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4日目 魔を知る

 軽くたわいもない会話を続けたところで、雷太は唐突に改まってカッシェルフに向き直る。


「む? どうした?」


 雷太の顔つきが変わった事にすぐに気づいたカッシェルフは雷太の望みのとおり尋ねてきてくれた。おもわず顔がにやけそうになるのをこらえながら、神妙な面持ちのまま雷太はストレートに切り出す。


「魔法を、教えてほしい」

「なんだ。そんな事か。どの系統の魔法を知りたいのだ? 念術か唱術か記術か」

「一通り手をつけたいんだが、カッシェルフが教えるとして一番教えやすいのはどれだ?」


 いきなり極みを目指すつもりはない。とにかく今はただ魔法を使えるようになりたかった。つまりは興味本位。研究者であり探求者でもあるらしいカッシェルフには少しばかり意に沿わない要望であるだろう。


「ふむ……」


 雷太のおもったとおり、カッシェルフの表情は少しばかり難色を示しているように見えた。だが、頭から否定するような様子でもない。これは押せばなんとかなるかもしれない、そうおもった雷太はその一押しを出すべく口を開いたところでカッシェルフに先手を打たれる。


「おまえがこの世界へ来た目的はわかっているから、おまえに極めるつもりがないとしてもわたしの技術を教授することはやぶさかでない」


 うっ、と言葉を詰まらせる雷太。言おうとしていた事をすっぽり忘れてしまい、うなづき返すしかできない。


「いまさら、おまえに技術を授ける事でわたしになんの見返りがあるのかと問うようなつもりもない」


 では何を言いたいのだ、という言葉を雷太はなんとかこらえた。まだ魔法の資料だけで歴史の書物には手を出していなかったが、なんとなく察していた。昨日からカッシェルフの台詞の端々に現れる思わせぶりな台詞。なぜ彼は今こんな他所と断絶された場所に住んでいるのか。


 次に問われる事を予想し、雷太は覚悟する。


「おまえは、魔法を使えるようになって何をするつもりなのだ?」


 漠然とした質問だったが、これへの返答いかんで魔法を教わるか独力で学ぶかが決まると見て間違いない。知識を学ぶことと技術を学ぶこととでは勝手が違う。技術を独力で習得するとなれば余計な時間がかかる事は必至だろう。


 雷太は返答を吟味する。教えてもらえる確率が高い返答はどんなものだろう。昨日の夜更けまで話し込んでわかったカッシェルフの性格と、今までに集めた情報から推測しえるカッシェルフの過去。現在に至る経緯。いろいろと考慮する。


「うぅむ………いや、小難しく考えるのはダメか」


 が、いろいろ考えた結果、雷太は小細工を使わないと決めた。世界平和だとかより高みに上るためだとか、耳障りの良い模範解答はいくらでも浮かんでくる。しかし、それでは何かが違う気がしたのだ。


「現状、魔法を使えるようになって何をしたいという事はない。むしろ、何ができるかを自分で考えるために魔法を使えるようになりたいんだ」


 カッシェルフは一度、驚いたように眉を跳ね上げると、次に目を伏せどこか嬉しそうに口角を上げた。どうやらお眼鏡にはかなったようだ。


「よかろう。わたしが一番得意とするのは念術だが、概論を最も習得しやすいのは記術だとおもわれる」

「順番は、任せる。とりあえず全部やってみたいから」

「では、はじめるのは朝食のあとからでいいかね?」

「わかった!」


 カッシェルフの問いに雷太は間髪おかず、子供のように元気よく答えた。



「記術の概論は全て、風、水、土の三元素と火の天元素から成る。一時、これらはまとめて四元素とされていた事があったが、火の特殊性を考慮されて後に天元素として区別されるようになった、とされている」

「うん」


 宣言どおり朝食のあと、掘っ立て小屋の外で授業が始まった。ひとまずは知識から入るカッシェルフは教鞭をとる事がはじめてではないようだった。


「三元素には元素紋が存在し、天元素は紋にそえる符があてられる。これら紋と符の組み合わせを陣と呼ぶ」

「知識としては、地下で読んだ」

「そうか。では最も簡単な陣を実際に組み立ててみるとしよう」


 そういうとカッシェルフは懐から一枚、布を取り出し広げた。一メートル四方ほどの布を地面に載せると、カッシェルフは指先から発光する液体を出して布の上に紋を描く。今回は三種の紋全てが同じ大きさで完全に重なるような形で描かれた。


「これは用いた者の内包魔力を測るための陣だ。手元の敷布に同じものをおまえも作ってみろ」


 雷太にもカッシェルフが使ったものと同じような布があらかじめ渡されていた。だが、同じ事をやれといっても雷太にはできない。


「えっと……? その、指先から光る塗料を出すのはどうやるんだ?」

「ん?」

「え?」


 出だしは好調だったはずなのに、まず大きな壁にぶちあたったようだった。



 雷太はまず、その指先を光らせる段階で大いに挫折した。読んだ書物には、魔力と親和性の高い液体を触媒として利用する、と記してあったため、てっきり布と一緒にそちらもかしてもらえるのだろうとおもっていたが、それより一段階上に行っていたカッシェルフは触媒など使わずに魔力を直接液状化させ、それを塗料とすることで紋と符を描ける。


 仕方がないので、雷太は書物のとおりに触媒となる魔性インクを素材集めから行って作り出した。


 幸いだったのは、この台地の上で素材を全てそろえられたことだろう。しかも立地から書物に記されていた魔性インクよりも性能の高いものができてしまった、かもしれない。


 さらに怪我の功名となったのは、魔力という漠然としたエネルギーについて少しだけ解明の糸口が見えたことだ。


 はじめ雷太は、イリュートロンこそが魔力そのものではないかと考えていた。


 しかし、本人曰く雷太の三十倍は魔力を持っているというカッシェルフからイリュートロンはさほど検出されず、異世界人なのだから持っていないだろうとおもっていた雷太自身にもいつのまにか魔力が宿っているといわれたものの、雷太自身からイリュートロンは一切検出されなかった。


 ところが、もといた宇宙からの転移前、転移直後、そして現在の雷太のバイタルを精密に比較したところ、転移前の雷太にはなかったあるものが今の雷太にはあるという結果が出る。それは、ある一定の周波の振動だった。波動、といってもいい。


 あらゆる物質はかならず一定の波で振動しており、その周波で周囲の何かを振動させるよう働きかけている。その作用は一方的なものではなく相互的なものであり、互いに互いの振動のエネルギーを打ち消しあうため異物質同士が隣り合っても見た目に何かが起こっているようには見えない。


 ところが、もっと強い力で異物質の振動の周波数をそろえると、共鳴と呼ばれる現象を起こす。音叉などが有名だろう。


 すなわち、魔力とはこの周波数の振動そのものの事であり、魔力の強さとは波の強さ、イリュートロンはその振動を他の物質へ伝えるための窓口のようなもので、魔力からイリュートロンへ、イリュートロンから物質へ伝わって魔法という現象が起きる。


 まだまだ仮説の域を出ないものだ。何が波動を発し、何が波動を伝えているのか、という大きな謎が残る。しかしそう考えると説明のつくものがそれなりにあった。


 ともあれ、雷太の魔法習得ははじまったばかりである。



 帰還可能時刻まで、あと約223時間。


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