表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/7

第3話 いじめっ子が事故に遭う話

 自身の胸に手を当て、深呼吸をした後に息を整える。

「悪魔……って、言ったっけ?」

「そうよ。えへっ、意外とプリチーでしょ?」

「顔はそうでも、性格で台無しかな」

 リモコンを拾い上げ、気を紛らわすためにテレビをつけた。

 画面いっぱいに広がる、炎をまとった家。用心しても、どこかの間抜けが必ず起こしてしまう火事のニュース。

 視聴者提供で、近隣住民らしき人物が頭を抱えていた。

「昨日未明、白鷺町で住宅二棟が焼ける火事がありました。住民である十代の少年と、四十代の両親がそれぞれ病院に搬送されましたが、命に別状はないとの……」

「……あれ、ここウチの近くじゃないの?」

 今まで気付かなかった。映像を凝視すると、後方の公園に確かに見覚えがある。

 炎の上がる現場を見に行きたかったが、巻き込まれなかっただけ幸せだろうか。

「叶芽、今ホッとしたんじゃないかな?」

「ん……ああ、まあね」

「そういうの、私には全部お見通しなんだから」

 黙って音量を下げる。手玉に取られているようで、どこか釈然としなかった。

「思春期、ってさ。色んな感情が渦巻く年頃なのよね。大抵の場合は成長につれて解決するけど、負の感情がどんどん溜まっていくと、それが一つの自我を持つようになる」

 その独立した自我こそが悪魔なのだと、ツバメは自身の右手を見つめながら告げた。

 つまり子供の忘れ去った本性であり、欲望の集合体。

 日暮に言われたことが頭をよぎる。出まかせだと、あの時は相手にもしなかったのに。

「悪魔は宿主に代わって、嫌なことや辛いことを引き受ける。ストレスのもとになる奴らはぜーんぶ壊して、宿主が過ごしやすいと思えるような世界を作るの」

 悪意を持った人間との関わり、煩雑で苦しい日々の生活。それら全てをこの存在が代行すれば、宿主の役目はただ眠ることだけとなる。

 人によっては、魅力であり幸せだろう。しかし、自分にとってはどうしても気に入らなかった。

「……都合の良い話ね」

「ん、何か問題?」

「悪魔なら悪魔らしく、デメリットを提示しなさいよ」

 聞いたことがあった。悪魔はいずれ代償を求める。

 本性を露わにし、牙を剥いて、命を狙ってくるような存在に、信用なんて置けるはずがない。

「強いていうなら、幸せも半分こになることかな? 私は私の好きなように、叶芽の身体に憑依するから」

 恐怖が次第に和らいできた。入れ替わりに、侮蔑が交じる。

「貴方にも、悪い話じゃないと思うけど」

 ツバメはテーブルに手を差し伸べる。すると、黒いモヤと共に一枚の紙が姿を現した。

 並べられた文字は汚くて視認できない。分かるのは、それが契約書ということのみ。

 余白の開いた下線部を、彼女は指でトントンと叩いた。

「肝心な所は何にも分かってないんだね。あんたのさじ加減で身体を渡すなんて、ロクなことにならない」

 視線を逸らし、冷蔵庫の中身を確認した。エコバックを持ち、財布と共に床に落ちたスマホを手に取る。

「今の私に、悪魔なんて必要ない」

「……そう言わずにさ」

「感情なら感情らしく、私の心に大人しく引っ込んでくれたら、それで良いの」

 差し出された契約書は、目を合わせずに突き返した。

「どうかな? 貴方もきっと、私が必要になる時が来るわよ」


 歩いて五分。ようやく、張り詰めていた緊張が解れる。

「……あいつ、どうやったら消えるの?」

 不足していた野菜と肉、調味料。それに、内緒で購入したアイスクリーム。

 スーパーから引き返すと、再び不安を感じ始めた。

 抱えた荷物が腕に重みを加える。それでも、家に戻る以外に逃げ道は残されていない。

「ん?」

 どうにか言い包めなければ。そう思っていると、向かいの道路に聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 通行人が驚いて飛び退く程の速さの、数台の自転車。

「ホント災難だったなあ、お前」

「マジで、日芽野にダチがいるなんて聞いてねえぞ?」

「誰か分からんのが腹立つよな……」

 考える前に、屈んでガードレールの内側に隠れた。

 見間違いではない。自分の身体を使ったツバメが、バケツとモップで撃退したはずの松浦。

 顔だけを上に出す。取り巻きは二人、男子を連れていた。

「こんな、所に……」

 目の前を車が横切った。距離は、徐々に近付いている。

 自分の姿は視認していなかった。分かっていても、次の登校日に対する足が遠のいていく。

 歩道の真ん中で身を潜める。声が聞こえなくなるまで、このまま粘ってみせる。

「チッ、早くどっか行けよ」

 小声が車のエンジン音に掻き消された、その瞬間。


 異様なブレーキ音と共に、車線をはみ出して走る車。

 通りかかった住民が目を見開く。それは制御を失った、暴走トラックだった。

「なっ……!?」

 立ち上がって一歩飛び退く。一瞬こちらに向きが変わったが、速度を変えずにトラックは蛇行。

 運転台は見えないまま、向かいの車線へと逆走していく。

 ガードレールを突き破り、ハンドルとブレーキ操作を誤ったそれは、民家のブロック塀へと激突した。

「うわぁぁっ!!」

「え……えらいこっちゃ!?」

 対向車が止まり、中からドライバーが現場に駆け寄る。

 数台の自転車が絡まり、倒れ込む。乗っていた松浦たちの姿は、ここからでは視認できない。

 騒ぎ出す野次馬の声を、クラクションが掻き消した。

「死ん、だの?」

 まさか、とエコバッグを取り落とす。震える足で立ち上がり、一歩ずつゆっくりと歩みを進める。

 大丈夫。この場で自分は何もしていないし、関係ない。


 原型を留めない運転席が、自分の頭に消えない跡を刻む。

「貴方もきっと、私が必要になる時が来るわよ」

 交通事故は不運の産物。それ以上も、それ以下もない。

 何度も転びそうになりながら、現場を後にする。どこで誰が見ているのか、次第に分からなくなってきた。

 ツバメの言葉が延々と反響して、決して耳から離れない。

「違う、そんな……はずは」

 今はただ、自分を落ち着かせることしかできなかった。


 続く

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ