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抱懐

 少女の目から、逃れられない。ぞっとするような醜い笑みをした、この少女から。私は金縛りにあったように、凍りつく。巻き毛の少女の、笑っていないその目に射貫かれて、私はただただ、凍りつく。


 気づけば何もない空間に、少女と、私だけだった。

 少女と私だけ。そう、あの巻き毛の少女はちゃんとした少女になっていた。ケースに描かれたただの絵ではなくて、ちゃんとした人の形をして、ぽつんとしゃがみこんでいる私の前に立っていた。

 少女は白に、空の青がほんの少し混じったようなドレスを身に着けていた。ドレスはノースリーブで、少女の丸い肩と、ほっそりとした腕が無機質で異様に白く見え、まるで陶器のようだと感じた。

 けれども今の私は色々なことに混乱していて、そういうことはあまり頭に留めておけなかった。理解できないことが多すぎる。バラバラのパズルピース。どれもこれも組み合わさらない。

 ここは、一体何なの?

 この子は一体何?

 これから何が起きようとしているの?

 私はしばし呆然と、有無を言わせぬ存在感を放つこの少女を見上げていた。ほんのさっきまで見下ろす形だった平面的な少女を、今の私は馬鹿のようにぽかんと口をあけて見上げている。


「まるでわかりませんってかおね」


 少女の甘い声で私は我に返った。少女はいつの間にか醜く寒気がするような笑みを引っ込め、いつものような優しい頬笑みを浮かべていた。しかし私はこの少女の中に得体のしれない何かを感じていた。そしてふいに、ここが骨董市の会場近くであったはずだと思い出した。しかし今私と少女の周りには何もない。何が見えると言われてもうまく説明できない。周りを認知できないとでも言おうか。いや、周りなんてないのだ。ここには、私と、この少女しか存在しないのだ。そんな風に私は直感した。

「いまは、ふたりきりよ。なんでもはなせるわ」

 妖精の姿をしたこの少女は、金色の髪を指でくるくるといじりながら、にこり、と優雅にえくぼをつくる。どこか白々しい。

 私は立ちあがろうと両手を下について、足に力を入れた。あ、立ちあがれる、床がある、と私は思った。重力はしっかり足の方にかかっている。ゆっくり、ゆっくり、確かめるように、怖々立ちあがって、最後に顔を上げて少女の方を見た。驚いたことに、少女は私と同じ背の高さだった。同じ高さに目がある。

「あなた、あのケースの・・・・・・」

 私はかすれた声で少女に問うた。自分の中では「あなたはあの長方形のケースに描かれていた少女ですか」と質問したつもりだ、口の中がかすかすに渇いている。

「そうよ、おどろいた?こういうすがたにもなれるの」

 私は解せない、という顔をした。それはそうだ。絵が人間になるものか。夢の中じゃあるまいし。それとも、ここは夢の中なのか。

「フクシュウはせいこうした?」

 少女は小首を傾げて聞いた。その問いに私の中のパズルピースがひとつはまった。

 そうだ、私は、私の復讐は実際には行われていなかったんだ。なぜなんだろう、あの連日の大雨も、あの裁きを繰り返した日々も、すべて幻だったのか・・・・・・。一瞬脚の力が抜け、私はまたしゃがみこみそうになる。なんだったのだろう、あの恍惚とした時間は。

「ほんとにならなくて、がっかりしてるの?ほんとに、フクシュウしたかった?」

「当然でしょ」

 私は無意識に素早くそう呟いて少女を盗み見た。相手の目をはっきりと正面から見据えるのは苦手だ。そして、それ以上の言葉はなかなか出てこない。この少女にぶつけたい言葉は色々あるのに、喉のところで引っかかってしまっている。

「あなたはまるでふくしゅうのおにだったわ」

 私がしゃべらないのと反比例するかのように、少女はどんどん言葉を垂れ流す。小鳥がさえずるような、高く凛とした声だ。いつも私の背を押して、励ましてくれていた、あのとろとろに甘い声とはどこか違う。

「わたしというそんざい、そう、トランプカードをてにいれて、あなたはまほうにかかったのね。まほうにかかったあなたはつよい。さいこうのぶきをてにいれた。あいてにはしられず、みえないところから、じゆうにあいてをいたぶれる。うしろからこっそりと、ってやつね」

 私の心の奥がカッとした。体の中が波打つ。

「あなたのおもいはそうとうつよかったのね。おもいというより、くさりかしら。がんじょうなくさり。あいてをゆるすまいというくさり」

 体の中が、沸騰する。爆発しそうだ。私は動悸を抑えようと右手で胸を強く抑え込んだ。心臓が暴れ回っている。手のひらに、激しい怒りが伝わっている。

「あいつらが、悪いのよ」

 私はとうとう声を絞り出した。「あいつらはああされて、当然なの。悪魔なんだもの」


「そうね、そのとおりだわ」

 少女はきっぱりと言った。ちらとみたその顔は、真顔だった。


 私は少し戸惑いを覚えた。

 この少女は私の味方なのだろうか?それともそうじゃないのだろうか。

 少女は、私がトランプカードで復讐をしようとして、しかし実行にためらっていると、いつも力強い声を掛けてくれて、味方になってくれた。けれども復讐は実際に行われていなかった。少女は私に、にたあ、と醜く笑いかけた。まるで滑稽なものでも見るかのように。まほうは、とけたのよ。

 私が頭を垂れて、カチリとはまるパズルピースを必死に探していると、唐突に、歌が聞こえてきた。

 私は自然と頭をあげる。透き通る空の色のドレスをなびかせ、左右に流れるように踊りながら、上品な声で少女が歌っていた。


 

「なにをされてもされるがまま なにをいわれてもいわれるがまま」


「いつもうけみでたたかわないの」


「きずつけないで きずつけないで じぶんがきずつけていることにはきづかない」


「あいてのきもちはいつもきめつけおもいこみ」


「かくれたあいじょうにきづかない」


「それもそのはず わたしはこころをとざしてる」


 少女は遠くを見るようにして、絹のように柔らかく、しかしはっきりと響く声で歌い続ける。


「ちからがほしい やつらがにくい」


「すべてはそうやつらのせい」


「わたしのじかんはとまったまま」


「わたしにちからを わたしにちからを」


「やめてよ」私は耳を塞いでうめいた。聞きたくない。たまらずしゃがみ込む。

 しかし耳を塞いでも、少女の声は私の頭にはっきりと響いていた。そう、耳から聞こえるんじゃない、頭に響いているのだ。少女の声はどんどん大きくなっていく。


「わたしにちからを」

「やめて」

「よわくてもろいわたしにちからを」

「やめてよ」

「このみじめなわたしに」


 ぷつっと何かが頭の中で切れた。

 私は少女に飛びかかっていた。「やめろやめろやめろやめろ」少女に掴みかかりながら何度も声を絞り出す。自分の声とは思えない声が、私の体の奥深くから這い上がって来る。

 はたと気付くと、すぐ目の前で少女と対峙していた。少女の、うすい茶色に透き通った瞳が私を貫く。少女の両肩を掴んでいた私は、思わずその力を緩める。少女はもう何も言葉を発していなかった。私を無表情に見つめているだけだ。

「私が悪いっていうの!?ねえ、こうなったのは、自業自得だって、そう言いたいのっ」

 私は少女に怒鳴った。怒鳴ったのなんて、いつぶりだろう。とにかく全てを吐きだしたい。今まで体の中でぐちゃぐちゃに膿んでいた、とにかく全てを吐きだしたい。口が勝手に動くままにまくしたてた。めちゃくちゃにまくしたてた。声が枯れて、喉が痛くなって、頭までがんがんうなってきて、私はようやく怒鳴るのをやめた。どっと疲れて、肩で息をする。怒鳴るのって疲れるんだな。だけど、なんだかすっきりした。

 

 めちゃくちゃに怒鳴られたというのに、少女は涼しい顔で微笑んでいた。聖母のような作り物の微笑みでも、醜く冷たい微笑みでもない。

 私は華奢な少女の肩から手を離した。そして少女の目をまっすぐ見て言った。

「あの3年間は、本当に地獄だった。擦り切れるような毎日だった。ク、ラスのあいつらが憎い。絶対に許せない。おか、あ、さんも、おとう、さんも、あの妹、も、私、苦しんでいるのに」

 少女の瞳は私の言葉をひとつも漏らさず聞いていた。受け止めていた。

「あの、3年間、だ、けじゃない。わたしは、いつも、ばか、に、される。仲間、はずれにされるの、うまく、いかな」

 言葉がうまく続かない。目の前の少女が滲んで波のように揺れる。口の中が、しょっぱい。

「こんな私、いじめられて当然なのかな」

 滲んだ少女が口を開く。

「そんなわけない。いじめはぜったいにこうていされない。ひれつなぼうりょくよ。よわいもののおこないよ」

「弱い・・・・・・」

「あなただけがよわいわけじゃないわ」

 少女の左手の甲が、私の右手の甲につと、触れた。しん、と冷たい手だった。


「つらかったね」


 そう言って、少女は霧のように消えた。


 少女のいたところには、かわりにあの長方形のケースが浮いていた。ただし蓋の部分に少女の絵はない。まったくの無地だ。シンプルなケースに変わったそれが、勝手にふわふわ浮いている。そして勝手にカパッと蓋がはずれて、中のトランプカードが1枚、また1枚と出てきた。全部で18枚だった。復讐に使っていない残りのカードだ。

 その残りのカード18枚が私の前に浮かびながら、一斉に映し出した。うつしだしたのだ、色々な私を。

 パソコンにひたすら向かう私。隣の席の子に給食のおかずを取られても何も言えない小学生の私。いじめられているのに卑屈に笑うみじめったらしい中学生の私。妹と手をつないで買い物に行く私。色鬼に「いれて」と言えずに先生が気付いてくれるのを待っている幼稚園の私。作文が褒められてもはずかしくて下を向きっぱなしの私。両親の笑顔に安心している赤ん坊の私。そう、あの赤ん坊は私だ。口元に私と同じほくろがある。屈託なく笑っている。

 18枚が、18通りの、18年間の私を映す。

 なんのつもりなの、こんなことして。一体なんのつもり。

 私は両手を伸ばし、トランプを片っぱしからひっつかむと、あらんかぎりの力を込めて、引きちぎった。ぐっちゃぐっちゃに引きちぎった。18枚すべてを。


 

 

今回で終わると思ったら終わらなかったです。

あとエピローグみたいなの入れて、それで終わります。ほんとに終わり(笑

施行錯誤しました。

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