#1 前編
「もしもし?
コカツちゃん?
今から、糸ちゃんの家で打ち上げしない?
「ヒトリミサキ」事件の慰労会も兼ねて。
・・・勿論、ご飯、作るよ?
・・・え?キョハルちゃんも来てくれるの?!」
ワサクテイリ
デンジャラス妖怪ガールズ
#1
「ヒトリミサキ」後
前編
「いやー!
コカツちゃん、お疲r」
そう言って猫なで声で、白髪の少女に抱きつこうとする、黒髪の女。
黒髪をハーフアップにし、
キラキラ輝く、手毬や鉄線の花があしらわれた金色の簪を差している。
金色の其の目は瞳孔は猫のように、細長い。
が、猫の目ではない。
蛇の目である。
仕事の際に羽織っていた黒い羽織は、「仕事用」と言う訳ではなく、
「勤務先からの支給品」と言う訳でもなく、普通に私物だったらしい。
今日もこうして羽織っている。
ただし、羽織は羽織っているが、白い、ブレザーのような軍服は纏っていない。
黒と金の、七宝模様の着物を纏っている。
黄色と白色の、矢絣模様の帯をしている。
名前は、神蛇 巳禍である。
「近い。」
其の間に入り、白髪の少女が抱きつかれようとされるのを止める、同じく白髪の少女。
不思議な事に、抱き着かれようとされていた白髪の少女と、
抱き着かれるのを止めた白髪の少女は、恐ろしい程同じ容貌をしていた。
二人とも腰まである白髪に、黄色の目を持つ。
何時もの軍服ではなく、それぞれ
「辛いのヤダ」
「砂糖は良いがフルーツはダメ」
と書かれているTシャツを着ている。
何時もの黒い軍服は、中世の兵士のようであり、スカートタイプである。
軍服の着用時には、外套をしている。
それぞれ白と紺色の外套であり、留めてある部分は、
蔦模様がある、前掛けのような、チャイナドレスのような縦長な布がかかっている。
背丈も、顔も、同じ。
初めて会った者には、とても摩訶不思議に、思われるだろう。
抱き着かれようとされていた、
神蛇に「コカツちゃん」と呼ばれた少女は涸春、
其れを止めた少女は鬼ノ本 虚春。
そう、容姿が同じな上、漢字が違うだけで、二人とも名前は「コハル」なのである。
「・・・ねぇ、「キョハル」ちゃん。
そろそろ私を不審者扱いするの、やめてくれない?」
「不審者が何言っちゃってくれちゃってるのかしら。」
「コハル」は、辛辣なのである。
———————————————
「・・・其れより、此処に勝手に上がり込んじゃって良いのかしら?」
「良いのよ涸春。
「合鍵を渡す」
って言うのは、そう言う事だと、あの子も分かっているはずよ、多分。」
「此の三人の内の誰かの家」
と言う訳ではなかったようだ。
「まぁ、よくやってんのに、咎められたこと、一度もないしね~。」
神蛇も台所から其れに同意している辺り、此の家は
「三人の共通の知人の家」
だったらしい。
「ちゃんと食料は持ち込みでここん家の食料に手はつけないし。
寧ろ家事やってあげるんだし、別に良いでしょ。
「家事代行サービスのような物」
と思ってるのかしら。」
虚春はそう言いながら溜まったゴミを捨てたり、
恐らく何日も掃除されていないであろうマンションの一室を掃除している。
掃除しながら虚春は涸春に声を掛ける。
「良い、涸春。
屑って言う物は、卑怯にも隅に溜まるのよ。
隅とか何かの下とかに隠れてやり過ごそうとするのよ。
此れは社会でも一緒だから、覚えておくと良いわ。」
「成程。流石虚春。
天才ね。」
会話が物騒である。
「そう言えば、
「ゴミは見えない所にやれば良い。」
とかほざいていた阿呆が居たわね。」
「あぁ、何処ぞの阿呆ね。
あれは哀れな奴よ。
見えない所にやった所で、其処には確かに存在するのにね。
良い、涸春。
屑って言うのはね、処理するまで確かに其処には存在して
害を我々に与えて来る訳なんだから。
きっちり、一匹残らず、処理するのよ。
分かった?」
「分かったわ。」
「ゴミ」に対するヘイトがやたらと高い虚春。
「・・・ちょっとコハルちゃん達~?
掃除してる時の会話とは思えない程、物騒な会話が聞こえてきてるんだけど~?」
あまりにも物騒な会話だったためか、料理をしながら台所から顔を出す神蛇。
台所からは、美味しそうな匂いが漂っている。
「大丈夫よ。
ちょっと涸春に、社会で役立つ素晴らしい知識を教えてあげてるだけよ。」
「にしては物騒すぎる知識じゃない…?」
「大丈夫よ。
其れよりアンタは、とっととご飯を作りなさい。」
「え?此れ、「其れより」な事なの?!」
「そうよ。とっととご飯作って頂戴、巳禍。
アタシはお腹空いたわ。」
「ワタシもお腹空いたわ。」
同じテンションで同じ姿かたちの少女たちから、催促される神蛇。
「苦くしないで頂戴よ。」
「辛いのも嫌だからね。」
「分かってるよ!
そんなに信用ない?!
ご飯作ってあげた事、此れが初回じゃないよ!
絶対三桁は超えてるよ!」
「そうね、五桁は裕に越えてるんじゃないかしら。」
神蛇は料理が上手く、コハル達は神蛇に
何度も食事を作らせているらしい。
「アタシはアンタの料理の腕じゃなくて、アンタの舌を疑ってるのよ。」
「涸春の言う通りね。
漢方を
「美味しい」
と言いながら喜んで飲む奴の舌は、ちょっと信用出来ないわね。」
「え?!美味しくないの?!」
此れも一種のカルチャーショック。
予想外の反応に、ヒソヒソと話をするコハル達。
「・・・ねぇ、虚春。
この人、頭大丈夫なのかしら。」
「大丈夫よ、涸春。
此奴は元から、そういう奴だから。」
困惑する涸春を、虚春が説得する。
そして神蛇に向き直る。
「・・・漢方は、死ぬ程不味いわね。」
「飲みたくないわ。」
「漢方ばっか出してくる何処ぞの闇医者は嫌い。」
「ワタシも嫌いよ。」
「そうなの?!」
「・・・ねぇ、そんな事より、早く作りなさいよ。
涸春がお腹を空かせて待ってるじゃない。」
「はいはい、今出来るからね~。」
「そうよ、早く作って欲しいわ。
虚春もお腹空かせてるのよ。」
―――――――――――――――
掃除が終わったコハル達。
神蛇は左に虚春、右に涸春の、まさに
「両手に花」
状態で料理をしている。
「右のコハル」は、神蛇の調理を、不思議そうな顔で、と言う訳ではなく、
相変わらずの無表情で、覗き込みながら、こう尋ねる。
「・・・巳禍。其れ、何?」
「大学芋だよ。」
「・・・美味しいの?」
「え?!コカツちゃん、食べた事無かったっけ?!」
「ないわね。」
「美味しいよ~、大学芋!
キョハルちゃんも大好物!!」
「・・・そうなの?」
「そうね。大学芋は大好物ね。」
「・・・どんな味?」
「甘くてしょっぱい芋。」
「みたらし団子みたいな感じ」
「そうそう。
流石涸春。
物分かりが良いわ。
天才ね。」
褒められた涸春。
表情は変わらないが、犬の尻尾のように触角が「ひゅるひゅる」と動いている。
―――――――――――――――
「コカツちゃん、美味しい?」
返事はしないが、コクリコクリと首を縦に動かし、肯定の意思を示す。
「お代わりもあるからね~。
・・・それでは、私も飲みますか!」
そう言ってビールの缶を開ける神蛇。
「・・・ぷはっー!
やっぱり、解決後に飲むお酒、最っ高!」
キンッキンに冷えたビールを、一気に食道に流し込む神蛇。
虚春がジッと見ている事に、ようやく気付いたようだ。
「ん?どうしたの、キョハルちゃん。
「目と目が合ったら恋に落ちてる」
んだっけ?」
「そんな訳ないでしょ。」
「馬鹿なのかしら。」
ダブルで攻撃を受ける神蛇。
コハル達の前で迂闊な発言をしようものなら、こうなるのだ。
「そうだよね…
キョハルちゃんの場合、
「猫がジッとこっちを見て来る」
の方だよね。」
「酷いわね。
別に、喧嘩売ってる訳じゃないわよ。」
「酷いわ。
虚春の事、
「眼飛ばしてるヤンキー」
みたく言ってくれちゃってるわ。
殴られたいのかしら。
それとも、蹴られたいのかしら。」
猫にとって目を合わせる事は、威嚇や警戒を表すらしい。
「別に、眼飛ばしてる訳じゃないのよ。
ただ、
「「無いな、無いな。」とは思ってたけど、やっぱり無かったか。」
「「流石に有る」とは思ったけど、まさか本当に無かったとは。」
って、思ってるだけよ。」
もはや何かの謎掛け。
「え、何が無かったの?
スーパーにブランデー?
それとも、綺麗な公衆トイレ?」
別に、無い事は無い。
「ううん、アンタに良識。」
「ちょっと!?」
「・・・涸春に聞いたわよ。
まさか、病院の、しかも室内で、煙草吸おうとしたんですって?」
「大丈夫!
電子煙草で有害成分はカットされてるから!」
「・・・虚春。此奴、きっと、なかなかに重症ね。」
「えぇ、そうね。
末期ね。」
「そんな事無いよ!」
「黙りなさい、ヘビースモーカー。」
「そんな事有るからこうしてワタシ達が対処を考えてあげてるんじゃない。
分かるかしら、狂煙家。」
「今度、良い医者紹介してあげるわ。」
「最近は「禁煙治療」って物があるらしいわよ。」
「大丈夫だよ!
仕事中は吸わないし!
まだ、「吸わない」って、自分の意思で出来るから!」
「馬鹿なのかしら。」
「うん、きっと馬鹿。」
「出来なくなったら終わりなのよ。
分かるかしら、狂煙家。」
「三日禁煙してから出直し的なさい、ヘビースモーカー。」
「ちょ?!コハルちゃん達、辛辣!」
皆々様、初めまして、またはこんにちは。
⻆谷春那です。
・・・コハルさん達が、しゃ、喋っている…!
素晴らしいですね。
いやー、相も変わらず、素晴らしい毒舌をお持ちですね。
特に虚春さんは、ニコニコ出来るから恐ろしいですね…
・・・え?
どっちがどっちのセリフか、分からなくなった?
・・・今回、虚春さんのテンションは落ち着いているので…
一人称が「アタシ」が涸春さんで、「ワタシ」が虚春さん。
「巳禍」等、名前を呼んだら確実に涸春さん。
「狂煙家」は虚春さん、「ヘビースモーカー」は涸春さん。
「辛いのヤダ」は虚春さん、「砂糖は良いがフルーツはダメ」は涸春さん…
・・・あまり、気にしない方が良いかもしれませんね。
あまり、変わらないでしょうし。
次週もお楽しみに!