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閑話 義弟として4


貴族会議が始まった。大きな円卓に主要な領地を持つ貴族たちが集まっており、皇帝であるリュシアーナの後ろには何人もの文官たちが詰めていた。


貴族会議では、各領地の状況が報告される。ステファンも養父に任されて、領地の状況をリュシアーナに伝えた。ファリーナ帝国の領地は、安定し始めていて、そろそろ撤廃していた課税を復活させる見通しだ。


そして、終盤になって議題に上がったのは、リュシアーナの夫……皇配についてだった。


「皇帝陛下、そろそろ考えていただけましたか? 陛下に相応しい夫候補を我々が探しだしたのですが」


突如として、ある貴族が言ったのだ。夫という言葉になんとか宥めていた心が再び騒めき出す。


「は!?」


真っ先に反応したのは、元夫であるエヴァリストだ。すでに離婚していて、メラーニア公爵となっている。伯父であるメラーニア子爵の後を継いでおり、皇子という身分から、継ぐ際には子爵位から公爵位に昇格したのだ。


だが、権力欲を捨てきれないエヴァリストは、リュシアーナに執着していて、皇配の座を狙っている。一度は夫だったのだから、また復縁できると簡単に考えている節があるのだ。


「ええ。拝見しましたわ。あのくだらない候補たちを」


リュシアーナは、エヴァリストを一瞥することなく、微笑んで言った。


リュシアーナの言い方は柔らかく、顔には笑みを浮かべているが、台詞には棘がある。しかし、付き合いの浅い貴族たちは、そんなリュシアーナの声音と表情に騙されて、助長し始める。


「いつまでも夫がいないとなれば、皇帝陛下の体裁に関わりましょう」


「この後お時間はありますかな? 候補を一人連れてきています」


「なんと用意周到ですなぁ」


好き勝手に貴族たちが話し出し、笑い声をあげる。彼らは保守派の貴族だ。先帝に逆らうこともせず、致命的な欠点がなかったから、すげ替えられずに済んだだけの日和見主義の集まりだ。


「……これはひどい」


隣の養父が呟いた。どこからか、リュシアーナの夫候補とやらのリストを手に入れたらしい。


「なぜのさばらせているのですか」


「私が出る幕ではないからだよ。君もね」


養父は沈黙を選んで、リストをステファンにも見せる。


(これは…………)


ステファンは、リストに名を連ねる男の名前と素性に怒りを覚えた。すべてリュシアーナより一回りも歳上で、貴族くずればかりだ。


離婚した適齢期でもない女には、貰ってもらえるところを見つけただけでもありがたいだろうと。そう言いたげな人選だったのだ。


その中にステファンの実父の名前を見つけて、瞬間的に頭に血が上る。ステファンは、保守派の貴族たちを睨んだ。


(姉上の足元にも及ばぬくせに……!)


どれだけ見下せば気が済むのだ。ステファンの顔色が変わったことを察したのか、養父に腕を掴まれた。かろうじて殴りつけたい気分を抑える。


「――言いたいことはそれだけですか?」


冷たい声が響いた。その声にぴたりと話し声が止む。


「わたくしには、他国の王族からいくつも縁談の申し入れがあります。それを差し置いて、国内の下級貴族や平民と婚姻する利点がどこにあるのですか?」


リュシアーナはにこりと笑っていた。保守派の貴族たちは、黙り込み、誰も答えない。


ただの嫌がらせ、もしくは、見下すための行為だったなんて口に出せないだろう。下衆の極みだ。


「あら、誰も利点を答えられないのですか? あなた方は妻のいる立派な体裁をお持ちだというのに、意見一つ言えないのですね」


くすくすとリュシアーナが笑う。場は恐ろしく静まり返っていた。上品な所作と笑みは絶やしていないのに、リュシアーナには得もれない圧があった。


「以降、このような無駄な意見書を出してくることのないよう」


すっとリュシアーナが真顔で言った。そして、側近に目で次の議題に進めるよう指示する。


普段、リュシアーナの近くで仕事している側近や文官たちは、リュシアーナの圧にも慣れた様子で議題を進めていく。


気圧された貴族たちは、もぞもぞと居心地悪そうにしていたのだった。


その後の議題は、横槍もなく、すんなりと進み会議は終了した。会議室の扉が開け放たれて、貴族たちは次々と席を立つ。


ステファンは、息を吐いた。まだまだこの国は、女というだけで軽視する風潮が消えない。


唯唯諾諾と圧政に従っていただけの貴族と、圧政を敷く先帝を打ち倒した現皇帝。どちらが優れているかなんて、火を見る明らかだ。


どうして、自分たちにできないことをやってみせたリュシアーナを敬わず、見下すことをやめられないのだ。


少し貴族の数が減ったところで、元第一皇子のエヴァリストがリュシアーナの近くに向かっていくのが見えた。


「リュシー! さっきの縁談の話だが、まさか受けるというのかい?」


「メラーニア公爵。皇帝陛下です。不敬ですよ」


リュシアーナと話していた元第二皇子妃のシェリルが、すぐに咎める。


「い、いや、すまない。だが……」


「あと、わたしは、財務長官です。互いに敬意を持つべきかと思うのですが?」


シェリルは、今、財務を預かる立場だ。彼女自身、バレージ伯爵を継いでいる。


エヴァリストがはっきりと言われて、威勢を失う。ステファンは、仲裁に入るべきかと迷った。リュシアーナの近くには文官ばかりで護衛がいない。


「しかしだな。皇帝陛下は、離婚歴があるだろう。私は、元に戻るのが一番面目が立つというものだと言いたい……のです」


シェリルに睨まれて、エヴァリストが取ってつけたように言う。リュシアーナは先ほどから一度も顔を上げずに書類に書き込んでいた。


「同感だ。シェリル、おまえも意地をはるな。嫁げるところなどないだろう?」


そんな時に口を挟んだのは、元第二皇子のラウルだ。シェリルに向かってそう言っている。


「黙れ、脳筋。とっとと失せろ」


シェリルはにべもなかった。行儀悪く、親指で扉を指す。ラウルはともかくエヴァリストはその態度に慄いていた。


「もうやめてください。恥ずかしいです」


そして、立ち上がったのは、ゼノンだ。兄たちの腕を強引に掴んで、外へと引っ張っていく。ゼノンの元騎士の貴族たちも協力して、元皇子たちを連れ出したのだった。


「ゼノン様は、成長されたな」


呑気に養父が呟く。この状況を楽しんでないだろうか。


「……父上、帰りましょう」


「そうだな」


ステファンが父を促して席を立ったところだった。会議室の扉から、真っ赤な薔薇の花束を抱えた男が入ってきた。


「ま、待ちなさい……!」


男の後ろから、先ほどくだらない夫候補を紹介しようとしていた保守派の貴族が制止の声を上げている。


「ほぅ、まだ見どころはあるな」


養父が座り直した。ステファンが呆れて、父を再度促そうとしたところだ。ちらりと花束の隙間から顔が見えたのだ。


ステファンが最も嫌う男の顔が――。


反射的に手近な椅子を投げつけていた。男の目の前で音を立てて椅子が壊れる。男は椅子の残骸を踏みつけて、すっ転んだ。


「はっははっ、ちょっと緊張してしまったみたいで」


男は椅子を投げつけられたことに気づいていない。下敷きにしてしまった花束を適当に直して、リュシアーナに向けて、差し出す。


「私、ダン・ボフマン子爵が、皇帝陛下の良き夫となることを誓います」


転んだ体勢から片膝をついて、ひしゃげた花束を差し出すその男は、ステファンの実父だ。


「ステファン、駄目よ。椅子が壊れてしまったわ」


「……申し訳ございません」


リュシアーナは、実父など目に入ってないかのように言った。


「バッケル伯爵、貴族でも文官でもない部外者を会議室に連れてくる意味はお分かりですか?」


リュシアーナは、実父を制止できなかった保守派の貴族に尋ねた。流石にまずいと思ったのか、バッケル伯爵は、言い訳する。


「い、いや……しかし、我々が保証する夫候補ですし……」


「だと言うのなら、尚更正式に手続きを踏むべきでしょう。制度を軽視する者には、相応の刑罰を与えます」


リュシアーナが冷たく言って、バッケル伯爵は項垂れる。そして、リュシアーナは一度も実父を見ることもなく、実父は駆けつけた警備に連れ出されて行ったのだった。


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