1-07.普段の日常
夏季第二週の終わりの日、無の曜日。
夏の頂点に向けて日増しに暑さが増すイケイケな天候の下、いつもの木陰のありがたさと甘瓜をかみしめる三人の少年がいる。
「ごっつぉさん」
「いつもすまないねえ」
「おっとう、そいつは言わない約束だよ」
甘瓜3個で粒銅1枚。
ひっつめ髪のセバスにとっては週に1回なら無理なくお小遣いから出せる範囲であっても、そもそもお小遣いがない雑な短髪のヨッシー、たまにお駄賃的な臨時収入に期待すること大な角刈りのラッドには手の届かない世界がそこにある。
だからこそ、お金の問題にはシビアにならざるを得ない。
学院探索科にかかる費用問題について、さらには探索者家業の実入りについて。
わからないことは調べるしかない。
転生発覚から都合四度目となる会合、本日は件の調査報告が議題にのぼる予定である。
☆
「ていうか、ラッドとヨッシーって普段何してる?」
「俺は養護院の仕事。作業分担」
雑な短髪のヨッシーの日常は、年下の子の世話から始まる。
掃除・洗濯・炊事当番、神殿関連施設の清掃活動。このへんで大体午前中いっぱい。
家事は、ひたすらに手間をかけるしかない重労働だからね。
お昼寝時間を挟み、午後は勉強がなければ追いかけっこや鬼ごっこをはじめとする各種遊びと、これもある意味で年下の子の世話。
勉強は、開催日時や内容ともに教える側の都合で割と流動的。
「【祝福の儀】がすむと就職活動って流れなんだが、俺は探索者でレベル100を目指すって空気を作ったから、丁稚・下男斡旋はあっても最後の方だろうな」
養護院では養子縁組もやっているが、それはもっと小さい子が対象。
乳離れから物心つくまでの間がピークとなる。
神殿関連施設・事業である養護院は、社会福祉めいた慈善活動の側面はもちろんあるが、社会の各階層への人材供給源としての役割も無視できない。
例えば養護院から神殿就職ルートの場合、生え抜きの人材を組織の都合で教育・育成できるというのがメリット。
「じゃあ、自由に動けるのは午後の隙間時間くらいか」
「ちょうど相手がいて話聞くだけなら、何かしながらでもいけるけどな」
勤労と違って明確な意味での休日はなく、いわゆる安息日・無の曜日でも最低限の家事労働は存在する。
年少時代はともかく、年長になってくればグループに関して相応の責任を負わされるし、【祝福の儀】がすめば『小さな大人』とみなされる。
養護院の子たちは、意外と暇はないのだ。
三人での会合は、お昼寝時間から午後一杯を自主的な自由時間としている。
何か用事や言いつけがあれば『脱走』扱いになるが、ある意味いつものことなので気にされていない。
「いわゆる『神殿学校』で、読み書き計算・社会常識は修めていると考えていいんだよね?」
「う」
「う?」
「あ、いや、まあ大丈夫。多分」
「多分?」
重なる追及にヨッシーは目をそらした。
「おそらく、あるいは。ま、ちょっとは不安だけどさ。強制的に勉強させられる養護院育ちでよかったわ。文盲って結構いるらしいからなあ」
教育はコストがかかる。
例えば以下の文をちゃんと読めるように育てるって、どれだけのコストを突っ込めばいいのか。
①3月1日は日曜日で祝日、晴れの日でした。
②生花を生き甲斐にした生え抜きの生娘、生絹を生業に生計たてた。生い立ちは生半可ではなかった。生憎、生前は生まれてこのかた生涯通して生粋の生だった。
「聖典解釈なんか半分寝てた記憶があるが、平民レベルの社会常識を擬態することはできてると思う。多分」
「それ。前世知識と融合しだしてるから、今世での常識がおかしくなってないか気になります」
記憶と人格とは切っても切れぬもの。
前世記憶インストール以前の状態をエミュレートしているつもりだが、やはりそこかしこに齟齬が出る。
「自分、【祝福の儀】でハズレ引いてショックで寝込んだうえに、人格変わったんじゃないかって心配されてるくさい」
ラッドの告白に三人は遠い目をした。
「あの日はほんと、頭痛と吐き気がひどかった」
「僕は翌日もダウン」
通常の加護インストールであっても、100人いれば数人は具合を悪くするところ、おまけの本命でうん十年分の記憶を押し込まれたのだからさもありなん。
それがゆえに、周囲の人に【祝福の儀】ハズレ・ショックの信憑性を高める結果ともなっているのは痛しかゆしというところだろうか。
☆
「日常は、自分もヨッシーとそう変わりないな」
角刈りのラッドは家と親父の勤め先の工房の簡単な手伝い。
簡単といっても、共用井戸からの水汲みなど、前世でいう倉庫作業者募集で掲げられる『軽作業』の類の形容詞だ。
「そんなもんだで過ごしてきたわけだが、今にして思えば、あるいは丁稚含みだったのかもなあ」
そんな子が探索者になると言い出しました。
頼りの加護はハズレくさいです。
目つきもなんだかやさぐれているような、儀の前と違い家族にも一線を引いているような気がします。
でも、丁稚に押し込むにもあては工房くらいだし、いつまでも家で養えるものでもないし。
「なんか『まあ、がんばれ』的な?」
「俺も、なーんか目線が生温いっていうか……」
ハズレ加護のくせに、伝説の建国王に匹敵する英雄級探索者になろうなんて大望を語る10歳児。
周囲は温かく見守るしかないじゃないですか。
「それと、自分も一応、最低限の読み書きはできる。『教養学校』行ったわけじゃないが、門前の小僧なんとやらだな」
職人稼業でも金勘定は必須だし、読み書きだってしょせん表音文字。
ただし、単語量だの立場に応じた文章作法だのはどうしようもない。
計数については、三人とも前世記憶のおかげで大いに拡張されている。
しかして、三角関数や微分積分なんかの出番がないことを願ってもいる。
覚えていないのではなく、その手の高度な数学は家業の秘伝や門外不出扱いなのが中世クオリティだと、前世記憶が告げているからだ。
悪目立ちするようなマネは避けろって、最低限の保身術だもんね。
☆
下級官吏の家の子、ひっつめ髪のセバスは学院の幼年科に在籍。
幼年科は、近隣の下級貴族や官吏、富裕層の子が【祝福の儀】の前期間、おおむね8~10歳の間に通う。
読み書き、計数・計算、基礎的な教練(体力育成)、それなりの礼儀作法といった、いわゆる一般教養を学ぶ場だ。
満10歳の【祝福の儀】を経て、各専門科へと進むのが標準コース。
なお、上級貴族の御子息・御息女は家庭教師とのマンツーマンが基本なので幼年科にはいない。
「僕は兄さんたちの影響もあって早熟だったぽい。学科部分は問題ないので、今は教練、身体づくりメイン。あと家事手伝いもですね」
休みの無の曜日以外は学業にいそしみ、空き時間に図書館で過去の【生活魔法】を調べたり属性魔術を調べたり。
ついでに学費やなんやらも。
学院や探索者の情報に一番近いこともあり、必然的に調査報告の主体はセバスとなった。
①3月1日(ついたち/いちにち/いっぴ)は日曜日で祝日、晴れの日でした。
②生花を生き甲斐にした生え抜きの生娘、生絹(きぎぬ/すずし)を生業(なりわい/すぎわい)に生計たてた。
生い立ちは生半可ではなかった。
生憎、生前は生まれてこのかた生涯通して生粋の生(せい/しょう)だった。




