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はじまりの物語9

「相変わらず誰も来ないなあ」

 お店の入口に目をやりながらつい愚痴をこぼしてしまう。

 この状況をどうにかしたいと考えるものの具体策はこれといってない。差し迫った問題はどうにかしてお小遣いを確保しなくちゃいけないとゆうことなのだが。

 ──とはいっても履歴書を前にしてる時点で答えなんて出ているも同然だよなあ。

「うう……お母さんのばか。そんなに可愛い娘の楽しい学園生活を勤労で埋め尽くしたいの」

 言ったところで届かない文句を口にするが、それで状況が変わるわけじゃない。覚悟を決めてバイトする以外に道は無かった。

「学校にラートにバイト。遊ぶ時間が殆どないよ……」

 そのままテーブルにおでこから突っ伏し腕も投げ出す。私の思い描いた楽しい学園生活はもう送れそうになかった。

「これ、ほんとに修行になってるの? こんなのただの精神苦行だよ……」

 あまりのお客の来なさにいい加減うんざりしてきていた。さすがにそろそろ誰かに来て欲しかった。

 ──神様。誰でもいいですからお客様を連れて来てください。ほんとにもうお願いします。

 そんな私の切実な願いが届いたのだろうか。前触れもなくゆっくりと扉が開くと足音と共に誰かがお店に入ってきた。

 うそ、願いが届いた? 神様、ありがとう!

 心の中で感謝の気持ちを述べた私は勢い良く顔を上げ、考えるよりも先に最高の笑顔でお客様を迎えた。

「いらっしゃいませ! 占いの館ラートへようこそ!」

 ありったけの喜びと感謝の籠もった挨拶。きっとこの先やろうとしても二度と出来ないほど会心の出来だった。

「……坂水、さん……?」

「え……」

 聞き覚えのある声に私は改めて相手を確認して──笑顔のままその場で固まった。

「……なんで坂水さんがここに?」

 まったく同じ問いを私も目の前の芳野さんに聞き返したかった。学校のあるこのまちでお店を構える以上、知り合いが来る可能性も十分に考えられた。そのことを失念し、なおかつ相手を確かめなかった私の完全なミスだった。

 神様。たしかに誰でもいいとは言いましたが、この仕打ちはあんまりじゃないでしょうか?

 こうして人生初の営業スマイルは、これまで生きてきた中でも上位に入る恥ずかしさと共に私の思い出に書き記されることになった。


「──それで、何で坂水さんが占い師なんてやってるのよ?」

 とりあえず私の対面に腰を落ち着けた芳野さんは改めて訪ねてくる。ちなみにテーブルに出してた履歴書等は邪魔なので片付けた。

「それは、まあいろいろあって……」

 家が代々占い師の家系で、十六の誕生日に修行としてお店を開くことになった──なんてそんな何処かの漫画みたいな事情を説明するのにはさすがに抵抗があった。とゆうか話してもまず信じて貰えないだろう。私だって疑ってかかるだろうし。

「そうゆう芳野さんはどうしてここに? お店に入って来たってことは占って欲しいことがあるの?」

「うっ、それは……」

 話を逸らすため適当に指摘してみたものの、思いのほか動揺する芳野さん。

「……なるほど。来るべくして来たお客様って訳か」

「は? 何言ってるの。私がここに入ったのは単なる気まぐれよ」

「そう思って行動したことが運命なんだよ。芳野さんは本当に私の力を必要としてる人。だからこそここで私達は出会ったんだよ」

 けれど芳野さんはよほど私の言葉が気に入らなかったらしく、目に見えて不機嫌な態度を取って反論した。

「あのねえ。私は占いなんてこれっぽっちも信じてないの。それに運命なんてあやふやなものに説得力も感じない。ってゆうか、あなたこの前教室で占いなんて信じてないって言ってたじゃない。そんな人の占いなんて余計に信じられないわよ」

「それは少し違うかな。私にとってああいったサイトや雑誌、テレビの占いは全部偽物に見えちゃうだけで、占い自体を信じてない訳じゃないよ」

「それって自分の占いは本物だって言ってるの? ますます胡散臭いわね」

 訝しげに私を見つめる芳野さん。だけど私はそんなことを気にする様子は見せず、穏やかな微笑を浮かべた。

「なんでそんな顔してるのよ?」

「そう言われる覚悟ができてたからかな。占いに来る人の全員が心から占いを信じてる訳じゃない。中には今の芳野さんみたいに否定したり、それこそ馬鹿にする人だっているの。──でもそれは本物の占いを知らず偽物を見続けてきたから本物を偽物と決め付けてしまっているだけ。本物だって理解したら馬鹿になんてしなくなるから」

 少なくともお母さんとお婆ちゃんの占いを見た人はみんなそうだった。どれだけ否定しても当て続ける二人の前に最後には本物だと認めてしまうのだ。

「つまり実力で黙らせてきたってわけね。──面白い。ならその本物の占いとやらで私を占って貰おうじゃない。もし当たってたのなら有り金全部差し出してあげるわ」

 芳野さんは端から当たりっこないと決め付け余裕の表情をしていた。

「占うのはかまわないよ。でも貰うのは規定料金の五百円だけ。あと当たらなかったらタダでいいよ」

「……随分と自信があるのね?」

「なかったら占い師なんてやってないよ。それに占いは立派な商売。見合う結果を出さないで報酬なんて貰えないよ。──だけどね。何より占い師としての私のプライドがそれを絶対に許さない。だからいま言った条件以上でも以下でも私は人を占わない。たとえそれが誰であろうとも」

「っ!?」

 私の意志の籠もった言葉に芳野さんが気圧されたようにその場でたじろぐ。

「な、なら私が何を占って欲しいのかそこから当ててみなさい。もしそれで当てられたのなら坂水さんの占いが本物だって信じてあげるわ」

「いいよ、分かった。──じゃあ始めようか」

 そう言って私は後ろの棚から丁寧な装飾が施された箱を取り出す。両手に収まるほどのそれを芳野さんの前に置き、蓋を開けると中には様々な色のビー玉が箱いっぱいに詰まっていた。

「……ビー玉? これでどう占う気なのよ?」

「一応、私のオリジナルなんだけど、気に入らないなら他のにするよ?」

「別に何だっていいわよ。それでどうすればいいの?」

「この中から好きなのを三つ取って。その時一つ目は過去、二つ目は現在、三つ目は未来を想いながらでお願い」

「わかったわ」

 芳野さんは頷くと言われた通り箱からビー玉を三つ取り出す。

「青、紫、無色か……」

 芳野さんからビー玉を受け取ると、私は目を瞑り引き出した記憶からイメージを広げ言葉を作り上げていく。

「青には一般的に冷静さや知的なイメージがあるけど一方で主張が弱く個性が埋没する色。紫は高貴なイメージを持つけど情緒不安定な心理状態も表し不安やストレスのマイナスイメージも持つ。そんな二色から無色を引いたとゆうことは……。まわりの環境により自分を押し殺していたけど、最近状況が変わって不安で未来が描けない──そんなところかな?」

 驚く芳野さんの顔を見て私は当たりなんだと確信する。すぐにハッとなり表情を戻した芳野さんは虚勢を張るように私に挑み掛かる。

「そ、そんな曖昧な言い方で誤魔化されたりしないんだからっ。もっと具体的に言わなきゃ私は認めないわよ」

「安心して。今のは占いじゃなく色の持つ意味とイメージを連想して繋いだだけだから。──私の占いはここからだよ」

 そう言って私はまず青色のビー玉を手に取り右目の前まで持っていく。そこに芳野さんの姿を映すと大きく深呼吸して意識をビー玉越しの芳野さんへと集中させた。

 その瞬間、頭の中に一つの映像が浮かび上がる。それは一人の少女が机に向かって懸命に勉強している姿だった。

 私の記憶にはない映像。なのにまるで自分の記憶のように私は芳野さんの記憶を見ていた。普通だったら有り得ない。けれどそれを可能とするのが私の能力ちから。占いを媒介に相手の記憶を辿り因果律とゆう名の運命を覗く──私達一族が代々引き継いできた特殊な力だ。

 私はその力を使い芳野さんの過去を視続ける。全ての根源を。今に至る経緯を。

「……そっか。そうだったんだ」

 時間にして約十秒。ゆっくりとビー玉を下ろした私はようやく芳野さんの勉強への執着を理解することができた。

「芳野さんが勉強するのは両親の為だったんだね」

「──っ!?」

 驚きのあまり芳野さんの目が大きく見開く。そんな芳野さんに構わず私は話を続けた。

「期待してくれる両親に応えようとはじめた勉強。でも今は二人の喧嘩を止める手段になっていた。芳野さんが両親の期待に応え続ける限り喧嘩もそれほど酷くならずにすんだから。──けれど高校受験で志望校に落ちることで状況が一変した。期待に応えることの出来なかった芳野さんでは日に日に苛烈になっていく喧嘩を止められず、見ていられなくなって部屋へと引き籠もりだす。そんな芳野さんが両親の為に出来ること、それは再び期待に応えることだけ。そのためにはいま以上に勉強し、もう二度と失敗しないようにすることだった」

 話をそこで一旦句切った私は、次に紫のビー玉に持ち替えさっきとおなじように芳野さんを映し意識を集中させる。

「そして昨夜、両親から離婚話を持ち掛けられた。その際、二人のどちらについて行くか選択肢を突きつけられるが答えられなかった。だって芳野さんの答えは最初から決まってたからどちらか一方なんて選べなかった。だけどそんな答えが自分のわがままであり、はじめから選べないと分かっていたからどうしようもなくなり途方に暮れて朝から家を飛び出した」

 言い終わった私はビー玉を下ろす。紫に染まっいた視界が色鮮やかな色彩を取り戻す。

 ──そこでようやく私は異変に気付いた。芳野さんの顔からは何故か血の気が引いたしており、真っ青に染まっていた。

「芳野さん?」

 理由は分からないがとにかく心配になった私は右手を芳野さんに伸ばす。

「ひっ──!」

 短い悲鳴をあげた芳野さんは何故か怯えた表情で私を見つめ、勢いよく椅子を引き距離をとる。そしておもむろに私から無色のビー玉を奪うとそのまま立ち上がり出入り口の扉へと走り出した。

「えっ? ちょっと、芳野さんっ!」

 困惑して叫ぶように名前を呼ぶが、芳野さんは振り返ることなくお店から飛び出してしまった。

 なんで? 私はただ占っただけなのにどうして逃げるの?

 茫然としながらも混乱する頭で、それでも必死になって考える。何が芳野さんを恐がらせたのか。

 だけどそれ以上にいま私がやらなくちゃいけないことに気付き、慌てて椅子から立ち上がる。

「芳野さんを追い掛けないと」

 お店から飛び出した私は芳野さんが走り去ったであろうに方向を見定めると思いきり駆け出した。



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