正義
内容が内容なため、書いている最中に鬱になってきて、中断していました。消しちゃおうと思ったんですが、負荷がかかるとかで、消すのも簡単じゃない。
なのでとりあえず再開します。
当初ちゃんとオチまで考えていたはずなのですが、すでに忘却の彼方・・・矛盾が生じるかもしれません。けど放りっぱなしもなんなので、最後まで書きます。
お付き合いいただけたら、幸いです。
雨は、止まない。止むことを忘れたのだろうか。
それとも、今まで敗北者だった私を洗い流してくれているのだろうか。
私は机に並べられた30枚のカードを眺め、ひとつ息をつき、ゆっくりと大学ノートを開いた。
刻み込むように細かく書かれたたくさんの文字がそこにはあった。自分でも判別不能な箇所がところどころにある。黒の鉛筆で書かれているのに、血が滲んだような感じに見える。
見ているとだんだん胸がむかむかして、私は嘔吐してしまった。手で受けたために、手が汚れた。
それでも私は地獄の扉を自ら開けた。開いたノートを握りしめ、血の文字を読む。そして、地獄の釜の中のようだったあのころを思い出す。私が怒らなけらば、目の前のカードは対象を映し出さないのだ。
〇月☓日 放課後教室で、画鋲を飲めと脅される
適当に開いたところの1文を読む。「罵声を浴びせられ、殴られ蹴られ、ぼろぼろになる。髪をつかまれ口に画鋲を押し込まれる。口の中が切れた。それをクラスのみんなで見て笑っている。こいつらは悪魔だ。いかれている。いかれた悪魔、みんな悪魔、あくま」
次第に筆圧が強くなっていき、歪んだ文字になっていた。
このとき、のーめ、のーめ、画鋲のーめ、と大声で馬鹿騒ぎしていた男子がいた。今でもその馬鹿面を思い出せる。そしてもう1人、私が結局画鋲を吐き出すと「なにやってんだよ」と後ろから頭を蹴飛ばしたひょろひょろしたもやしみたいな男子がいた。
馬鹿と、もやしのくせに。
並べられたカードのうちスペードと、クラブの2枚に変化が起きた。覗くと、案の定カードは向こうに通じる「穴」となっており、馬鹿ともやしの男子2人がそれぞれ穴の中に見えた。
1人は定食屋のようなところでどんぶり物を食べている。もう1人は学校だろうか、建物の中を歩いていた。
私はなんの躊躇いもなく2つの穴のなかにつぎつぎと、画鋲を放りこんだ。
「ぎゃっ」という品のない声が聞こえ、カードの中の男子2人はのたうち回っている。1人は倒れこんだ。そこまで見届けて、カードは2枚とも真っ黒になった。
もう少し見ていたかったのに。
そう思ったが、彼らにとってはとてつもなく大きくなるであろう画鋲は、確実に彼らに降り注がれたようだし、私はとりあえず満足した。ただの真っ黒なカードを長方形のケースにしまう。
(ふたりを、さばいたわね)
巻き毛の少女が話しかけてくる。私は満面の笑顔で頷く。私の部屋には鏡が無いから分からないけれど、きっと自信に満ちた笑みを浮かべていることだろう。
私は、ノートに目を戻した。
〇月☓日 冬のプールに沈められる
これは今思い出しても身震いする。本当に死ぬんじゃないかと思った。「プールに連れてこられ、いきなり突き落とされる。みんなで私が上がってこないように長い棒のようなものでプールサイドから突く。なんとか這い上がろうとしても、また落とされて、力尽きて」
書いている最中に死の恐怖が蘇ったのか、文字全体がガタガタにふるえている。
変化が起きたカードは1枚だけだった。カードの穴の中に現れたのは、私が必死にプールから上がろうとしたとき、笑いながら棒で殴ってプールに叩き落とした小柄な女子。
小学生みたいに小さくて、おとなしく、地味な目立たないやつなのに、私を突くことを心から楽しんでいた。
カードの中の彼女は高校生になっているはずだが、斜め後ろから見下ろす彼女は、正面から見ているわけではないので全ては分からないが、やはり小学生のような雰囲気だった。小柄で、2つ結びの髪形をしている。教室の自分の席で、次の授業の準備をしている様子だ。
私は尖った鉛筆を1本手に取ると、カードの中に差し入れ、机の上に教科書を揃えていた彼女を素早く、適度に加減して突いた。彼女が椅子から転げ落ちる。なにがなにやら分からない様子で起き上ろうとする。私はまた彼女を鉛筆の先で突く。今度は彼女は「いたいっ」と言って前のめりに倒れた。
彼女が起き上ろうとするたびに私は突いて阻止する。それを繰り返した。転び続けている彼女を周りのクラスメイト達が不思議そうに、すこし怯えながら見ている。そうだろう、向こうの空間には私の鉛筆は見えていないはずだから。
「いたい、いたい」
彼女を突く私の手には、だんだん力がこもってくる。「私の気持ちがこれでわかったかしら?」
鉛筆をぎゅう、と握る。
「分かるわけないわよね、あんた、悪魔なんだもの」
カードの中を見ないで鉛筆を振り下ろした。
耳をつんざかんばかりの悲鳴があがったのと、鉛筆がはじかれたのとが同時だった。
カードは真っ黒になり、鉛筆の尖った先には、赤黒いものが少しついていた。手には、振り下ろすと同時になにか膜を破ったような感触が、たしかにあった。
死んだ、かも。
私の頭にふっと赤黒いものとともにそうよぎった。心臓が高鳴る。彼女の悲鳴が頭の中で繰り返される。黒くなったカードを長方形のケースにしまおうと、震える手でケースを手に取る。ぎくりとした。
巻き毛の少女が私を見つめている。もとからこちらを見ている風に描かれていたはずだから当然なのだが、確かに見つめている。
本物の目が、私を見つめている。
そう感じた。巻き毛の少女は私を吸い込みそうなほど見つめながら、
(なにをおびえているの。あなたはこのこにころされそうになったことがあるのよ。しかえしされて、とうぜんじゃない)
(どうどうとなさい)
叱責する声にも、柔らかい毛布にくるまれているような安心感があった。私の手の震えは止まり、早鐘を打っていた心臓はいくらか収まった。
私は深呼吸をひとつして、口の端をあげて笑いをつくった。そのうち本当に笑えてきた。
そうだ、何を怯える必要があるっていうの。
この子は死んだって文句は言えないはず。
私は悪くない。
降りしきる雨の轟音に負けないくらい、私は高らかに笑った。
進み方が遅くてすみません・・・