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間章9:ゆうじ

漂白の匂いが抜けない。喉の奥に薄い膜。

空調が回る音。棚の金具が乾いていく音。音は正直だ。人間より。


藤広。視界の端に置くと動きが滑らかになる。正面に置くと硬くなる。

歩幅は小さめ、速度は一定。汗は多い。息は上ずる。だが、呼吸の区切り目で視線の角度が変わる。観察してから怯える。怯えてから観察する人間ではない。順序が逆だ。


行動履歴。

一、清掃用品の選択が速い。漂白剤、洗剤、モップ。棚のどこに何があるかを知っている速度。

二、味方の背後に位置を取る角度が正確。死角を作らないのではなく、死角を請け負わない。

三、「すみません」が多い。内容は謝罪だが、語尾は報告の抑揚。責任を引き取る音ではない。状況を切り上げる音。


発話タイミング。

巨大モップの二撃目直前、彼は口を開いた。「無理……いや、やる」。

この「いや」は本心の反転ではない。相手側の意思決定速度に合わせるためのクリック音だ。相槌を言語化している。意志を見せるためではなく、意志があるように見せるため。


手の位置。

常に腰よりやや上。即座にボトルを投げられる高さ。すぐ落とせる高さでもある。

逃走と介入の両方に最短。どちらにも転べる位置は、中立ではない。選択猶予の確保だ。


視線。

死者の位置を見ない。血や紙吹雪には焦点を合わせない。代わりに、床の反射と棚の支柱、角のカメラ、非常灯。

人ではなく、環境の可動域を読む。人を信用しない者の視線だ。

そして同時に、人に信用される方法を知っている者の視線でもある。目を逸らす角度が優しい。


計算。

生存最適化。変数は四つ。

自分の体力、周囲の火力、環境の危険、指揮系統の強度。

彼は自分の体力を常に過小評価する。弱者の見た目を維持するため。

周囲の火力は過大評価する。強者のプライドをくすぐるため。

環境の危険は正確に評価する。ここだけ嘘を混ぜない。混ぜれば死ぬから。

指揮系統の強度は、その場で書き換える。従うふりをして、別ラインを並走させる。通信の細い糸。彼はいつでも離脱できる。


スコアリング。

行動一致率:65。場の最適と合致する比率。

嘘の負債:中。言葉の数は多いが、内容は薄い。回収可能。

利得期待:高。こちらの計画に絡めば成果は出る。絡めなくても自分で拾う。


つまり、使える。信じない。

この二行で十分だが、現実は行間が増える。誰かが死ねば、彼は静かにこちら側に寄る。誰かが強すぎれば、彼は少し離れる。

距離を測る人間の距離を、こちらが測り返す必要がある。


対策。

情報は分節化する。全体像は渡さない。手順は渡す。

役割を拘束する。漂白剤の散布、視界遮断、進路切替。選択肢を三つに固定。

観測線を増やす。私の反射板は光だけでなく、瞳孔と肩のブレも拾える。呼吸数、握力の微振動、足音。音は正直だ。やはり。


最後に、感情。

嫌いではない。好きでもない。敬意はある。信頼はない。

この差を言葉にすると不毛になる。行動に落とす。

彼の「すみません」に、こちらは「報告ありがとう」で返す。

謝罪を報告に変換する。

彼の逃げ道は残す。だが、逃げても計画が回るように配線する。

逃げないなら、その時だけ握手する。握手は一秒。二秒は不要。温度が移ると、判断が鈍る。


足元の泡は乾いた。滑りは残る。

次のフロアで彼はまた選ぶ。こちらもまた選ぶ。

選択の総数が生存だ。

私はそれを数える役だ。

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