はじまりの物語2
翌日、喧騒にまみれた朝の教室で自分の席に座る私は、一人たそがれぼんやりと空を眺めいた。昨日のお小遣い削減発言によるダメージがいまだ癒えてなかった。
「よお、朝から辛気くさい顔してどうしたんだ? そんなんじゃ長い一日もたないぞ」
そんな私に声を掛けてきたのは、小学校の時からの友達の平瀬茜ちゃん。背が高くスラッとしたモデル体型のとても目立つ女の子だが、お洒落にはあまり興味がないらしくせっかくの綺麗な長い髪も後ろで無造作に束ねていた。
「茜ちゃんか、おはよう……。そうはいってもへこまずにはいられないよ。お小遣いが減らされそうなんだよ……」
「それは一大事だよ! 女子高生にとってお小遣いは生命線──いわばライフライン! それが失われたらこの厳しい世の中、わたし達は生きていけないよ!」
「うんっ、そうだよね! 小夏ちゃんならきっと分かってくれるとおもったよ」
頷く私と熱い視線で見つめ合う彼女、高森小夏ちゃんは私よりも小柄で可愛らしい女の子。高校に入学してすぐに気が合い友達になった子で、今では一緒に居るのが当たり前になっている。
「それで、なんでそんなことになったんだ?」
疑問に思って茜ちゃんが訊ねてくる。
「それは……いろいろとあったんだよ」
目を逸らしごまかす私に茜ちゃんはなんとなく事情を察してくれた。
私の家は地元では有名で、当然その家の人間である私もかなりの有名人だったりする。そんな私だからこそ小さい頃から大人達に可愛がられ、その反面そのことを不満に思う子供達からよく意地悪もされていた。となりまちの高校に入ったのもここなら家のことを知る人がいないと思ったからで、茜ちゃんはそんな私に何も言わずついて来てくれた。そのことを私は今もすごく感謝している。
「んー、いろいろじゃ分かんないだけど?」
その辺りの事情を知らない小夏ちゃんが納得いかないともう一度訊ねてくる。
「そういえば茅乃はどうしたんだ? 五分前だってのにまだ来てないぞ」
「言われてみればそうだね。かやちゃんいつもならもう来てる頃なのに」
どうごまかそうか考えてる私に気を遣い茜ちゃんはまだ来てないもう一人に話を逸らす。言われて気になった小夏ちゃんは教室を見渡し姿を探しはじめる 。──ナイス茜ちゃん。よし、もい一押し。
「きっともう来るんじゃないかな。茅乃ちゃん来るのは遅いけど遅刻はしないし。案外もう来てて隠れてる、なんてことも有り得るかも」
冗談めかして言うと私は笑いだす。
「……ゆいゆい、だいせ〜か〜い」
するといきなり背後からそんな言葉が聞こえ、振り返ろうとした瞬間、私の首筋に硬くて冷たい何かが当てられた。
「ひやあっっ!?」
突然のことで心構えがなかった私は思わず変な声をあげてしまう。その結果クラス中の視線を一斉に集めてしまい、おかげでとても恥ずかしい思いをするはめになった。
右手で首を押さえながら振り返ると恨みの籠めて犯人を睨みつける。
「……おはよう、ゆいゆい」
そんな私の視線を気にした様子もなくマイペースに挨拶する立花茅乃ちゃん。
腰まである漆黒の髪に磁器のように透き通った白い肌。顔立ちも整っているのでその姿はさながら丹誠に作られた精巧な日本人形を思わせ、初めて見た時は思わず呼吸も忘れて見惚れてしまったものだ。
「お前なあ、気配消して入ってくるなよ。まじで気付かなかったぞ」
「そうそう。かやちゃんはただでさえ存在感が希薄なんだから」
「ふふ……それはごめんなさい」
悪びれもせず謝る茅乃ちゃんに私は大きくため息をつく。
茅乃ちゃんも小夏ちゃんと同じで入学してから知り合った友達だ。ちょっと変わった子でイタズラ好きな彼女は何かにつけて私にこうしたちょっかいを掛けてきた。
「……それはそうと二人共おはよう」
「ああ、おはよう」
「おはよーかやちゃん」
呑気に挨拶する三人。ちなみに今もクラス中の視線に晒されているがまったく気にした様子もない。一体どうゆう精神構造をしてるんだろうか?
「そんなことより茅乃ちゃん。こうゆうイタズラは心臓に悪いから止めてっていつも言ってるでしょ」
「だって、驚くゆいゆいが見たくてつい……」
「ついじゃないよ。まだ心臓がドキドキしてるんだから。それとなんで顔を赤らめてるのかなあ?」
茅乃ちゃんの反応に突っ込みつつ早鐘のように脈打ってる心臓を鎮めていく。そうして平常に戻る頃にはクラスメート達もいつものことかと自分達の日常へと戻っていた。
「それで、一体何を私の首にあてたの?」
「……ゆいゆい、時には知らない方がいいこともあるとは思わない? 知ってから後悔しても遅いのよ」
「そうだね。そうゆう時ってたしかにあるよね。でも今回のはそうゆうのじゃないから、真剣な顔と声色は止めて素直に教えようね」
「……はい、この鍵をゆいゆいの首筋に当てました」
茅乃ちゃんはそう言ってポケットから鍵を取り出す。こうゆう時の茅乃ちゃんはとても素直だった。
「ねえ、それって普通の鍵だよね?」
「ええ、正真正銘私の家の鍵よ」
「どうしたんだ小夏? なんか気になることでもあったか?」
「うん。いくら不意打ちとはいえ普通の鍵であんな悲鳴はがあがるのかなって」
言われてみれば当てられた鍵はやけに冷たかった気がする。
「……さすがは小夏。よく気付いたわ。あの鍵はここに来るまでジュースに当ててよく冷やしておいたの」
「なんでわざわざそんなことを!?」
「……だって、ゆいゆいのこと愛してるから……」
「ごめん茅乃ちゃん。それと私の質問の答えに繋がりが見いだせないよ」
分からない……茅乃ちゃんの考えてることが何一つ分からないよ……。
それは茜ちゃんも同様らしく、あきらめろと目が語っていた。
「さすがはかやちゃん。目的の為ならどんな労力をも惜しまないその姿勢、わたしも見習わないと」
「大丈夫。愛があれば小夏にだって出来るわ」
──お願いだからもっと違う方に向けてくれないかなあ。
そんな叶わないだろう願いを思ってるとチャイムが鳴る。それを合図にまわりはそれぞれの席に戻っていく。
「さてと、先生が来る前に席に戻るか」
「今日一日頑張ろうね」
「……小夏は居眠りしないように」
「じゃあみんな、またあとで」
手を振って三人を見送ると私は椅子を引き居ずまいを正す。
まだ入学して一月ちょっとだが、小夏ちゃんと茅乃ちゃんに出会わせてくれたこの環境を私はとても気に入っていた。
──だからこそ二人にはちゃんと家のことを話さないとな。
隠し事してる後ろめたさに罪悪感を覚えてしまう私は、そのことを振り払うように教室に入ってくる担任の先生に意識を向けHRに集中した。




