6日目 長い一日の終わりに
症状の重い乳幼児への処置は終わった。少年以上、成年以内の里のものたちへの本格的な処置は明日から始めることになった。
老人達はやはり見捨てるしかない。
罪悪感にさいなまれた雷太は、本から得た知識だけでなくなんとか自分の解釈もふくめて悪性魔力蓄積症というものを理解しようとした。
しかし魔法を使えるようになってあまりにも日が浅い雷太では、経験不足から蓄えた大量の知識を扱いきれなかった。そうなるとやはり頼るのは一人しか居ない。
「と、いうわけなんだがなにかいい解決策は無いか」
「無いな。わたしが関わった種族でも老人はことごとく死ぬ定めだ。なに、おまえが気に病む事はあるまい。遅かれ早かれ生命とはいつか尽きるものだ」
簡単に否定され、さらに諭される。それはそうなのだろうけどしかし、と雷太は納得しきれない。
「ふふ、なまじ能力が高いからそう感じる暇もなかったが、おまえは若いのだったな」
カッシェルフの口調にいつものくどさがなく、どうしたのかと思いつつ雷太は言われた事にイラッとする。若くてなにが悪いのだ、と。
「おまえは不思議な奴だ。いや、おまえたちの文化なのか、社会なのか。とにかくわたしには理解できない。
おまえは死の可能性を承知で、単身この世界に乗り込んできたのだろう? おまえの後援者も同じ認識でおまえをこちらに送ってきたはずだ。
なのになぜ今更、おまえ自身より長く生きた者の死を気にするのだ?
いや、まったく気にしないのも問題なのかもしれないが、あまりに重く受け止めすぎているようにわたしは思うぞ」
言われて初めて、雷太は自分の中の矛盾に気づかされた。一度気づかされればまったくその通りで、動揺を隠すためとっさに言い訳を考える。
「これは……これはそういうんじゃない。俺というテストケースではちょっと気絶したくらいですぐに魔力に適性を示したが、後続の同族たちも俺と同じようになるとは限らないだろ。俺たちにとって魔力っていうのは完全に未知のエネルギーだから、できる限り魔力が及ぼす影響っていうものの資料を集めておきたいだけなんだ」
とっさに出したわりには実にそれっぽい言い訳だった。先遣調査員として乗り込んできた雷太の立場にも即している。
「ふむ。まあそういう事にしておくか」
「とっ、とにかく今は一緒に、何か解決策を考えてくれ」
こんどはカッシェルフのほうが納得しきれない様子だったが、そこは年の功というやつだろうか、些細な不満などあっさりと呑んだ。
「よかろう。だがあの病から全てを救うなど、わたしも既に諦めた道だ。力になれる事は多くないぞ」
「いいんだ。俺なんか本に書かれてた事さえ完全には理解できてない。実際に治療した人の意見を聞いたほうが何か得られる可能性は高いだろ」
「そういうものか」
納得したカッシェルフは一呼吸おいて話し始める。
悪性魔力蓄積症とは、この星に産まれ、この星で育つ種族にとっては避けがたい病気の一つだ。
そもそも魔力というものは一口にそう言っても無数の種類がある。たとえば水に宿りやすい魔力、風に宿りやすい魔力、土に、石に、泥に、鉄に。アルフェーイたちに得意分野の違いがあるのもそのせいで、あまりに自分の中の魔力からかけ離れた種類の魔力に長く触れ続けると、身体に変調をきたす。
悪性、とは魔力そのものが悪い性質なのではなく、その魔力との相性が悪い、という意味でつけられたものだ。
魔力の相性は、はじめのうちはだいたい種族単位で、その種族がある程度発展すると個々人のレベルで決まり、今回の場合はアルカンコー族があまり発展していない種族だったために、種族全体にとって相性の悪い魔力が草原に流れ、そして一族全体を病に罹らせた。
ところが、ある程度発展した種族になると、自分と相性の悪い魔力を無意識のうちに体外へ排出する事ができるようになるため、あまり重い症状は表さなくなる。精々でだるいと感じるくらい。稀に熱を出す者もいるが安静にしていればむしろ個人の魔力の性質が変化して、その種類の魔力に対しても耐性、もしくは適性をもつようになる。
と、ここで雷太は驚く。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。じゃああんた、あんたが指先から出した液化するほど濃い魔力を飲んだ時、俺もあいつらみたいに悪性魔力蓄積症というやつになる可能性があったって事じゃないのか?」
結果として適性を示したからよかったものの、魔力に目覚める前から目視できるほどの量の魔力を、雷太は飲まされたわけだ。場合によっては今のアルカンコー族よりも酷い状態になっていたのではないだろうか。
「いや、それはないな。おまえに魔力への適性があることは初めからわかっていた事だ。あのときまでは単に目覚めていなかっただけ。わたしはあの時、目覚めるきっかけになるようにちょっと刺激物を飲ませただけだ」
カッシェルフは軽く断言した。どうやら確信ははじめからあったようだ。釈然とはしないものの、雷太は疑いを抱けない。
「どういう事?」
「あの時には説明できない事だったが、いまのお前ならわかるだろう。目覚めていない者であっても、はじめから適性を持つ者は、持たない者と比べ纏う魔力の質が決定的に違う。わたしにははじめからそれが見えていた」
「そう……なのか」
これも経験不足だろう。雷太にはカッシェルフがいう「違い」について全くピンと来ない。具体的にどこがどう? と考えはじめそうになって、少しずつ議題がズレている事に気づき慌てて話の方向を確認した。
「その話は、彼らの治療に役立つものか?」
「わからないが、おそらく立たないだろう」
「じゃあ、えっと話を戻すか。つっても、病気に関しては本にも書いてあった事ばっかりだからなあ……」
方向こそ戻したものの、会話の流れは止まってしまう。
「こういう時はどうするんだっけ……」
なにもいい案が浮かばない。
「ふむ……どうも行き詰ったようだな。わたしの方でも書物に見落としが無いか調べて見る事にしよう。そちらも、がんばればいい」
最後の言葉はカッシェルフなりの励ましだったのだろう。それっきり通信が途切れる。雷太は大きく溜息をつく。
「魔導書より、マニュアルでも読んだ方がいい……か……な」
会話が切れた事がきっかけになって、今日一日だけでたまった肉体的、精神的疲労が一気に押し寄せた。もう少し踏ん張っていろいろと考えていたかったが、雷太は襲ってくる眠気に逆らえず、ゆっくりとまぶたを閉じ、そのまま意識を手放した。
帰還可能時刻まで、あと約133時間。
ストックためつつ週1更新にしてみようか。週1ペースのわりには一話の量が少ない気がする




