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4日目 魔を識(し)る

 カッシェルフが作り出した例のドロドロ。液化した魔力の塊であったらしいそれを飲んで気を失った雷太は、確かに気を失っているはずなのだが、白昼夢のように意識を保っているような錯覚があった。


 目の前には真っ黒な平原が広がっていて、草地は色の他に異常がみられない。踏みしめる感触も、風になびく音も、何もかも普通の平原と同じだ。


 この光景は、意識を取り戻した時に忘れてしまうのだろうか。だとしたら少しもったいないな、と雷太は思う。別段、綺麗な風景というわけでもないのだが、雷太は普通には見られない珍しい光景が大好きだった。


 遠くを見ようとすると、焦点を合わせられなかった。この辺りはやはり夢なのだろうか。ためしに目をつぶると、はっきりとまぶたを閉じた感覚があるというのに、まぶたを透過して草原の風景が変わらず見えた。やはり、夢なのだ。


 夢なのだから、真っ黒で真っ暗な平原であるのに、平原であるとわかるほど見えている不思議もいまさらだろう。


 ただただ広く限りが見えず、わずかに風を感じる、そんな平原だ。


 遠くから自分の名前を呼ぶ声がする。スーツのメディカルアラートの音も。そろそろおきられるだろうか。おきたらこの風景の事は、やはり忘れてしまうのだろうか。


 いや、忘れないだろう。むしろ忘れてはいけないのかもしれない。雷太はかすかな直感を抱えたままゆっくりと意識レベルを上げていく。


 夢の中の自分も、夢の中の風に押し上げられるようにゆっくりと草原から浮上した。


「雷太。雷太? おお、目が覚めたようだな。おまえの周りの魔力流がありえん動きをしたから急いで呼び起こしたのだが、体に何か異常はないか?」


 雷太が目を開けると目の前にどこか心配そうなカッシェルフの顔があった。若い男にとって寝起きに老人の顔を見るというのもなかなか寝覚めの悪い話だが、少しばかり無茶な教えを請うて、受け入れられた上での結果なのだから文句のつけようもない。


「異常……心拍数がいっとき三倍になっていたみたいだ。伴う血圧の上昇と、あと痛みとも違う、脳波異常が。凄いなこれは、一瞬だけってなってるが通常ありえない数値だ」


 スーツがリアルタイムで示す自分の変調をながめながら雷太はのんきに返す。もうアラートも鳴り止んで、平常値に戻りつつあった。


「ふむ。それで、何が見えた?」


 雷太がいつもの調子に戻ったのを見てカッシェルフも安心したのだろう。体を気遣うものではない質問を投げる。


「何が? 見え……ああ。見えた。平原だった」


 その質問で、雷太は忘れかけていたつい先ほどの夢の風景を思い出した。えらく現実感のある夢ではあったが、やはり夢、すぐに思い出して改めて記憶しようと働きかけなければ忘れてしまうものだったようだ。


「ふむ、平原か。その平原はどのくらいの広さだ? 何かあったか?」

「何も。草しか生えてなくて、その草は真っ黒で、広さは……先が見えなかったかな。草の色のせい……いや、その辺りはよくわからないが、とにかく広さはわからないほど広かった」

「ほう。黒い草で……なるほどな」

 カッシェルフは何かに納得したようだ。雷太は不思議に思いカッシェルフを見る。

「順に説明するとだな、魔法の素質を芽生えさせた者はたいていおまえが見たような、どこかの何もない黒い空間にいる夢を見る。素質いかんでその黒い空間の広さが変わり、広ければ広いほど素質が高い。限りが見えないというだけではまだ測りきる事はできんが、おまえの素質はかなりのものであるといえるだろう」


 黒い空間、とだけしか括らないということは、雷太が見たような草原であるとは限らないという事だろう。魔法関係の書物は読み漁ったと思っていた雷太だったが、やはり書物には記されていないことというのはあるのだなと、変なところで感心した。


「次に、おまえが気を失っている最中におまえのまわりの魔力流がおかしな動きをしたと言ったが、おまえのまわりだけ今魔力が希薄になっているのがわかるか?」


 言われて意識する。そしてハッとなった。気を失う前まで、まったくわからなかった何かの流れが、確かに存在している。それは空気の流れ、風に良く似ているが風は風でまったく別に流れている。風はゆるやかだが、その今まで感じていなかったまったく新しい何かの流れは、地中から強く吹き出して山頂であるこの台地全体から勢いよく空へ上がり、上空で傘を広げるように四方八方へ散らばっていく。


 雷太は無意識にその流れ、おそらくは魔力とよばれるであろうものが作り出した巨大な流れを理解し目で追っていた。


「ふむ。今まで魔力に触れたことがなかったとは思えないほどの適正だな。おまえは切った張ったの荒事よりも、魔法を撃つほうが向いているかもしれんぞ」


 にこやかに言うカッシェルフ。理由はわからないが、本当にうれしそうだ。


「で、おまえのまわりだけ希薄なのは、理解できるな?」

「あっ。ああ。ホントだ」


 同じ言を繰り返されて雷太は意識して意識を狭めた。いや、意識を狭めるよう意識した、というべきだろうか。すると、自分の周囲数十センチほどが周りの上空へ吹き出るような魔力の潮流から切り離されたようになっていることがわかった。


「今もゆるやかに続いているようだが、気を取り戻すまでのおまえはすさまじい勢いで周りの魔力を吸収していた。普通にはありえない流れだ」

「そうなのか?」


 自分のなかに魔力が流れ込んでいる。言われてそうなのかと意識してみたものの、雷太自身はその流れを認識できない。しかしカッシェルフには、はっきりと目で見るようにわかるらしい。


「それって……いいのか?」


 たいていの事には動じない雷太だが、千年も生きた相手から普通にはありえないと言われれば不安にもなる。思わず訊いたがカッシェルフの表情はかんばしくない。


「それは、どういう意味での、いいのか、だ?」

「え? あらゆる意味で。俺自身の体に悪影響はないのか、とか、この場にある魔力を奪ってるわけだろ? だから、この場への悪影響はないのか、とか」


 雷太がとっさに思いつく心配事はそのくらいだが、あらゆる方面からの影響が心配されてしまう。なにせ雷太はこの世界を調査しに来ている。調査の目的は、資源の収集が可能か、ということ、決して破壊が目的ではないのだ。


 ところがやはり、カッシェルフの表情は変わらない。


「今おまえの体の中に流れ込んでいる魔力量からいって、この場への影響は皆無だろう。どれだけ素質があるといっても人が一人で抱え込める魔力量などたかが知れている。自然の魔力をあなどってはいけない。だが、おまえの体に出る影響についてはまったく未知数だ。わたしもこのような事は始めてだからな」

「そうか……」


 他への影響が出ないことだけハッキリしていればひとまず問題ないと、雷太はほっと息をつく。体の異常はスーツが逐一チェックしてくれている。何か不調がでれば雷太本人が自覚するよりも速くしらせてくれるだろう。つまりは、様子をみるしかない。


「ん。とりあえず大丈夫だろう。なんか目が増えたというか、鼻が増えたというか、肌が広がったというか……妙な感覚だけど、ひとまず差し支えはない。授業を再開してくれ」


 つい先ほどまで気を失っていたというのに、ものの数分で完全にもとにもどってしまった雷太。カッシェルフは舌を巻くしかできなかった。


 帰還可能時刻まで、あと約221時間。


行間を一つあけてみた。少しは読みやすくなるだろうか。

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