7-10.迷い羊《ストレイシープ》のお引越し
卒院式典の終了時点をもって、卒院者は在学者ではなくなる。
各種手続きなどのための猶予期間はあるが、例えば学章の返還は式典会場を出る際に行われ、仮学章が貸与される。
寮住まいの者は、可及的速やかに退去しなければならない。
転生三人組は、卒院内定者であり探索科の代表にされることも内々に決まっていた。
寮長より指示があり、歴代代表の仕事として式典の日の締めに寮の食堂での最後の晩餐会を企画・運営。
言われてみれば毎年パーティやっていたが、早い話が追い出し会を、追い出される側代表が企画するという、このむずむず感。文化が違うというヤツである。
準備のかいあって、ビュッフェ形式での立ち食い会は盛況だった。
「このチキン野郎がよぉ……もう食えないのかよぉ」
「チキン野郎のチキン味の秘密、ついに解き明かせなかった」
「チキン野郎が従士様だもんな。うらやましいぜ」
ラッド提供の手羽先盛り皿の近くでは、もはや侮蔑なのか誉め言葉なのかわからなくなった『チキン野郎』の単語が飛び交い、ラッドは渋い顔である。
キノコ錬金との出会いがあり、入寮当初から【通信販売】で入手できた比較的安全な品。
手羽先を、贈答用にちょっとした心付けに、やかましい口封じ(物理)にと便利使いしてしまったからね。
パーティ運営における安全重視の慎重姿勢もあって、ラッドがチキン野郎と呼ばれたのは仕方のない話だろう。
「「たーぷたぷたぷたぷぅ」」
「デブのくせにデブのくせにデブのくせに」
「しまいにゃ怒るぞ」
オルレアとジャルマリスにお腹をたぷたぷされているヨッシーも同期に絡まれている。
筋肉も相応についているし、耐久壁な前衛としては体重も重要なので、健康を崩さない範囲のデブならむしろ富貴の証としてもいいのだが。
前世ほどでなければとセバスも見逃したが、デブはデブである。
「すけこまし先生、卒院おめでとうございます!」
「荒縄……いいっすよね」
「先生の極意、普段から身ぎれい清潔、何か言いたくても一回飲みこめの教えのおかげで、リラとも仲良くなれました」
オルガたちに連れられて三人組の自室にちょくちょく来ていたベル君、よかったね?
自称おっぱいソムリエや縄に目覚めてしまった者、すけこまし道の同志を名乗る者たちにはやし立てられたセバスは無表情。
探索科寮以外にも、意外なところに意外な同志がいるのがエロス・ネットワーク。
有志による社交組織『ボンテージCLUB』名誉会員の肩書は、官吏科や家政科内の親派拡大にも一役買っていたとかいないとか。
学院に入った目的の一つ、ツテツテ・コネクト、成功とみてよろしいでしょう。
いや、エロ仲間のツテがなんの役に立つのかと言われても困るんですが。
☆
卒院すれば引越しと、あらかじめわかっていた。
転生三人組はさして多くもない私物の荷造りを済ませ、見せられないモノはヨッシーの【個人倉庫】に収納済みだ。
式典の翌日には寮の部屋を引き払い、押さえていた下宿部屋に三人で移り住んだ。
ラッドの父親と兄貴が、マルク工房印の荷車引いてやってきて家財道具を回収、新しい住まいまで運んでくれた。
ただし衝立や応接セットなんかは、次の入居者のアドルフとフィアフの希望で残してある。
寮長には後輩特権ということで心付けとともに説得し、納得していただいた。
納得しなかった場合、マルク親方の意向もあって持ち込み家具類は全部回収だったしね。
親方としては、三人組にこそ使ってほしいのだそうな。
同コミュニティ出身のアドルフが引き継ぐのなら、まあ受け入れるという感じ。
「ウッドデッキに未練そうだったなあ、寮長」
そのウッドデッキを一番使い倒したのはオルガたちという事実は忘れよう。
応接スペースともども、接客に非常に役に立ったということで。
三人組の引越しは、掃除して寝藁を新しいものに変えれば終了だ。
学院の寮と違って、詰め替え用の藁にもお代が必要になるのが新生活。
「せめぇなあ」
「探索者なんてこんなもんらしいぞ」
探索科の寮の自室よりも一回りも二回りも、いや三回りは狭い部屋だが、ほとんどの探索者向けの宿はこんなものである。
この部屋に、駆け出し時代には5人も6人も詰め込んで、その日暮らしのプアライフをするのだ。
「ばっかおめぇ……じゃなくて、おバカを口からたれられるのはよろしくございませんことよ従士様?」
敬語がめちゃくちゃでしまいには疑問形なラッドの兄貴さん。
親父殿はそのへんさくっと無視して、ベテランらしいセリフを残して帰っていった。
「ま、長居するトコでもないんだろうし、本拠が決まったらウチで家具をよろしくな」
一時的なつなぎならばともかく、従士様、お貴族様が住むとなれば相応の格というものが求められる。
見栄とバカにするなかれ。
むしろ、必要な見栄も張れないとバカにされるのだ。
☆
改めて、無事卒院しましたのご挨拶だが、セバス家では普通におめでとうで終わり。
「だって、昔からやると決めたらやる子だし?」
「卒院見込みで礼服作らされたと聞いていたしな?」
両親兄弟ともども学院出身者なので、礼服の時点で成績優秀者なことは想像がつく。
一代従士爵は、探索科ではまずないことなので驚くことは驚いた。
「じゃあ、様付けで呼ばないといけないのね、セバスチャン様」
「やめて」
領地のない一代爵なぞ、身分上は準貴族であっても実態はちょっとした特権のある身でしかない。
その「ちょっと」が社会的には大きいのだけれど、家族身内に威張ったところでむなしいだけだ。
タイミングを合わせて実家に来ていたベン兄さんとは、秋季からの聴講生に申し込み済みの話をした。
「季毎にクオルタ銀貨1枚で学院施設を使い倒せるってお安くないですか?」
魔術組にとっては射爆場が、転生三人組にとっては図書館やグラウンドが。
空いているグラウンドの隅が使えれば、装備の具合の試しもできる。
あと、どこか掘った後に小山の成長も。
そして売店。
安心できる品質のものがそろうところ、ほかにあてがない。
「その考えはなかったな。だが俺はもう本部に口座移しちまってるし、売店やグラウンドのためにクオルタ銀貨は出せんなあ」
「そうなんですよね」
探索者組合の窓口、いつまでも学院内支部にしておくわけにもいかないだろう。
とはいえ、急いで本部に移す必要もこれまたないので、当面はそのままに。
続いて行った養護院では、オルガたちがお礼参りを敢行中。
三人が着いたときには、礼服を見せびらかして覇者になっていた。
「どうだ、カッコいいだろぉ!」
「これが、学院の、成績優秀者の晴れ姿だぁ!」
「カネかかってるぜぇ」
普段着で訪れた三人組は手羽先の人としての歓迎のみ。
院長から来年度には2人が探索科に行くと聞かされたが、そのあたりはもうアドルフたちに引き継いでいる。
順番的にはジョゼフたちが対応しているのかもしれない。
後輩に頼られればともかく、転生三人組がクチバシ突っ込むこともない。
以降も、ぼちぼち引き継がれていくだろう。
☆
最後に訪れたマルク工房コミュニティでは、英雄の凱旋を盛大に歓迎された。
コミュニティ出身の後輩、アドルフとプリムローズがラッドの左右をがっちり固め、ヨッシー、セバスも上座に据えてのおもてなし。
「おらが村の英雄ってことだよなあ」
「実際に栄達、従士爵を握って帰ってきたわけですしねえ」
ヨッシーとセバスの視線の先では、プリムローズがラッドの腕に絡まって絶対に逃がさないオーラを放ち、かわるがわる挨拶に来る女子たちに静かな威圧を向けている。
「まあ、プリムとしてもコミュニティとしても、逃がしちゃなんねぇよなあ」
「ヨッシーも、オルレアとジャルマリスとはうまくいってる感じ?」
どちらも養護院の後輩で、アドルフたちとパーティを組んでいる。
「オーリーとジャーミーはこう、懐いてくるって感じで悪い気はしないが。セバスこそどうなんだ」
「ユイもマリエルも、当人よりも親のロックオンしてきてる目が怖い」
ユイの母には仕立ての関係で会っていたし、マリエルの工房にも案内されたことがある。
いずれの親からも、うちの娘どう的な探りを超えた圧を掛けられたセバスである。
「俺たち従士様だぞ。変なのにちょっかい掛けられる前に身を固めちまうのもアリっちゃアリ」
「まだ13歳なんですけどねえ」
人材獲得に、弱みを握るために、ハニートラップは定番中の定番ではある。
社会的な成人年齢は15歳くらいで、10歳の【祝福の儀】以降の成人までの期間は半人前の大人扱い。
ただし、卒院時点でみなし一人前であり、元服と考えればまあそうねとなる。
三人とも、R元服できる可能性の獣でもある。
といって、下手に手を出して10代前半の妊娠なんてさせた日には後悔しか残りそうにない。
「せめて身体できるまでモラトリアムしたかったなあ」
「それなぁ」
それもこれも3年卒のエリートにこだわったジュスティーヌが悪いと責任転嫁するが、本気でモラトリアムする気があったならもっと自重しろってなもんである。
傍目には優秀な成績で卒院し、輝ける未来に向けて順風満帆な転生三人組だが、自覚の中では学院を追い出され先行きに迷う子羊のつもりなのだ。
とんだ迷い羊がいたものである。




