お姉さんのつもりで世話を焼いていた双子の王子に「どっちにするんだ?」と迫られています
「ふざけるなっ。ルナは俺のおよめさんだぞ!」
「そっちこそ、おかしいよ。僕とルナは結婚式ごっこもしたんだよ!」
茶髪で気の強そうな男の子と、金髪で色白な男の子が喧嘩をしている。
共通しているのはどちらも幼いながらに抜群に外見が良いということ。
言い合いをしている最中なのに、気品すら感じられる。
「なんだよ、やるのかっ」
「ルナをかけて勝負してもいいよ」
盛り上がって掴み合いを始めそうな二人の頭に、私はゲンコツを一つずつ落とす。
「二人ともケンカしないのっ。どっちと結婚するかは私が決めるんだから」
「……そうだけど」
「どっちと、結婚するの……?」
「仲良くしたらどっちとも結婚してあげる!」
「「なんだよそれぇ……」」
ムクれる顔をする二人を見て、私は可愛いなと思った。
ガイアとレイス。
双子の兄弟で、私の二つ下になる。
よく城に出入りしていた私は、いつも二人のことを本当の弟のように感じていた。
「そんな顔しないの。なにかあったら、お姉さんが守ってあげるからね」
私は二人の肩を抱き寄せる。
いつもお姉さんぶって、あれこれと二人に上から目線でものを申していた。
今になって思えば死ぬほど不敬だったと思う。
そこから十年の月日が流れ、少なくとも体だけは大人になった。
☆
「グラード様、今日はお二人だけの約束ではありませんでしたか?」
テラス席のある軽食店の前で、私は婚約者のグラードに尋ねた。
私と同じ二十歳で、黒髪の痩せ型。目の下にいつもクマを作っている。
彼も伯爵家で、将来の約束をしている相手でもある。
「ああ。そのつもりだったが、弟子がここの紅茶を飲んでみたいというのでな。無碍にするわけにもいかない」
「ごめんなさーい、ルナ様。あたしが師匠に無理いったんです」
ショートカットで瞳の大きい弟子は、本心では悪く思っていなそうなトーンで謝る。
背は低めだが胸が大きく、それをアピールするように胸元を開いた服を着ている。
「……わかりました」
私が小さく嘆息すると、二人はテラスの席に並んで座る。
あの弟子は十八歳でプリシラという。
アイルズ学院の生徒で、彼女はグラードと同じ魔法学の専攻だ。
私は魔道具作成なので授業は違うが、あの二人は同じ専攻なのでたまに同じ授業がある。
そこで師弟関係を結んだらしい。
「今日の師匠の魔法、すっごかったですぅ!」
「フフ、まあ三割くらいで撃ったんだけどな」
杖を見せびらかしながらグラードは自慢する。
ちなみにあの杖は私が作ったもので、彼の誕生日にプレゼントしたものだ。
プリシラはただでさえ大きい目を限界まで見開いて大仰に驚く。
「えぇぇ〜!? あれで三割なんですか! やっぱり師匠は規格外の天才ですっ。学院の誇りですね」
「まあな。俺は卒業したら王宮の筆頭魔術師を目指す」
「きゃああ〜! そう言う先輩の自信家なところもかっこいいですっ」
「そうか? 別に普通だけどな、ははは」
二人とも私のことはそっちのけで会話に夢中になっている。
こちらとしても加わりたいわけではないので遠くを見つめながら退屈な時間を過ごす。
しばらくの間二人はイチャついていたのだが、思い出したように私に話題を振ってくる。
「そういえばルナ。お前は今、なんの魔道具を作成しているんだ」
「最近は身体能力を上げる指輪などですね」
「それは、どこに保管しているんだ」
「保管? 先生がしまっていますね」
私が適当にはぐらかしていると弟子の目がかなり鋭いことに気づく。
私とグラードが会話しているから気に入らないのだろうか?
目が合った途端、彼女はいつもの可愛らしい瞳を作って質問してくる。
「お二人も来年には卒業ですね。卒業したら、すぐに結婚なさるんですか?」
私より先にグラードが答える。
「そこ難しいな。俺は先のことはあまり考えない。未来なんて想像しても無駄だ」
「確かに! うちの学院でも卒業前に破談になる話とか山ほど聞きますし」
チラチラとこちらの様子を伺いながら話すプリシラが、正直なところかなり嫌いだ。
というか、これ私いらないのでは?
グラードとプリシラのデートに紛れ込んだ人みたいな感じになっている。
さすがに我慢できなくて立ち上がる。
「用事があること思い出しました。また学校で」
「そうか。じゃあ俺たちはどうする?」
「師匠、魔法教えてくださいよ。……二人きりで」
宣戦布告のつもりなのかしら……?
さすがのグラードも素直に返事はせず、少し戸惑った様子を見せた。
どうぞ、ご勝手にどこへでもお行きください。
そう呟きながら私は立ち去っていく。
翌日の学院で、問題が起きた。
授業が始まる前に教師が深刻な様子で話す。
「すまない。何名かの魔道具が盗まれたようだ」
今回が二回目だ。
前回は私の魔道具が盗まれたのだが、今回は私と別の生徒数名の分も盗まれていた。
おそらく質がいいものを選んで盗んでいる。
「犯人はわからないんですか?」
「現在調査中だ。何か分かり次第みんなには連絡したいと思う」
仕方ないので、私はまた新しい魔道具を考案することにした。
午前中の授業が終わり、昼休みに入ると私は中庭に移動する。
ベンチに腰掛けると自然とため息が漏れた。
最近は本当についていない。
嫌なことばかり起きるなーと落ち込んでいると誰かに頭をわしゃっとされた。
「どうしたんだよ? そんな浮かない顔して」
「……殿下だったのですね」
ガイア──この国の双子の王子の一人だ。
彼は私の隣に座ると、鼻先をチョンと指で突いてくる。
「少なくとも学校では敬語を使わない約束だろ」
少し怒ったような口調だった。
「ええ、そうだったわね……ごめんなさい」
ちなみに私は幼い頃から双子の王子とはしょっちゅう遊んでいた。
昔は本当に楽しかった。
三人でよく冒険にも出かけたものだ。
あんなに小さかったガイアも今じゃ私より遥かに背が高いし、大人っぽい雰囲気をまとっている。
十八歳とは思えない色気も持ち合わせているから困る。
思わず横顔を確認すると、見惚れそうになるほどだ。
目が合ったので私は慌てて目を逸らす。
ガイヤは声のトーンを落として話す。
「アレだろ? 婚約者のことで悩んでんだろ。あいつ、ろくな男じゃなさそうだもんな」
見透かされているようで私は言葉に詰まる。
ガイアは私との距離を詰めてくる。
「あんな奴と別れちまえって」
「そう簡単にはいかないのよ。親同士が結んだ約束だし、ずっと前から決まっていたことなのだから」
「だったら俺がなんとかしてやる! 両方の家に何かいい条件とかつけて交渉してもいい」
「そうは言うけど……」
「俺はお前が幸せになるのが一番の──」
「──おい貴様! なに人の婚約者に馴れ馴れしくしているっ!」
鼓膜が破れそうになるほどの声で怒鳴り散らすのは、グラードだった。
「……あ?」
ガイヤは不機嫌そうに立ち上がり振り返る。
その瞬間、グラードの顔から血の気が引いた。
「ああっ!? こ、これは……失礼しました。殿下だとは露ほども思わず……」
私が他の男と話しているのに怒ったはいいが、相手が王子だと知るなりこの態度。
学院では一応、身分を使った威圧などは禁じられているし、家の爵位なども持ち込まないという校則だ。
つまり、王子とはいえ年下なのだから本来はグラードの方が立場は上。
ただ、卒業後のことを考えるとそういう態度はなかなか取れないのだろう。
「お前よりずっと前から、ルナとは知った仲だがな」
「もちろんです……。先程は王子とは知らないゆえの発言です。どうかご容赦を」
「で、何の用だよ」
ガイアは以前から、グラードのことを毛嫌いしている。
学内でも目が合うと喧嘩を売りにいくほどだ。
グラードは私のそばにきて、ガイアには聞こえないよう小声で告げる。
「明日の予定の件だが、魔の森にいこう」
「なぜ魔の森へ?」
明日はグラードの家で食事会の予定だったのだ。
「食事会は延期になった。代わりに森で狩りをしよう」
「……プリシラさんも一緒に?」
「師匠として、弟子を育てなくてはいけない。仕方ないので同行させる」
眉間に皺を寄せ、嫌そうな風を装っている。
下手な演技すぎる。
本当は弟子にいいところを見せたいのが目的なのだろう。
いや、プリシラが言い出した可能性があるから困る。
普通なら断るが、明日はグラードの誕生日でもある。
さすがに、そこを一緒に過ごさないと両家の親からいずれ問題視されるかもしれない。
「わかりました」
「では、明日の午後」
グラードは少し怯えた様子で会釈をして、ガイアの横を通り過ぎていく。
声をかけられなかったのにホッとしているのが後ろから見ているだけでわかる。
「あれのどこがいいんだ? ルナには、絶対にもっといい男がいる」
「気を遣ってくれてありがとう。午後は三回生は、剣の模擬戦があるのよね」
「ああ。余裕で優勝する。お前にもらった剣があるんだから」
赤い魔石がはまった剣をガイアは抜いてみせる。
私が作成してプレゼントしたものだ。
彼は剣士コースなので、折れにくくて頑丈な剣に作り上げた。
「なあルナ。もし俺が優勝したら……」
「ん?」
「いや、なんでもない。模擬戦くらいではな……」
ガイアは思い直したように首を振った。
午後の授業の時間になると、全校生徒が校庭に移動する。
みんなで剣士コースの模擬戦を応援するのだ。
うちは十六歳から二十歳までの五回生がいる。
回生別で、試合が始まっていく。
三回生が始まると、女子の大部分がガイアの応援に回った。
私もその一人だ。
「ガイア様、今日も素敵です〜」
黄色い声があちこちで飛び交う。
対戦相手が気の毒に思えるほどだ。
私も応援したが、必要があったのか疑問なほど、ガイアは三回生のチャンピオンとなった。
勝利後、こちらを向いて額に手を当ててポーズを決める。
「えっ。ガイア様がこっち見てくれた?」
「わたしの方だったわ……!」
「きゃあああ──」
とにかく女子の熱量がすごくて圧倒される。
私は校庭の隅にある木陰に入る。
涼んでいると、ほっぺたに冷たい感触。
「ひゃっ」
だいぶ恥ずかしい声を出してしまう。
楕円形の金属水筒が、頬に当てられたらしい。
「冷たかった?」
「……もう、レイスだったの」
金髪碧眼でスマートな体型、まさに白馬が似合いそうな王子様って感じの彼は、ガイアの双子の弟だ。
レイスは水筒の木栓を抜いて、私に手渡してくる。
「暑かっただろう。飲みなよ」
「ん、ありがと」
実は喉がすごく渇いていたので助かった。
ゴクゴクと遠慮なくいただくと、レイスが温かい目でこちらを見守っている。
「飲み過ぎ?」
「いや、全部飲んでいいよ。相変わらず豪快な飲み方だね」
「女らしくないって言いたいんでしょう」
「僕は好きだよ。猫被る女なんかよりずっとね」
レイスもガイアに負けじと女子に人気だ。
自分を狙ってくる女子にはだいぶ疲れているとこの間愚痴っていた。
温かい風が吹き抜けると、レイスは遠くを見る目を細めた。
「また、魔道具盗まれたらしいね」
「もう聞いたんだ。結構力作だったのに……」
「五回生の教室には、下級生は入れない。色々といま調査してるよ」
「何かわかりそう?」
「ある程度は掴んでいる。ただ、今は言えない。ただ一つだけ──ルナの作品を盗んだ奴を僕は許さない」
クールで賢いレイスは、普段は感情を強くみせることはない。
でも内に秘めたものは強くて、それがたまに溢れ出す。
「そうはそうと、さっきのガイアのポーズ見た? あいつ、かなりハシャいでた」
「でも強かったよ。変なポーズ決めてたけど」
「……覚えてないの?」
「えっ、なにが?」
「あのポーズ、ルナが子供の頃に教えたやつだよ。俺が一番強い男だってアピール」
そ、そうだっけ……?
自分で教えておいて申し訳ないけれど、言われるまで全く覚えていなかった。ごめんねガイア……。
レイスが少しバカにしたように鼻で笑う。
「別に僕だって戦えるけどね。剣士ではないってだけで」
「そうよね。レイスの魔法は本当にすごいよ」
ガイアが未来の剣聖なら、レイスは稀代の魔術師になるだろうと噂されている。
グラードやプリシラと同じ魔法科だけど、実力は遥かに凌駕していると思う。
そして昔からなにかとガイアと張り合うので、こういうときは素直に褒めておく。
実際、レイスの闘気がだいぶ和らぎ、少し嬉しそうに口端を上げている。
数ミリレベルだけど、長年付き合ってきた私は見逃しませんよっと。
「さて、僕は調査に戻るけど何か困ったことがあったらすぐに言うんだよ」
「それは私のセリフだよ。お姉さんは健在だぞー」
「お姉さん、か。そうだね、僕は確かにまだ頼りないかもしれない。精進するよ」
私が水筒を返すと、レイスは残りのそれを飲み干そうとするが数滴しか出なかった。
飲み意地張ってすみません……。
☆
なんとなく土曜日の午前中が大好きだ。
他の曜日より、空気が澄んでいる気がする。
きっと、気のせいなのだけれど。
ただ今日ばかりはあまり清々しい気分になれない。
グラードとプシリラと三人で魔の森にいくからだ。
王都の外にいくと、すでに二人がいて遠目でもわかるくらいイチャついていた。
私がきた途端、グラードは慌てて彼女の腕を振り解く。
「遅いぞルナ」
「でも私が遅いおかげで、随分と楽しめたのではないですか?」
「な……何の話だ」
嫌味の一つも言わせてくださいな。
グラードは目を逸らすあたり、後ろめたさが多少はあるらしい。
問題は悪びれず挑発的な態度のプリシラの方だ。
今日も胸アピールするような服装できて、とても魔物の出る森にいく格好とは思えない。
魔の森は王都からそう離れていないが、強い魔物がいるので近寄る人も少ない。
いざ森に足を踏み入れると、日中とは思えないほど暗い。
私は魔法を使った戦闘は強くはないので注意しながら進む。
「そう緊張するなよルナ。一緒にいるのは俺だぞ」
「そうですよ。師匠が本気を出せば魔物なんて瞬殺ですから」
前から思っていたけれど、プリシラは彼のどこがいいのだろう。
「ねえ、今日の森への遠征ってあなたが提案したのでしょう?」
「わかっちゃいました? 実は学校の授業でここの魔物の生態を研究する必要があって」
仮にそうなら他の生徒がこの森にいてもいいのに、私たち以外には見当たらない。
本当にそんな課題出たのかな?
二十分も歩くと木の陰で何かが動くのを見つける。
「見ろ、手長猿だ」
グラードが指差した先には、腕がやたらと長い大きな猿がいた。
歴とした魔物で、その凶暴性や頑強さはただの猿とは違う。
魔物が木の陰から飛びかかってきた。
グラードが魔法で大量の石つぶてを発射すると、手長猿はその場に倒れる。
追撃で重たい岩を頭上に出現させ、頭を潰した。
「まっ、こんなものだ」
「先輩かっこよすぎます。どうしてそんなに強いんですか?」
「騒ぎすぎだよ。まだまだ本気は出しちゃいないさ」
確かに優れた魔法ではあるが、懸念点もある。
私の杖だ。
あれは実力以上に魔法を使える代わりに、大量の魔素を発生させている。
目には見えないのだが、魔物は敏感に感じ取ることが多く、またそれを好む傾向がある。
要するに、使いすぎると魔物が寄ってくる。
その辺はちゃんと説明はしていたのだが、グラードはすっかり忘れている。
「グラード様、そろそろ帰りましょう。手長猿一体だけでも十分な成果だと思います」
「えー、こんなんじゃ全然足りないですよ。それに師匠のかっこいい姿をもっと見たいんです」
「そうだな。まだ帰る時間じゃない」
私の忠告なんか聞く耳持たず、二人はさらに奥へと進む。
五分も経たないうちに、また手長猿に遭遇した。
しかも二体同時だ。
今回はグラード一人では厳しいと判断したのか、プリシラも水の魔法を使って応戦した。
結果として二体とも難なく始末した。
……プリシラの魔法の方が強くない?
水の刃で一瞬で首を切り落としたのだ。
「これ以上は絶対に危険です。手長猿は本来、単独で行動します。ボスがいてそれに従っているのかもしれません」
「うむ。さすがに厄介ではあるな」
「えっ……? 師匠、まさかビビってるんですか?」
「俺が手長猿ごときにビビる? あり得ない」
「ですよね〜。じゃあ、もっと奥に行きましょうよ」
「ああ、そうだな」
プリシラは何が目的なのだろう?
絶対に学校の課題なんかではない気がする。
私は二人に告げる。
「すみませんが、私はもうお付き合いできません。一人でも帰ります」
「それはないですよルナ様。三人で一緒に楽しみましょうよ」
「楽しむ? 死ぬかもしれない状況なのよ」
「ルナ様が作った魔道具があれば、猿くらい瞬殺ですよ」
プリシラが私の肩に手をかけたのだが、その力たるや尋常ではなく、皮膚がえぐり取られるかと思うほどだった。
それなのに、彼女は笑顔満開だ。
不気味さに怖気が走る。
同時に、耳をつんざくような咆哮がした。
「なに……この大きさ……」
今までと同じ種類だが、さっきのとは比較にならない大きさの魔物だった。
三メートルは超えており、あまりの迫力に私は足がすくんでしまう。
「なんだこいつは!?」
「師匠、やっちゃってください」
「あ、ああ……」
グラードが慌てて魔法を発動させる。
だが上から降ってきた岩を魔物は一殴りで粉々に砕いてしまった。
「あーダメだ……こんなやつ勝てっこない。──おいプリシラ、どこへ行く!?」
相手の戦力を見るや否や、プリシラが真っ先に逃げ出した。
私も続こうとするが、グラードに体を掴まれ巨大猿の前に押し出される。
「すまない。こうするしか道がなかったんだ」
言い訳をしながらグラードが逃げていく。
当然、巨大猿の殺意は私に向けられる。私はダメ元で唯一使える風魔法を発動した。
圧縮した空気の塊が相手に当たったが、何一つ効いていないようだった。
巨大猿が私との距離を一瞬で詰め、長くて太い腕を振るう。
私の頭部を殴り潰すつもりだし、間違いなくそうなるだろう。
私は目を閉じた。
どんな痛みが来るのかと恐怖したが、なかなかそれはやってこない。
目を開けると──巨大猿の腕が宙を舞っていた。
目の前には見覚えのある背中があり、彼は赤い魔石が嵌められた剣を握っている。
「……俺の宝物に何しやがる」
ガイアだ……!
どうしているのかわからないけど、助けに来てくれた。
「ルナ、怪我は?」
「うん、平気よ。なぜここに?」
「昨日の会話、聞こえてたからな。念のため追ってきてたんだよ。それより下がってろ」
私は邪魔しないように後ろに下がる。
腕を一本失って暴れ狂う猿とガイヤの剣技が正面から衝突する。
さすが天才剣士だけあって、凶悪な魔物相手でも一歩も引けを取らない。
ただ、猿は怒り狂ってるせいか何回斬られても全く怯まない。
痛覚が鈍くなっているのだろう。
ガイヤがとどめの一撃を狙うも、なかなか隙がない。
そこで、私は魔物の背後に立つ。
「お姉ちゃんが守るって言ったでしょ」
幼い頃のことを思い出しながら、私は後頭部に向けて風魔法を放つ。
やはりダメージはないけれど、意識はこちらに向けさせた。
猿が私に襲いかかってくる。
でもその腕が私に届くことはなかった。
ガイアが跳躍して魔物の頭に剣を突き刺したからだ。
「少しは、役に立てた?」
「助かった。それにお前にもらったこの剣はすごい。楽に突き刺さった」
組み込んだ魔石の効果で、切れ味や突きの威力を上げているのだ。
「ガイア、助けに来てくれてありがとう。死ぬかと思った」
「ったく、素直に俺も誘えよな。俺たちの仲で気なんか使うな」
「……うん」
「帰るぞ」
私たちは来た道を引き返す。
少し開けた場所で、なんとグラードとプリシラを見つける。二人ともここで様子を窺っていたようだ。
「ルナ!? 今助けにいこうと思っていたんだ!」
グラードが来て抱き寄せようとしたので、私はきっぱりと拒絶する。
「触らないでください。あなたは私を盾にして逃げました」
「あれは違うんだっ。事情があって……」
言い訳がましいグラードの胸ぐらをガイアが掴み上げる。
「てめぇ……婚約者を盾にして逃げる腰抜けがどこにいる」
「殿下聞いてください! これには理由がぷぺっ!?」
ガイアの右ストレートがグラードの顔面を打ち抜いた。
くだらない言い訳なんてこれ以上聞きたくないと。
グラードは回転しながら吹っ飛んで、ぐしゃりと地面に落ちた。
それを見ると私は胸がスッとする。
彼が白目を剥きながらも顔を上げると鼻血がビローンと伸びていた。
「それはそうと、あいつはどこに行ったんだ?」
「誰?」
「レイスだよ。一緒に森に入ったんだけどな」
なぜレイスが森に来たのか?
私が尋ねる前に本人が木陰から出てくる。
彼は私の姿を見るなり、安堵の息をつく。
「……ルナは無事なようでよかったよ。僕は隠れていた奴を見つけてね」
どさり、とレイスが誰かを地面に置く。
大人の男だ。
気を失っているようだった。
「おい、なんだそいつは?」
ガイヤが尋ねると、レイスは男を見下ろす。
「スパイの片割れさ」
「スパイ……?」
ガイヤが首を傾げる。
私も同じ状態で、全然話についていけてない。
「──プリシラ。言い訳があるなら聞くよ」
レイスの凍てつくような目がプリシラを捉える。
彼女は身振り手振りで答える。
「え、え、何のお話ですか? 私には全くわからなくて……」
「とぼけるのは無駄さ。君が敵国のスパイで王都にある魔道具を他国に流しているのは判明済みだ。一昨日の晩、ルナの魔道具を男に渡しただろう?
そいつを捕まえてもう自白させた」
「待って。私の魔道具を盗んだのがプリシラってこと?」
私が尋ねるとレイスはうなずいた。
「正確に言うなら、グラードもそうだ」
私とガイアがグラードを確認すると、見たことないくらい情けない表情をしていた。
言われてみれば、思い当たる節はいくつかある。
グラードは最近、私に魔道具の保管場所や使い方について質問をしてきていた。
今まではあまりそういったことに興味がなかったのに、不思議だとは感じていたのだ。
「プリシラに唆されたグラードが魔道具を盗み、それを彼女に渡す。プリシラは自国のスパイにそれを渡して自国へ持ち帰らせようと企んだ。実際、ルナの一つ目の魔道具はすでに送られてしまった」
レイスってすごい……。
犯人の目星がついているというのは本当だったんだ。
昔から賢くて思考力が高かった。
それに磨きがかかっているようだ。
「なあレイス。つまり、あの間抜け面もプリシラと共犯ってことだよな?」
「共犯ではあるけれど、あいつはただ利用されただけだ」
わなわなと全身を震わすグラード。
「そんなぁ……。違うよな、プリシラ? 魔道具だって一時的に借りるだけで、すぐに返すって言ってただろ?」
そんな言い分を信じてしまうほどに浮かれていたのだろう。
追い詰められたプリシラは無表情だったが、吹っ切れたように突然爆笑する。
「あーはっはっはっは。いやぁ、間抜けな奴ばかりいる国だと思っていたけど、少しは頭が切れる奴もいたんだ。あと一歩だったんだけどな〜」
今までとはまるで違う邪悪な目つきで、私のことを睨みつける。
目があうだけで息が止まりそうになる。
「言っておくが、君の狙いは全て見えている。森でグラードを殺し、この男とルナを誘拐して自国へ連れていくつもりだったのだろう?」
なんで私なんかを?
疑問を持つ私に、レイスは説明してくれる。
「ルナの才能は特別なものがある。自国で魔道具を生産させるつもりだったんだ」
もう我慢できないとグラードが立ち上がる。
「お、俺を殺すつもりだったってのは本当か。どうなんだプリシラ!?」
「本当だよ。お前はもう用済みだったからな。なんならお前を犯人に仕立て上げて、ルナと心中したことにするつもりだった。計画が狂ってしまったけどね」
「そんなぁ……。俺は本当に、ただ利用されていたのか……」
「っていうか、お前みたいな無能に惚れる女なんていると思う? お前の魔法がまともなのは、ルナの魔道具の力だ。それすら認識できない馬鹿を騙すのは楽だったよ」
「うあ……ぁ……」
辛辣な言葉の数々にグラードは腰が抜けたように座り込む。
それにしても本当に別人すぎる。
プリシラはガイアとレイスを交互に見る。
それから、杖を構えながらレイスの方に突っ込んでいく。
「どかないと殺すよ」
「僕になら勝てると判断したのか。グラードと同じくらい君も大馬鹿だ」
「レイス、気をつけて!」
思わず私は叫ぶ。
プリシラがあの凶悪な水魔法を放ったと思った瞬間、顎下から何かに弾かれて宙に体が浮き上がった。
プリシラが撃つより先にレイスが仕掛けていたのだろう。
何をやったかも、どこで発動したかも速すぎてわからなかった。
地面に倒れたプリシラは完全にのびていた。
レイスはグラードの顎をくいと持ち上げる。
「当然、ルナとの婚約は破談だよ。理解できるよね?」
「は、はい。どうかご慈悲を。俺は騙されていたんです……」
「騙されていようが君は許されない。ただ、自らルナとの婚約を破棄して二度と関わらないというのなら、ほんの少しだけ罪が軽くなるように口添えはしてあげよう」
「承知しました……」
レイスは縄をガイアに投げてよこす。
「こいつらを王都へ運ぶのを手伝ってくれ」
「おう」
「それとルナ。一つだけしか取り返せなかったけど……」
レイスが私の手に握らせてきたのは製作途中だった指輪だ。
自分の作品が戻ってきたことが嬉しくて私は何度もレイスに礼を述べた。
もう諦めていたのに……!
「ところで、その指輪って誰かにあげるつもりだったの? もしかして、僕とか?」
「は? そんなわけないだろ。俺だよな? この間模擬戦で優勝したし。賞品とかそんな感じだよな」
あ、えっと……何も考えずにただ作っただけです、はい。
とは、言い出せなかった。
☆
国を揺るがす大事件にもかかわず、数日経ってもプリシラの件は表に出なかった。
グラードについてもそうだ。
私たちの婚約が解消したいう噂だけが流れ、彼は自主退学した。
おそらくレイスが手回ししてくれたのだ。
彼がスパイと組んでいた犯罪者だと噂が流れれば、婚約を結んでいた私まで疑われる。
そこでウチとは完全に縁を切った後に、罪を償わせるつもりらしい。
最高の幼馴染たちに感謝しかない。
せめてなにかお返ししたい!
そう思った私は工房にしばらく籠ることにした。
まず作りかけだった指輪をどうにか完成させる。
そしてもう一つ、効果は違うが似た指輪を作成した。
小さく嵌め込んだ魔石は、それぞれ二人の瞳の色に合わせる。
飲食も忘れるほどのめり込んでようやく完成した。
そして翌日、学院にいくと校舎に入る手前でガイアとレイスを見つけた。
なにやら言い合いをしている。
「ふざけるな、俺が先だ!」
「意味がわからない。僕にだって権利はあるだろう」
ああ、子供の頃から何も変わってないよこの二人……。
懐かしくなった私は二人の間に割って入る。
「はいはい二人とも喧嘩しないの!」
私の顔を見ると、二人とも何か言いかける。
でもお互いになにか目で牽制し合っているようだ。
そこで私は懐から二つの指輪を出す。
「はい注目。お姉さんが二人のために、これをお持ちしましたよ」
私の魔道具作りの原点って実はここにある。
二人を喜ばせたくて、いろんな物作りに挑戦している内に技術が成長してきたのだ。
「おいっ、これってまさか……」
「そういうこと、ですか……?」
「私からのお礼よ。二人のおかげで、命がここにあるわけだしね。ほら指出して」
なぜか急に照れ出してモジモジする二人が意味わからなかったけれど、私はそれぞれに指輪を嵌めてあげる。
「石は瞳の色に合わせたんだ。ガイアのは筋力強化、レイスは魔力強化の効果があるのよ」
それぞれの特性を伸ばす方向で考えた。
これは魔素はほとんど出ないので、魔物に襲われやすくもならない。
二人は完全に真顔……どころか戦闘モードにすら感じる顔をしていて私は驚く。
なんか予想していた反応と違う。
「これってつまり、ここからが開幕戦ってことだよな」
「そうだね。まだ決着はついていない」
「ん? 二人ともなんの話してるの?」
私が首を傾げると、二人がなぜか迫ってくる。
私は壁に追い込まれ、双子に逃げ場を塞がれてしまう。
「とぼけるなよ。どっちと結婚するかは、まだ決めてないってことだろ?」
「そう。この仮の婚約指輪を本物にするのはどっちか……。そういうメッセージなんだこれは」
「け、結婚……婚約指輪……?? いやいや、ちょっとなにを仰っているのか。私は二人のお姉さんとしてプレゼントを……」
頭が混乱する私にガイアが顔を近づけてくる。
「ガキの頃の話、忘れたとは言わせないぞ」
「あわわ……わ……」
驚きすぎて人生でなかなか言わないセリフが口から漏れた。
そして反対側からレイスも顔を寄せてくる。
もう吐息が聞こえそうなほどだ。
「せっかくグラードが消えたんだ。逃げるのはなしだよ」
「ひぃ……お許しを……!」
二人とも、目が真剣すぎてだいぶ怖い。
私はスルスルと二人の間をすり抜けて校舎内に走っていく。
「ごめんなさい〜! そういうつもりではなかったの!」
そう謝ったが、二人は間髪入れず追いかけてきた。
本気にさせてそれはねーだろ的なことを口にしていたけど、私だってそんな急には決められない。
というか、身分差を考えてほしい。
私は逃げながらどことなく既視感を覚える。
ああそうだ。
昔もよくこんなことをやっていたよね。
三人とも変わっていないことが、なぜか嬉しかった。
よかったらブックマーク、評価などしていただけると執筆の励みになります。




