたちにも協力してもらいつつ検証した。


 雷太にはまだ魔力の判別など不可能だが、アルフェーイたちはそもそも視覚というものが存在しているかも怪しいので、はじめから魔力の質の違いで個体を判別しているのだと雷太は推測している。


 そんなアルフェーイたちは、雷太の魔力はもちろん、カッシェルフの魔力もおぼえているというので、里の中を一巡りして雷太の魔力に一番近い者、カッシェルフの魔力に一番近い者を一人ずつ選んでもらった。


 すると選ばれたのは、雷太に一番近い魔力を持つ者は若い男でそこそこに症状が重く、かろうじて歩けるか歩けないかという者。カッシェルフに一番近い魔力を持つ者にいたってはもっとも症状の重い老人の一人で既に意識を朦朧とさせているような重病人だった。


 これで、魔力の変質説は否定されたようなものだ。雷太はいよいよ、肉体の中に魔力をどうにかする器官があり、それが発達する事で魔力への高い適性を示すのではないかという考えを深めた。


 さらに、雷太自身にも魔力の適性があることから、この世界独特の器官ではない可能性が高い。


 有力候補とかんがえているのは、脳、心臓、肝臓の三つ。


 中でも雷太が有力と考えるのはやはり脳だ。男女で脳機能の得意分野に差があるというのは西暦時代から唱えられていた説であり、それは現代医学で証明された事だ。物理的に脳の部位ごとの大きさに差があることも明白になっている。


 が、ここで行き詰る。


「………どうやって確かめりゃいいんだ」


 今のところ幸いにも死者が出ていない。それは本当に幸いな事であるのだが、医学的には解剖する相手が居ないとも言える。まさかまだ生きている知性体を分解するなどという事は、病で自然死しようという人間に感情移入している雷太にははじめから無理な話だ。


「とっ……とにかく、候補を絞れたなら片っ端から試すしかないか」


 もしここで非情になれたなら、治療への道は一足飛びに進められたのだろうが、できない事を無理にやらなくてもできる事はまだいくらでも残っている。


 そこで雷太が取り出したのは、元の世界から持ち込んだ劇薬だった。どうしても寝てはいけない状況のために強い覚醒作用のある薬品を、酷い出血をしてもひとまず動き回れるように強心作用のある薬品の二種類。他にもさまざまな場合を想定されて無数の薬品がストックされているが、まず取り出したのはこの二つだけだ。


 肉体の構造が違う事から、人間には狙い通りに作用しても彼らには予想外の副作用が出る可能性が大いに考えられる。そのため雷太はそのままでは使わず、まず一千倍に希釈したものを用意した。


「じゃあ、あなたたちはこれを口から飲んで。あなたたちは、こっちに来て」


 テストするグループを四つに分け、Aグループは覚醒作用のある薬品を経口で、BグループはAと同じ薬品を注射で。Cグループは強心作用のある薬品を経口で、DグループはCと同じ薬品を注射で、という風に経口摂取と注射との違いも記録する。


 あとは経過を見つつ効果が見られないようなら少しずつ濃度をあげていくだけだ。もっと効率のよい実験方法があるかもしれないが雷太にはこの方法しか思いつけなかった。


 薬品の説明書に書かれていた効能が現れる時間をだいたい一千倍した30分を待つ間に、四グループの血液を簡易解析装置にかけ、さらにギリギリまで濃度を高めて試してもどちらの薬品も症状に対して効果が無かった場合をかんがえ次に検証すべき候補を絞る。


「脳機能も一口に言っていっぱいある。やっぱり注目すべきは男女の差か。性ホルモン。いやその場合だと老齢や性徴が始まってない子供まで女性の方が軽症である理由が……」


 どちらにしても今回は性ホルモン剤など持ち込んでいないから、ひとまず優先度を低くする。


 となれば脳の機能そのものの違いとなるが、幼児期は脳の構造も大した男女差は無いハズだ。そもそも人間と構造が違うのだから脳の成長も違って何も不思議はないのだが、そうなると、なにについても検証しづらくなってしまうので今はあえて考えない。


「まさか、染色体そのものの差とかじゃないよな。そうなるといよいよ手の打ちようが無くなる。いや、女児の方が軽症になるだけであって、幼児期ならばほぼ100パーセント自然回復するんだから染色体レベルって事も考えづらいか」


 考えている間に血液検査の結果が出た。粒子レベルでの解析に特化した簡易解析装置では、おおくの成分をもつ血液を解析するにはどうしても時間がかかるのだ。


 見れば、血液中には経口、注射関わらず確かに薬品投与前と後で成分に差が出ていた。薬品の効力にはやはり個体差があるようで、一千倍でも効果が出ているように見える者もいる。Dグループにいる最も若い者だった。


「強心剤の……か」


 本人はだいぶ楽になったと手放しに喜んでいるが、病状に対して効果があるのか、単に血液のめぐりがよくなって病状とは関係なく調子が戻ったように感じているのか、それとも単に森の賢者の弟子が処置をしてくれたのだからという偽薬効果なのか、の判断がまだつかない。


 ひとまずその若者には投与を一時止め、さらに経過を見る事にして、他の者たちには濃度を少しあげた薬品を投与する事にする。


「……ああ、手が足りない。 あ! リューネさん!」


 やはり無理に解剖などしなくてもまだできる事はいくらでもある。しかしそれをやる手が足りていない。


 そんなところでちょうど子供たちの様子が落ち着いて手持ち無沙汰になったゾーリューネヅが様子を見に来た。雷太は嬉々としてゾーリューネヅを助手へと召し上げた。



 帰還可能時刻まで、あと約124時間。


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