はじまりの物語1
「──はあ……暇だ……」
盛大なため息と共に私はテーブルに突っ伏していた。
「開店から一週間、お客ゼロってどうなのよ」
誰に言う訳でもなくつい愚痴をこぼしてしまう。そうしてしまうくらいこのお店は客足とゆうものに縁がなかった。
ここはまちの商店街から少し外れた洋風の小さな建物『ラート』とゆう占いの館。そして私がこの館の主の坂水唯音。一月前に高校生なった新米女子高生だ。
そんな私が何故占い師なんかやっているかとゆうと、話は私の誕生日である四月二十八日の夜まで遡らなければならない。
「唯音、お誕生日おめでとう」
ケーキにささったロウソクの火を吹き消した私に嬉しそうな笑みを浮かべるお母さん、坂水蓮音。
「おめでとう唯音。そうか、もう十六になるんじゃな。月日が経つのも早いものじゃ」
おばあちゃんである坂水琴も孫娘の成長にしみじみと喜びを感じてくれていた。
「ありがとうお母さん、おばあちゃん。えへへ、これで私もまた一歩大人へと近づいたんだね」
当たり前のことだけどそれが今の私にはとても嬉しく思え、つい口元も緩んでしまう。
ちなみにお父さんは単身赴任で九州に行ってる為、今この家にいるのは私達三人だけ。まあその二人だってよく仕事で家を空けてるから、誰かがいないことにはもう慣れていた。
「それじゃ、はいプレゼント」
そう言ってお母さんは手のひらに収まるくらいの小さな箱を私に差し出す。
「うわぁ、ありがとう。開けてもいい?」
「ふふ、いいわよ」
了承を得た私は顔を綻ばせ、逸る気持ちを抑えてラッピングを丁寧に剥がしていく。
──一体なんだろう?大きさからしてアクセサリーかな。
ワクワクしながら出てきた箱の蓋を開け中を見てみる。
「……え、なにこれ。鍵?」
鍵型のアクセサリーの可能性も考えもう一度よく見るが、やっぱりそれは正真正銘どこかの鍵だった。
「その鍵はね、これからあなたが経営するお店の鍵よ」
「…………えっと、ごめん。もう一回言ってもらえないかな。意味がよくわからなかったんだけど」
今さらりと、とんでもないこと言わなかった?
「じゃあ分かり易くもう一度言うわね。唯音、あなたには占い師としての修行の為、明日からお店を開いてもらいます」
「ええぇえーーーーっ!」
やっぱり聞き間違いじゃなかった!
「何で? どうしてそんなことしなくちゃいけないの? とゆうか無茶だよ!」
あまりの展開についていけず思わずつい大声で反論してしまう。
「唯音はうちの家業のことをどれだけ理解しておる?」
「代々続く占い師の家系で困ってる人達の力になり、時には道を示し助けとなる。小さい頃から散々聞かされて育ったんからちゃんと分かってるよ」
その結果、うちはいつも多くのお客で賑わい二人は多忙な日々を送っている。それにお客の中には政界や事業のお偉いさんも何人かいて、その人達からも一目置かれ頼られてもいた。
「でもそれならわざわざ新しくお店を開かなくても、どちらかのお店で修行させてくれればいいんじゃ?」
二人はこのまちの南北にそれぞれお店持っている。そのほうが一軒で交代してやるよりも効率よく、売り上げも伸びると前に話してくれた。お客からしても当たるお店が二軒になるので、好きな方を選べ待ち時間も短縮するのでむしろ喜ばれていた。
「そう出来たら良かったんだけど、流石に大切なお客様を未熟なあなたに占わせるわけにはいかないでしょ」
たしかに二人に比べて未熟な私が占うのは
いろいろと問題かもしれない。そこまでは分かる。でもだからといって新しくお店を作り経営させるなんてあまりに無茶苦茶すぎる。
だけど何より一番の問題は──
「この一帯にお店を出したってお客が来るわけないよ。うちのお店があるから他の占い師は誰もこのまちに寄り付かないんだよ」
そう。この辺りに占い師はお母さんとおばあちゃんの二人だけしかいない。その理由はすごく簡単で、他にお店があっても誰もそこには行かないからだ。このまちに住んでいる者なら誰もがうちがよく当たることを知っている。だから新しくお店が出来ても誰も寄り付かないのだ。
もちろんそんなうちに挑戦しようとお店を出してくる者もいたが、その全てを淘汰しつくし今のこの状況があるのだ。
「気にすることないわ。出すといっても隣りまちなんだし、その方が学校からも近くて経営し易いでしょ。それに大丈夫。唯音の実力ならちゃんと人は集まってくるわ」
「そのきっかけが掴めそうにない状況だって私は言ってるんだよ」
私だってこの家の者。占い師としての力は受け継いでいるから的中率は二人にだって負けはしない。だけどそれも広めてくりるお客が入らなければ何の意味もない。いくら場所がとなりまちだとしても大した気休めにもならなかった。
「そう案ずるな。お主は本物なのだから必ず助けを必要とする者が訪れてくる。わしの時もそうじゃったからな」
「えっ、おばあちゃんも同じようにお店を出したの?」
「ああそうじゃ。わしもわしの母もそのまた母もみんなそうして修行したものじゃ。もちろん蓮音もな」
「へえー、そうなんだ。……じゃあやってみようかな」
「ええ。何事もまずはじめることが大事よ」
「分かった。私、やるよ」
「ああ、その意気じゃ」
やる気を出した私におばあちゃんは満足そうに頷く。
「ふふ。大変だと思うけど頑張りなさいね」
「うんっ。私、頑張るよ」
突然のことに驚きはしたものの、明日から始まる新しい日常に期待を膨らませていた私は元気一杯に頷き返した。
「──で、本当に大変だったんだもんな……掃除が」
次の日さっそくお店に来てみた私がまず驚いたのは、建物が思ってたよりも大きかったことでも立派だったことでもない。そこは長い間放置されてたらしくすっかり荒廃しきっていた。つくりを見る限り元は誰か別の占い師が使っていたのだろう。そんな話を何年か前に聞いた覚えがあるし。
中も当然ひどく家具はボロボロ。埃もそこら中に積もっていて、正直なにから手をつければいいのか困り果てたものだ。とりあえず全ての家具を処分して掃除するのにまる二日。外の補修や必要な物の買い出しなど一通り終わる頃には、高校生活最初のゴールデンウィークもすっかり終わっていた。
夕日に向かって「私のゴールデンウィークを返せーっ!」と叫んで少しは気が晴れた私は、その苦労と悲しみを乗り越え翌日からお店を開店した。けれどそんな私の努力を嘲笑うように今日まで誰一人ここを訪れる者はいなかった。
「こんなんで占い師の修行になんてならないよ……」
むしろ何か別の経験が積まれてってる気がする。
再び大きなため息をこぼすと伏せてた顔を上げもう一度この部屋を見渡す。
八畳程の空間。その真ん中に今私が使ってるテーブルと椅子が置かれ、対面にはお客用の椅子もある。それ以外この部屋には目立った物はなく、壁際の棚に私が家から持ってきた小物や時計が置いてあるだけ。奥の部屋に至っては掃除道具が隅にまとめられてるだけでしまう場所さえなかった。これから売り上げでちょっとずつ物を増やしていこうとゆう目論見は、はやくも頓挫していた。
「……今日はもう帰ろう」
時計はまだ6時前をさしており、門限の七時まではまだ余裕がある。けれどこれ以上待ってもきっとお客は来ないだろう。
そう判断した私は少ない荷物を鞄にまとめて戸締まりをする。
──ここまで誰も来ないなんて、うちの影響力ってこんなにも凄かったんだな。
それを思うと先行きに不安を感じてくるが、やると言った以上途中で投げ出す訳にもいかず悪い考えを頭から振り払う。
「明日こそ誰か来てくれるよね……」
呟いて入口の鍵を閉めた私は力なくお店をあとにした。
「ただいまぁ……」
「おかえり。その様子じゃと今日も誰も来なかったようじゃな」
台所で夕飯を作っていたおばあちゃんはお玉で鍋の中身をかき混ぜながら返事をする。
「まあ、最初はうまくはいかないものさ。焦らず待つことも大事じゃぞ」
「分かってるよ。でも……」
けれどここまで成果がないとこの修行を続ける意味自体、私の中でぼやけてしまっていた。
「そう案ずることはない。時間は掛かるかもしれんが、必ず唯音の力を必要とする者はやって来る。本物である、お主の力を」
そう言われて私は黙り込む。今までおばあちゃんが言うことに間違いはなかったし、今回もきっと正しいのだろう。でも一日も早く成果の欲しい私は、やる気が減少するのに比例して不安や焦りが胸の内でどんどん膨らんでいた。
「それに、待つこともまた占い師にとっては大事な修行なんじゃぞ。いつやって来るか分からないとはいえ大切なお客様。最高の占いを出来るよう常に自分を高める術を身につけておかなくてはな」
「つまり精神修行ってこと?」
「うむ、そうじゃ」
退屈そうでなんかやだな……。明日から何か暇を潰せる物を持っていこう。
そんな不埒なことを考えてると玄関から物音が聞こえてきた。
「ただいま」
声がすると仕事から帰ってきたお母さんが台所に顔を出す。
「おお蓮音、おかえり」
「おかえりなさい」
「ただいま。ごめんなさい母さん。夕飯の用意頼んじゃって」
「気にすることはない。急なお客だったんじゃ、仕方ないさ」
そう言いながらおばあちゃんは手際よく夕飯を仕上げていく。
この仕事をしてるときっちり閉店時間に終われず長引くことがよくある。なので坂水家では暇な人が食事を作ることになっていた。大抵はお母さんかおばあちゃんのどちらかだが、たまに二人共忙しくて帰りが遅くなる時は私が作っている。
「……その様子だと今日もみたいね」
「うん……」
「そんな落ち込んだ顔しない。唯音は本物なんだから必ずあなたの力を必要とする人がやって来るわ。多少、時間は掛かるかもしれないけど、大丈夫。私が保証するわ」
「お母さん……それさっきおばあちゃんに言われた」
「え、ほんと?」
「うむ、言った」
「そっかぁ……あはは……」
恥ずかしかったらしくお母さんは頬を赤く染め笑ってごまかす。それにつられて私もおばあちゃんも一緒に笑った。
「──そうだね。まだはじめたばかりなんだもん。来ないのが当然の状況なんだから、ここでめげてちゃ駄目だよね。──よしっ。明日からまた頑張るぞー!」
「うんうん。その意気その意気」
「ほっほっほっ。やっぱり唯音はこうでないと」
二人のおかげですっかりやる気を取り戻した私。
そうだよ。この程度でへこたれてたら、いろいろと大変なこの先なんてきっとやっていけない。
──そのためにも、まずは暇潰しの方法を考えておかないと。
待つうえで最大の敵は退屈。それをどうにかすることこそ長期戦の構えに欠かせないことだ。
「あ、そうそう。多少は大目に見るけど、あまりに売り上げがひどかったらお小遣いから減らすからね」
「ええっ!? ちょっと待ってよ。そんなの横暴だよ!」
ただでさえ遊ぶ時間が削られてるのに、そのうえお小遣いまで減らされるなんて納得いかなかった。
「どうせお客が来るまで待ち続けようなんて考えてたんでしょ」
「うっ」
さすがお母さん。私の考えなんてお見通しのようだ。
「お店の維持費だってタダじゃないのよ。それくらいのリスクは背負わないと。まあ、光熱費だけでも払ってくれるならこの話はなしでもいいけど?」
「それ、二択のようで選択肢ないよね? 光熱費を払った時点で私のお小遣いがなくなっちゃうよ」
不満だらけの私は頬を膨らませると睨んでお母さんに抗議する。
「じゃが唯音。客が来ないことの重大さはきちんと知っておかねばならん。わしらにとって客が来ないとゆうことは、収入が入らず生活が出来なくなるとゆうこと。その重圧に耐えられなければこの職業は到底やっていけんのじゃ」
「そうかもしれないけど、でも……っ!」
「唯音」
それでも納得しない私の肩にお母さんはポンッと手を置く。
「この決定は絶対よ。いくら文句を言っても覆すつもりはないから」
にっこりと、とても優しげに微笑みながら無慈悲に告げるお母さん。こうゆう時のお母さんは今までの経験上、絶対に意見を変えることなんてなかった。
それでもあきらめきれない私は助けを求めおばあちゃんを見る。
「人生あきらめも肝心じゃぞ」
最後の希望はあっさりと打ち砕かれ、その場で膝から崩れ落ちた。
「それよりもほれ。夕飯ができるからさっさと着替えてこぬか。唯音もそんな所でうずくまっておると制服に皺がつくぞ」
打ちひしがれてる私を気にした様子もなくおばあちゃんは流しへと戻って行く。お母さんもそんな私を置いて着替えに自分の部屋へと行ってしまった。
……うぅ……鬼だ……鬼がいるよ……。
力なく起き上がると失意のまま台所から出て行く。こんな横暴認めたくはないが、逆らえば今より酷くなることだってありえた。
「──はああぁぁぁ…………」
大きな溜め息をつくと私も着替えに部屋へと戻る。その足取りが帰ってきた時よりも重くなっていたのは言うまでもない。




