1、剣術大会
――蛇がいなくなった。龍も逃げた。
――今こそ、動き出す時だ。
――天使様を見つけるために……。
リュシアーナがファリーナ帝国の皇帝になってから、一年が経つ。
この一年は、各領地に全力を注いでいたため、ようやく回復の目処が立った。
報告書を読みながら、リュシアーナはじっと考え込む。処理すべき決裁を早々に済ませたために少し時間があったのだ。文官たちはまだ他の決裁書の準備で忙しく、リュシアーナの出番はない。
新たな領主や職位も浸透し始めて、改革も順調に進んでいる。ファリーナ帝国全体として見れば、経済的に右肩上がりと言ってもいいだろう。
だが、一つ問題がある。
今はまだリュシアーナの後見人として、魔導帝国の国主がついているから、表立った行動はないが、他国からの侵攻が心配だ。物資や体制的には問題ないよう備えてはいるが、騎士や兵士たちの士気が著しく下がっているのだ。
無論、それはファリーナ帝国を騎士の国たらしめていた秘技を失ったのが原因だ。
魔力を断ち切る破魔の秘技である破閃は、秘技の所有者である剣の一族の滅びと共にその使用権を失ったのだ。
(ルカ……)
脳裏に浮かぶのは、へらりと笑う青年の姿だ。今でもルカのことを考えると、どうしようもない虚しさを感じる。
リュシアーナは、無理やりその感情を追い出して、思考を続けた。
秘技の消失により、ファリーナ帝国の戦力が大幅に減じたのはもちろんのこと、騎士の存在意義にも関わってきている。
もともと先帝の下で不正が横行し、横暴な態度が目についていた。そこにリュシアーナが進めた新たな職位や制度により、騎士としての在り方が疑問視されるようになったのだ。
(……どうしようかしら)
秘技はなくなれど、騎士たちの剣技が優れているのは、疑いようはなく、軍事の指揮を任せるには、騎士しかいない。
リュシアーナは、騎士の地位を剥奪するつもりはなかった。ファリーナ帝国は、勇猛かつ高潔な騎士の国でありたいのだ。
(とはいえ……不正が横行していたのも事実よ。どうにか今までの印象を払拭できないかしら)
リュシアーナは、執務室で考え込んでいた。
「あら、考え事かしら?」
そんなところにやってきたのは、魔導帝国の客人、歌劇魔導師だ。彼女は、後見人に代わり、有事の際にファリーナ帝国を守るためにここに滞在しているのだ。
艶やかな美女は、領布をひらめかせて、悠々とリュシアーナの前に立つ。
魔法使いの国である魔導帝国では、本名や出自を明かさず、称号で呼び合うようだが、彼女は、亡きベスタ王国の王太子だった人物でもある。
「騎士の評判を回復できるような策がないかと考えていますの」
リュシアーナは素直に彼女に話した。特に隠すようなことではない。
「そういえば、ファリーナ帝国では、騎士は憧れの地位だったかしら?」
「そうですわ。相応しくない者はすべて処分したので、今いる真っ当な騎士たちに汚名を着させたままなのが、忍びなくて……」
先帝の下で不正を働いた者たちだが、罪が多い者はまだ牢獄に、軽微な者は、すでに相応の罰を与えて、放逐している。
「それなら、演目を行ってはどうかしら?」
「演目……ですか?」
「うちの国では、魔導師が憧れの地位なのよ。よく魔導師は、民たちのために演目を行っているわ。魔物と間近で戦ってみせたり、魔導師同士で対練したり。けっこう盛り上がるのよ」
リュシアーナは、催し物かと納得した。魔法使いの演目となれば、それは見応えがあるだろう。多種多様な魔法をその目で見れるとなれば、リュシアーナも興味を惹かれる。
「なるほど。騎士たちによる演目を行うと。公式行事や祝祭も自粛していましたから、良い機会かもしれませんね」
「でしょう?」
歌劇魔導師は、にこにこと笑っている。
「歌劇魔導師は、どのような演目を?」
「私は人形を使って、舞踏を披露したり、捕獲した魔物と戦ってみせたりよ。でも、最近はもうネタ切れなの。意外と準備するのが面倒なのよねぇ」
十分面白い演目だとリュシアーナは思った。そもそも何体もの人形を操るところからして、常人には考えられない能力だ。
「魔導帝国は賑やかなのですね」
「そうねぇ。ここ数年は特に羽振りがいいかもしれないわ」
財政はかなり安定しているらしい。少し内情を探るような質問になってしまい、リュシアーナは話題を変えることにした。
「羨ましい限りですわ。それで……わたくしの悩みにつき合わせてしまいましたが、歌劇魔導師はどうしてこちらに?」
「少し森の国に行ってくるわ。鉱石の国の動きがおかしいから、牽制して欲しいと依頼があったの」
魔導師たちは、傭兵業を営んでいる。絶大な力を持つ魔法使いは、他国からもかなり重宝されているようだ。
歌劇魔導師は、どこからともなく青いドレスの人形を取り出して、リュシアーナに手渡した。彼女の魔法は、この人形を目印に移動することもできる。
「お気をつけて」
リュシアーナがそう言うと、歌劇魔導師は微笑んでから消えた。魔法とは、本当に便利だとリュシアーナは思う。そして、手渡された人形を執務室の棚の上に飾った。
(騎士の演目……剣術大会を開催しましょう)
リュシアーナは、歌劇魔導師の案を採用して、剣術大会と称した祝祭を開くことにした。
(規模はどうしようかしら。来賓も考えないと……)
リュシアーナは、一気に草案を書き上げると、旧友たちに相談に向かう。
その後、忙しくしていた文官たちに剣術大会の開催を告げると、悲痛な呻き声が聞こえてきた。その声をリュシアーナは聞こえなかったことにして、準備を進めたのだった。




