↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
9/13

第9話 交わした契約の話

「ねえカグちゃん、明日誕生日だったよね?」

「……ん、ああ、そうだけど」

「これ、ちょっと早いけどプレゼント!」

 自販機で買ったジュースを抱え、廊下の壁に寄りかかる。

 一年四組の教室を覗いてみると、輪の中心に一人の男子生徒が微笑みながら座っていた。

「あいつよね? 西田の言っていたのって……」

「多分ね」

 夜畑神楽。中学時代、日芽野と因縁のあった問題人物。

 女子生徒から貰ったお菓子の詰め合わせを両手で持ち、ありがとうと頭を撫でている。

 噂に聞いていた通り、筋金入りの人たらしと見えた。

「子分が次々と病院送りになってるのに、呑気なモンね」

「替えがあると思ってんじゃないの? あいつらにも、この彼女にも」

「言われてみれば……そういう顔かも」

 話しながら、ツバメが飲料缶に手を伸ばす。実体がないから、いずれにしても口にできないのに。

「夜畑、放課後ゲーセン行かね?」

「良いね。一戦、交えようじゃないか」

 輪の中には男子もいる、表面上は分け隔てなく、親しそうな雰囲気が伺えた。

 しかし、そこまで又聞きしてふと、視線を床に逸らす。

 彼の顔に、見覚えがある。ぼやけていた頭の中の映像が、ふとその輪郭を取り戻してきた。

「……思い出した。あの男、入学式の後に話しかけてきたんだった」


 クラス分けの後。わざわざ話す相手もおらず、一人帰る支度をしていた時のこと。

「ねえ、三組の赤月叶芽さんだよね?」

 驚いて顔を上げる。思っていた通り、知らない男だった。

「……あ、ん、そうだけど」

「僕は四組の夜畑神楽。同じ学年として、これから一緒に頑張っていこう」

「は、はあ」

 手を差し伸べられた。逃げ出したかったが、断るわけにもいかず、指先をほんの一瞬だけ握る。

 友達を作るためだけに、わざわざ隣のクラスまで。

 困惑と嫌悪感で何も言えずにいると、隙あらばと夜畑なる男が話を続ける。

「僕はね、この学校の生徒みんなと友達になりたいと思っている。そのためには、君の協力が必要だ」

 誰も協力するなんて口にしていないのに、誇らしげに叫ぶ。

「今日から君とも友達だ、赤月さん!」

 夜畑の背後で、桜の木が輝く。一見すると暖かい光景が、その異様さを厭らしく引き立てた。


「うぅわキッモ……」

 ツバメが顔を顰める。珍しく、数歩分後退りをした。

「ゴミ過ぎて記憶から消してたけど、持ち前の胡散臭さは相変わらずって所だね」

「そんな奴でも、取り巻きがいるのって変じゃない?」

「まあ興味は湧いてきたけどね。ぶん殴ってやりたい」

 ポケットからスマホを取り出す。あの時無理やり登録させられたラインは、ブロックしており影も形もない。

 溜息をつき、腕を組む。こんな形で友達を増やしても、雑談を交わすのが関の山だろうに。

「奇遇だね。私もだよ」

 背後から女子の声が聞こえる。視線は合わせずとも、自分と同じような表情が感じ取れた。

「私そもそもああいう奴嫌い。距離感おかしいし妙に爽やかなのに、都合が悪くなるとドライになりそう」

「そうそう。私も捨てられたから、その気持ち分かるよ」

「だよね。一遍炎上騒ぎでも起こして、ボッコボコになりゃいいのに……」

 残りのジュースを啜る、幾分か温くなったそれは、とうとう中身が切れてしまった。

 どうにも邪魔くさい。ゴミ箱にでも投げ捨てようと思い、教室を後にする。

「あの、叶芽……」

「は?」

 しかし、ツバメの囁くような声でふと前方に意識を向ける。

「……うわぁぁぁっ!?」

 一体、どこから聞かれていたのか。不意にかけられた声の主は、日芽野牡丹だった。

「ああ、ごめんね。ビックリさせちゃった?」


「この間はごめんね、ホタルが好き勝手やっちゃって」

 放課後、日芽野と二人でファミレスに立ち寄る。

 学生や家族連れの話し声が耳に入った。時を経るごとに増す騒々しさの中で、テーブルを囲んで一息つく。

「いや、先走ったのはウチのツバメもだから」

「ちょっとー、人聞き悪くない?」

「……あはは。叶芽ちゃんも、悪魔と契約してたんだね」

 ツバメの文句を背中で受けながら話していると、猫の形をしたマシンが注文の品を届けにすり寄ってきた。

 日芽野は紅茶、自分はストロベリーパフェ。殺風景なテーブルに赤色は浮くが、何かと頭を使った日は、贅沢をしてでも糖分が頭に沁みる。

 人と関わらずに商品を受け取ることができるのも、肩の荷が下りたような気分だった。

「契約書は晝いてないけど……もうね、契約しろって毎日うるさくってき」

「そうなんだ。私は会ったその日に書いたけどね」

 構わずスプーンを進めた。頭の痛みが、却って日々の不満をごまかしてくれる。

 そんなに、軽いものなのだろうか。名前を書くのは、命を預けるのと同じくらい重いはずなのに。

「……あんたさ」

「ん、どうしたの?」

「あれは……やらされてるの?」

 すぐに答えは来なかった。代わりに彼女の飲んでいた、紅茶のグラスが勢いよく置かれる。

「最初は、そうだったかな。でも、そこからは自分の意志」

 自分の想像していた言葉から、徐々に話が外れていく。

 甘いのに、渋い味がする。今目の前にいるのは被害者ではなく、事件の中心にいる首謀者。

「気付いたんだ。隅っこに引っ込んでも何も変わらない。私が私でいられるたった一つの道が、復讐だって」

「それで、自分の身が滅ぶとしても?」

「構わないよ。私の身は一度、壊れてるから」

 彼女の瞳を見る。迷いなく輝き、涙一つも晒さない。

 止めようがないように思えた。日芽野は自らの幸せ、ただその一点のためだけに動いている。

 ツバメを睨む。やはり彼女も、何も言わなかった。

「もうすぐ私の願いは叶う。その時は、この私も……」

「おい、ハイボール注文したんやけど!?」

「っ……?」

 嫌な予感がして、眉をひそめる。大事な話を遮るように、後ろのテーブルから何かを叩く音が聞こえてきた。

 五十代くらいの、一人で来店してきた男。大声を張り上げて店員を呼びつけ、晒し物のように怒鳴っている。

「すみません。すぐにご用意いたしますので……」

「もう十分待っとるんや、鈍臭いやっちゃな!」

 アルバイトだろうか、平謝りする姿も初々しく見える。

 周りの客も怪訝な顔で視線を寄せた。顔をよく見ると、男は既に赤くなっている。

「チッ、クレーマーかよ」

 居酒屋にでも行けば良いのに、と思える。店員の顔が写らないように隠しながら、男にカメラを向けた。

「あの人、ちょうどいいね。やっちゃって」

 しかし、その手を向かいに座っていた日芽野が制する。

「……んあっ!?」


 日芽野の言葉に応じるように、男が不意に身を乗り出す。

 長く尖ったフォーク。突き出されたそれが、店員の腹部に深々と刺さっていた。

「う、ああっ……」

 店内が静まり返った。血が一滴、床に零れ落ちる。

 徐々に溢れ出る痛みに堪え切れず、店員は力無くその場に崩れ落ちてしまった。

「いやぁぁっ!!」

「き、救急車だ! 救急車を呼べっ!」

 遅れて客がどよめき始める。荷物もスマホもその場に放り、席を立ち上がって一目散に出口へと向かう。

「何、を……?」

「飯田隆一。中学時代は夜畑神楽の同級生で、あいつと一緒にバスケ部のエースとして県大会に出場した」

「っ、まさか!?」

 先程まで怒声を浴びせていた男は、妙に落ち着きはらってフォークを引き抜く。

 立ち上がってこちらを睨み付けた。あの表情は、ホタルが憑りついている。

「関わるなって言ったのに、バカめが……」

 迂闊だった。制服を着ておらずとも、当時の生徒はいくらでも紛れ込んでいる。

「……だ、誰か」

 血を流している店員、飯田が、助けを求めて手を伸ばした。

 それでも、ホタルと日芽野は応じない。ゴミを見るかのように目を細め、その場に立ち尽くす。

「これで取り巻きは大体消えた。残りは、あと一人だね」

「あんた、またこんなことを……」

「ううん。あいつは、この程度では済まさないよ」

 男の身体からホタルが抜け、どこかへ消える。血の付いたフォークを目にすれば、何も知らないはずの彼が犯人だと誰もが思うだろう。

 客も店員も叫び声を上げながら外へ逃げ、残ったのは自分と日芽野、そしてツバメのみとなる。

「私の身体を借りたホタルが、夜畑神楽を殺す。それが契約の時に決めた、私とあの子の約束だから」

 救急車のサイレンが鳴り響く。彼女の声が、ほんの少しだけ遠くなった。


 続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。