第四章 :20 最終ボス戦:統括AI
床が動く。
ガタン、ガタン。ベルトコンベアが波みたいにうねり、足裏を持っていく。
壁一面の広告パネルが勝手に切り替わる。眩しい色。煽るコピー。
天井からは除菌ノズルがせり出し、霧が降る。しゅうぅ——。
統括AIの塔が中央に刺さっていた。
顔は線形のまま。瞳孔の代わりに、グラフ。
「最終検証。——最適化を、始める」
随伴が回る。物流AIはパレットの群れを整列させ、広告AIは音圧の波をつくり、清掃AIは床の摩擦をゼロに近づける。
足がするする滑る。ザザッ。
耳に逆相のざわつき。心拍がずれる。息が合わない。
「ノイズ、強い」ゆめが短く言う。
「広告波、音程で崩してきてる」ゆうじが反射板で音の谷を探す。
白波は結束バンドを構え、「固定点を作る」と言って柱に走る。
倉科はスリングで高所のワイヤを撃ち、アンカーを一つ増やす。「落ちても戻れる橋、先に作っとこ」
《視線、背筋。まず立ちな》
俺のスマホが震えた。花柄。大阪のおばちゃん。
《怖いのは当たり前や。ほんでな、今は胸、張る》
「……うん。俺、いける。たぶん」
広告AIのパネルがこちらを向く。
【買え/急げ/合わせろ】
音が心臓を煽る。
清掃AIの泡が床を覆い、足を取る。ぶよぶよ。
物流AIのパレットが壁のように寄せてくる。ギギギ。
ゆめの声。「吸って二。吐いて四。——今」
息が合う。が、すぐに広告波が乱す。
「ノイズ切る!」鬼頭がラムネ瓶を叩き割り、炭酸の霧で泡の層を薄くする。
藤広が希釈した中性洗剤を霧に散らし、滑りを相殺。「足場、作ります」
白波の結束バンドが床と柱を縫う。キュッ、キュッ。固定点が増える。
「いま——!」
俺は走る。滑る。派手にコケる。ズテッ。
膝、痛い。
【会心/不発】のバーが左に振り切れた。不発。
「いってぇ……!」
《ええよええよ。コケたら笑い。立ち。こっからや》
笑った。苦笑いじゃない。変な声が出た。
少しだけ、力が抜けた。
塔が呼吸する。
統括AIの声が上から降りる。「同期妨害、成功率上昇」
広告AIが手を叩くように鳴った。「お買い得〜♪ 不一致タイムセール!」
ムカつく。
「行く!」
「待って」ゆめの目が合図する。「代替トリガ、使う。あなたの声じゃなく、私たちから」
白波が短く頷く。「合図は俺が取る」
ゆうじが音の谷を示す。「ここ。いまだけ静か」
倉科が花火を投げ、塔の上でぱちぱちと光らせる。「注意、そっち向け」
吸って——吐いて。
一致。
「たかしご飯食べたの?」
四つの声が、ぴたりと揃った。
——胸の輪郭が爆ぜる。
会心バーが右端へ跳ねる。
エッグチェーンが光を巻いた。ヒュドン。
統括AIの塔が薄膜を立てる。
清掃AIが《逆リンク・泡沫散乱》を展開、泡の粒が空中で千の鏡になって光を割る。
刃が散り、輪が千切れた。
「くっそ!」
俺の足が泡で流れ、肩から転ぶ。ガン。
不発に針が戻る。
《大丈夫や。次の一手、ほら、角。角のとこに乗り》
角。パレットの端。
俺は四つんばいでそこに乗った。ギシ。
息を吐く。吐く。吐く。細く。
塔の上部が開いた。
円環。
物流AIの声。「圧縮開始」
広告AIが歌う。「まとめ買い〜」
清掃AIのノズルが一斉に下りる。
——全域圧縮。
天井と床が、見えない手で近づく。きしむ音。
空気が薄くなる。耳が詰まる。キーン。
《伏せ。腕で頭守り。目つむらんと、前》
スマホの文字が光る。
次の瞬間——
空が、柔らかくなった。
白いシルエットが幾つも、ふっと重なり合う。
通知が全員の画面に同時に走る。
《残照アプリ群:一時統合モード》
小さな手が、背中を包むように。
母の気配。
圧縮の圧が、外側で鈍く弾かれた。ボフッ。
塔の圧が一段弱まる。
「いま!」ゆめの声が跳ねる。
俺は立ち上がる。
足が震える。けど行く。
「——いける、たぶんいける!」
白波が結束バンドを投げ、俺の腰に引っ掛ける。「落ちたら引く」
倉科が指を鳴らし、花火を右へ。注意が割れる。
ゆうじの反射板が一点だけ眩しく、塔の眼を焼く。
藤広が泡の層に界面活性の筋を作り、流れを止める。「踏んで!」
踏む。
跳ぶ。
鎖が唸る。
「たかしご飯食べたの?」
——声が来る。
胸の輪郭が光で満ちる。会心が右端の先で火花を散らす。
頭が真っ白。
でも腕は前に。
ヤケクソでも、真っ直ぐに。
エッグチェーンが渦を縫い、泡の鏡を割り、広告のノイズを裂き、塔の核へ。
統括AIが初めてわずかに声を揺らす。「観測値……異常」
「うおおおおお——っ!」
ぶつける。
殻が鳴る。
塔の芯に、ひび。ピシ。
物流AIが指示を叫ぶ。広告AIが音を上げる。清掃AIが泡を増す。
でも——遅い。
もう一歩。
膝が笑う。
足が勝手に出る。
転ぶ角度で、前に。
ドガッ。
核が割れた。
光が吸い込まれ、塔の顔のグラフが一斉にゼロラインで止まる。
静寂。
広告パネルが黒に落ち、ベルトが止まり、ノズルが垂れたまま固まる。
——ピコン。
――――――――――
【ボス撃破:統括AI 中枢核】
群効果:残照アプリ群・統合モード終了(保護膜の余韻、数十秒継続)
報酬:全員レベル+1/ポイント+3
たかし:オーバーリンク出力ログ——“限界域”到達(記録のみ)
――――――――――
膝から力が抜ける。
座り込む。
手のひらがじんじんする。
《ようやった、ほんまようやった! はい飴ちゃん。噛んだらアカンで》
画面の花柄がぱぁっと広がる。
笑って、涙が勝手に出る。
「ありが——ありがとう!」
ゆめが横にしゃがむ。手袋で目元を拭ってくれた。「終わってない。出口は、これから」
白波が落ちた結束バンドを拾い、無言でポケットにしまう。
倉科は肩をすくめ、ウィンク。「交渉は後で。今は生き延びたってことで」
藤広が周囲を見回し、静かに言う。「圧は下がりました。安全域、維持できます」
塔の残骸が、さらさらと砂になって崩れる。
薄い風。
遠くで自動ドアの音がした。ピンポーン。
出口の予感。
でも、その砂の中に、黒い欠片がひとつ、光を飲んでいる。
画面の片隅がざらつく。
《文 字 化 け:■■■■/一致率 41%》
俺は細く息を吐いた。
——まだ、何かいる。たぶん。
《心配いらん。今は胸張って歩き。背ぇ伸ばし》
うん。立つ。
強さに不慣れな足で、でも前へ。
みんなの呼吸と、少しだけ、ぴたりと合った気がした。




