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閑話 義弟として5


ステファンは、久しぶりにリュシアーナと二人でテーブルを囲んでいた。


「こうして二人でお茶をするのは、子供の頃以来かしら」


リュシアーナが穏やかに微笑む。皇宮にある温室には、ほどよく日差しが入り込んでいて、ぽかぽかと暖かい。


養子に引き取られて間も無く、ステファンが勉学に励んでいる時、リュシアーナがよくお茶に誘ってくれたのだ。少しでもボナート公爵家に慣れるための配慮だったのだと、今ならわかる。


「そうですね。ミレーユ姉上は誘っても来ませんでしたし」


たまに養父も参加してくれて和やかに会話していたが、もう一人の姉は、芸術に夢中で同じ席についたことはなかった。幼い頃から不思議な人としての認識は変わらない。


「本当に我が妹ながら理解不能よ。少し前に知ったのだけれど……あの妹には、夫が五人いるそうよ」


「んぐっ、五人……?」


ステファンは、お茶を噴きそうになった。


「ええ。パトロン兼夫らしいわ。芸術の国で魔女とまで言われているらしいし」


呆れた様子でリュシアーナが言う。ステファンは理解が追いつかずにぽかんと口を開けるしかない。


「…………ミレーユ姉上は、たくましいですね」


「たくましいというか、もはや狂人よ」


なんとか捻り出した言葉をリュシアーナはばっさりと切り捨てる。妹に容赦がない。


理解不能なもう一人の姉について話した後、少しの沈黙が訪れる。


「――あなたの父親だけれど」


本題に入ったのだと、ステファンは理解した。


「多額の借金を抱えていることがわかったわ」


先日、ステファンの実父は、厚顔無恥にもリュシアーナに求婚した。保守派の貴族に唆されたのもあるが、父はいまだに剥奪された子爵位を名乗っており、己の立場を自覚していないのは明らかだった。


「すみません、姉上……」


おそらく子爵位を振り翳し、皇配になるという夢物語を信じて、金を借りたのだろう。あの父親ならそうすると、ステファンは予想した。


そして、一平民がリュシアーナを煩わせていることを恥ずかしく思う。


「いいえ、謝るのはわたくしなの」


「やめてくださいっ」


なぜかリュシアーナが謝る。ステファンは反射的に頭を下げようとした姉を止めた。


「借金を知っていたから、わざと泳がせたのよ。その後、借金返済のために子どもの誘拐と人身売買に手を染めたわ」


「…………」


言葉が出なかった。


実父はどこまでも落ちていく。女癖が悪いだけでなく、浪費癖を発揮し、ついには重犯罪にまで手を出した……。


そんな人間の屑が、自分の父親なのだ。どうしようもなく心が重くなる。


「監視をつけていたから、被害者は無事よ。ただ……それ相応の処罰を受けてもらうわ」


「当然です……」


犯罪を犯すと知っていて泳がせたことをリュシアーナは詫びている。ステファンが少しでも傷つかないように、わざわざ二人きりの時にリュシアーナは伝えてくれた。


だが、ステファンはとっくに実父を父と思ったことはない。どうなろうと、傷つかない。だからこそ、その配慮がただただ申し訳なかった


項垂れるステファンの頭にリュシアーナがそっと触れる。


「ステファン、ダン・ボフマン元子爵は、鉱山での強制労働が課されるわ。おそらくそこが終の住処になるでしょう。移送は三日後に行われるわ」


ステファンは、リュシアーナの手をとって、頭を上げる。


「姉上、あの父親に何も期待してません。だから……そのような配慮をしないでください」


あんな最低な男のことで姉を気遣わせたことが、恥ずかしい。


「養子にとられたからといって、全てを捨てなくてもいいのよ」


だが、リュシアーナはあくまでも親子の情を尊重しているようだ。なぜそこまであの最低な父親を庇うのだろうか。


――そこでステファンは、はっと気づいた。


知らない女に現を抜かす実父をステファンは憎んでいるが、リュシアーナにとって男が妻以外の女に言い寄ることは普通だと思っているのではなかろうか。


そして、ステファンが……すべての男が、その浮気性を普通だと認識しているのではないだろうか。そういう欲望を秘めている生き物だと。


だから、ステファンが父に嫌悪を抱く理由を理解しきれずにいるのか。


(姉上にとって、男は……女から女へと移ろう生き物なのですね)


リュシアーナは、ファリーナ帝国の貴族の男たちをずっと見てきていた。当たり前のように側室を娶り、愛人を侍らす貴族たちを。


だから、男は浮気性だと、姉に刷り込まれてしまったようだ。一途な男なんて、騎士団長くらいしかいない。


(そんな環境では……無理もないか)


リュシアーナの元夫だって、リュシアーナを尊重することなく、愛人をおきたがった。さらには、子供を産めないからと、ミレーユを娶ろうとまでしていた。


「姉上」


ステファンは、リュシアーナの手を両手で包む。


「私は誓います。自分の妻を悲しませる人間にはなりません。一夫一妻制を守り、腐れ切った貴族社会を正します」


「それは、良いことだと思うけど……」


突然、宣誓したステファンにリュシアーナは目を瞬かせる。


「姉上には、姉上をちゃんと見てくれて、尊重してくれる人がいます。もし見つからないなら、私が絶対に見つけますから」


「ステファン? わたくしに見つけるの?」


「はい!」


ステファンは困惑気味の姉に大きく頷いた。


自分でも何を言っているのだと思うが、なぜか使命感が湧き出てきた。このまま自分が浮気を肯定する男だと思われてなるものかと。


「では姉上、探してきます」


「え、ええ……」


ステファンは立ち上がると、リュシアーナに一礼して踵を返す。


ステファンの心は妙に晴れ晴れとしていた。


ステファンは、姉に恋心を抱いていたのではない。頼られたかったのでもない。


――ただただ自分を隠さずに自由に暮らして欲しかったのだ。


(姉上に相応しい地位はもうある。あとは、心も自由になって欲しい。浮気する生き物だと最初から諦めるのではなくて……)


諦めた姉の認識を変えてくれるような男を探そうと、ステファンは皇宮を飛び出したのだった。




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