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4、脅迫状



会場から戻ったリュシアーナを出迎えたのは、アッシュリアだった。


「最悪だよ!」


リュシアーナを見つけるなり、アッシュリアが喚きながら突っ込んでくる。メルデンという客がいるのに、彼女はお構いなしだ。


「私が作った後宮が! 本当に最悪だ!」


リュシアーナは、アッシュリアの口を掴むようにして閉じさせた。


「何があったの?」


そして、彼女の後ろにいる部下たちに問う。


「贈答品を保管していた部屋が一つ、荒らされました。獣かなにかに荒らされたようでして、今、騎士たちが調査しています。動物は目録になかったのですが……」


住む者がいなくなった後宮を今回、賓客の宿として提供している。贈答品も後宮の一室に保管していたが、問題が発生したようだ。


「どこの国からの贈答品なの?」


「…………真珠の国でございます。動物はまだ捕まえられておりません」


部下が答えて目を伏せた。


「どういうことだ? 動物なんて知らないぞ」


メルデンがすぐに反応した。彼に心当たりはないようだ。それに真珠の国の贈答品の保管場所なら、先ほどまで、予選会場に向かうまでいた部屋のすぐ近くだ。


――攻撃を仕掛けられた可能性が高い。


狙いが、メルデンだったのか、リュシアーナかは分からないが……。


「リュシアーナ様、我が国はファリーナ帝国と友好関係を続けていくつもりだ」


メルデンが苦い顔つきで言った。軋轢を生みたくないのはリュシアーナも理解している。これは、第三国による工作の可能性が高い。


「ええ。しかし、蟠りを作ろうとする輩がいるようです」


油断していたと、リュシアーナは自省する。今まで表立ってファリーナ帝国に対する敵対行為はなかったのだ。


「部屋を変えましょう。警備も増やします」


「わかった。俺は荒らされた部屋を見てくる」


メルデンと親しくしている限り、工作如きでは誤解は生まれないだろう。だが、これが続けば、客観的な関係が悪くなる。


互いに対処すべきことをしようと、リュシアーナとメルデンは、別れた。


「クラリーサ」


リュシアーナは、部屋を台無しにされて不貞腐れるアッシュリアを連れて、クラリーサの執務室を訪れていた。


「陛下、真珠の国とは?」


クラリーサのもとにも贈答品に紛れ込んだ獣の件は伝わっているようだ。


「お互い敵意がないことは確認してるわ」


そう答えると、クラリーサは難しい顔になった。


「…………怪しい動きをしている工作員や諜報員の情報は、入ってきておりません」


どの国からの攻撃かは、分からないようだ。ただ国に属さずとも、単にリュシアーナの治世に不満を持つ団体や個人の仕業という可能性もある。


それにもう一つ。剣術大会の参加者に女海賊がいることも気になる。


――なにかが水面下で動き出している。


そのことだけはリュシアーナは確信を持っていた。


「予選の突破者のことは?」


「そちらはつい先ほど……情報が届きましたわ」


クラリーサは、近くにあった書類を探し出して、リュシアーナに手渡した。


「予選突破者の名は、アリサ。真珠の国の小さな港街で生まれた平民です。彼女が海賊であり、船上のローレライとして国内で危険視されていたことは把握していますが、詳しい経歴は追加で調べています」


クラリーサの言う通り、船上のローレライと呼ばれていた女海賊は、偽名かもしれないが、アリサという名前らしい。そして、相当な実力者であることは間違いない。


「陛下!」


その時、勢いよくクラリーサの執務室に駆け込んでくる騎士がいた。元白狼騎士団のリシャル・バウスだ。


「どうしました?」


「荒らされた部屋から、気になるものを見つけました」


リシャルは、小脇に抱えていた額縁を見せた。その額縁は、人の頭くらいの大きさで、かなり古い意匠だ。そこに絵はなく、代わりに引っ掻いたような傷跡で文字が残されていた。


『剣術大会を中止しろ』


脅迫だ。リュシアーナの目がすっと冷たくなる。クラリーサがはっと、嘲笑するように吐き捨てた。


「はっ、挑戦状? このわたしに?」


気に入らないとばかりに顔を歪めるクラリーサにリュシアーナは言い添える。


「わたくしたちに、が正解よ。クラリーサ」


気に入らないのは同感だ。


ただの不穏分子のせいで、他国から来賓が来るような剣術大会を中止したとなれば、国の面子が成り立たない。なんでも及び腰になる臆病な国になってしまう。


「真珠の国の贈答品に紛れ込ませたのは、わざとでしょうね」


リュシアーナはそう分析する。いつでも客人を狙えると、脅したかったようだ。


「……あの、こちらなのですが、僅かに魔力の残滓が残っていたということです」


僅かに上擦った声でリシャルが、付け加えた。


「絵画にまつわる魔法を使う魔法使いといったところかしら?」


リュシアーナは、見せられた額縁の枠をなぞる。羽のような波打つ髪のような独特な意匠だ。


この意匠が、流行ったのはいつだったか。絵に関しては妹の方が詳しいのだが、例によってまた行方不明だ。


「……ファリーナ帝国の建国初期、ここより南東部、今の雨の国と真珠の国にまたがって存在していた、荒野の国で流行った独特の羽飾りの意匠ね」


リュシアーナは、覚えている限りの歴史書の中から、似た意匠を思い出す。リシャルがぎょっとした顔になった。


「リュシアーナ、あなたこういうものの歴史まで覚えているの?」


クラリーサがなんとも言えない目で見てくる。


「軽くよ。詳しくはないわ」


「十分すぎるでしょうよ。シェリルと連携して、この額縁の絵や流通を調べてくるわ」


「あ!」


クラリーサが調査に出て行こうとしたのだが、ずっと不貞腐れていたアッシュリアが、声をあげた。


「似たようなものを見たことがある。荒野の国の建築様式が好きな顧客がいたんだ」


「「どこの誰?」」


リュシアーナとクラリーサの問いが重なった。


「覚えてないな。私の顧客記録を持っていくから勝手に調べておくれ」


アッシュリアは、あっけらかんと人任せにする。彼女は優れた建築家だが、建築以外のことにはあまり興味がない。


「その時にけっこうその建築様式について詳しくなったんだけどねぇ。この額縁に入っている絵は、だいたい真っ黒だったんだ。真っ黒の中に目のようなものだけ描かれていて、そんな絵画に合う館にしろって言われて困ったよ」


顧客は覚えていなくとも、その依頼には詳しいようだ。アッシュリアの感覚がよく分からない。


クラリーサは、そんなアッシュリアを引っ張って、調べに向かう。


「バウス卿、わたくしたちは、警備の見直しをしましょう」


リュシアーナは、呆気にとられているリシャルにそう言ったのだった。



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