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1日目 はじめの数時間

 とある山のふもとの森、人丈の三倍ほどの木々が連なる森に星空から唐突に雷が落ちる。


 本来ならその衝撃とほとばしるエネルギーで直撃した木を燃やすところだが、あろうことかその落雷は大きな球体となってその場にとどまった。


 球となった雷は時折パリバリと周囲に放電しながらゆっくりと縮まっていき、やがて人間の体をとる。


「転移完了。身体に欠損なし。スーツに異常は……あ」


 人間の体をとった雷は男の声で喋った。体つきも人間の男そのものである。わずかに紫がかった黒い髪、眉、アゴの先にだけ少しはやされたヒゲも同じ色、瞳はターコイズのように深い蒼だ。


「参ったな。主観時間、システム起動から35分経過、帰還システムの破損を確認。自己修復機能の走査を……確認。推定修復時間の表示は320時間。13日間か、縁起が悪いな」


 全身のラインがぴっちりと浮き出るようなゴム質のスーツの上にごてごてとした装備がついている。どれも金属製のようだがあえて艶を消す加工がほどこされているようで、再び静寂を取り戻した森の中で不思議と浮かずに馴染んでいる。


「他には……戦闘備品に若干の破損を確認。ガン、フレア、チャフは40時間ほど使用不能の見込み、ボムは精製機能に致命的な破損、使用制限か。近接装備については異常なし、さすが単純なだけにタフだぜ」


 まばゆいほどの星明りに照らされているとはいえ、完全に男の体をとった雷は鬱蒼としげる森の中でも鮮明にものを見えているらしい。くねくねと身体をくねらせながら自分のあちこちを確認し、声に出して確認している。確認だけか、と思えば、どうやら喉元にある機械にそれを記録しているようだった。


「生活装備に異常はなし。記録媒体も……よし、異常は帰還システムと火器系のみ。これより七日間の帰還を帰還システムの修復完了までに延長し、任務を続行する」





 時は多元歴18年。地球という天体の地表全てを開発しつくし、地球重力圏にある主だった衛星は勿論、太陽系内の惑星の四つにまで手を伸ばした人類は、とうとう最も遠く限りなく近い場所といわれていた、平行宇宙の存在を観測した。


 色々と血にまみれた時代もあったが、過去の創作物に語られたような乗り越えられない天変地異は起きずに技術の衰退は起きていない。そのためもあって現在の情勢は安定しており、外宇宙への進出と同時進行で、平行宇宙の調査が目下の課題になっていた。


 多くの科学者は口をそろえ唱えている。「今後百年以内に、西暦二千年ごろに流行ったデジタルゲームを行うような感覚で大勢の人間が平行宇宙を探検し開発する事を娯楽とする時代が来るだろう」と。


 同時に、そこに至るまでに大勢の研究者や開拓者が犠牲となることも予言されていたが、なにせいっぱい人がいるのだから、自ら望んでその犠牲となろうと名乗りを上げる者もまた、いっぱいいたのだ。




 青塚・E・雷太もそんな物好きの一人だった。


「現地情報の観測を開始。大気は地球と大差なし、人類の活動に支障はない。大気中に未知の粒子が観測されているようだが、サンプルの採取は難しそうだ。同質の結晶体などを探してみる予定だ。この未知の粒子を、そうだな、仮称をオルゴン粒子とする」


 スーツと一体化している観測機器はその粒子をはっきりと捕らえていたが、雷太が肉眼で見ているわけではない。どこにあるのか、いや、どこにでもあるのかもしれないけどよくわからないそれをイメージしながら宙を掴むと、雷太は自然と微笑んでいた。


「くく、異世界だな」


 科学技術はいまだに天井知らずで発展の一途をたどっている。産業革命だ、技術革新だといわれた時代と比べればたしかに爆発的進歩などないかもしれないが、それでも発展している事に違いはない。


 そんな発展した科学技術でも実現の直前まで空想の産物だと否定されていた並行世界、雷太いわく「異世界」という存在が、とうとう現実のものとなり雷太の目の前に、いや、雷太を包み込んでいる。これは雷太にとって言い知れない快感だった。


「周囲の植生は地球と大差なし。主成分は炭素と水素と、こちらにはオルゴン粒子は含まれていないようだ。あ、節足動物の存在を確認。昆虫……とは違うみたいだな、どっちかっていうと蜘蛛に近い構造だが羽が生えている。サンプルを採取」


 快感もひとしおに、任務を再開する。まずは植物、次に小さな虫、土壌を見て土に若干のオルゴン粒子が含まれているという簡易調査の結果を見つけるも量が少なすぎると一喜一憂する。


「おや。この虫は攻撃性のある個体だったようだ」


 サンプル採取用の小瓶に入れたあと虫を掴んでいた手を確認する。ちゃんと身体の末端まで覆うスーツはちょっとやそっとじゃ傷もつかない特殊な素材でできている。それでいて平時は素手の触感とあまり変わらない感覚で動かせるようにできており、捕まえた時に虫がはなった抵抗を肌に感じ取っていた。


「お、これは体液、いや毒液かな? 採取」


 スーツについていた謎の液体も採取しおえると、近くの手ごろな木の葉、小枝、樹皮などを次々と手際よく採取して直径3センチほどのシャーレのような小瓶におさめていく。とにかく手当たり次第に採り続けることおよそ二時間。雷太はようやく一息ついた。


「よし、手ごろな木にのぼって、休憩がてらに天体を観測する」


 かつて人類の航海が星を見る事から始まったように、未開の地での位置確認は重要だ。


「ふぅ……」


 重要、なのだが、どうやら雷太に星空への興味はないようで、スーツに内蔵された観測機械に任せきりで自分はすっかり落ち着いてしまった。


「思えば、楽しみすぎて一昨日から寝てないんだっけ……」


 連続覚醒50時間。よく直前検査に異常が出なかったものだと内心で自分を誉めつつ、雷太は記録に残らないようにあくびをかみ殺す。


「よし……」


 腰にすえてあったポーチから端末を取り出すと、周囲の明るさレベルが一定以上になったら自分にだけ聞こえる音が鳴るように設定した。機器が天体観測を続けられるよう身体を固定すると、雷太は木の枝の上で器用に寝息をたてはじめたのだった。


 帰還可能時刻まで、約317時間。


導入

はじめてしばらくSF要素ばっかり

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