閑話 義弟として3
ステファンは、貴族会議に参加するため、皇宮に来ていた。
皇宮は、新皇帝による改革で一時期は忙しなかったが、もう今は落ち着いていた。小走りの文官が何人かいるくらいだ。
会議まで時間はある。ステファンは、解放されている庭園に寄ることにした。
整備された庭園は美しいが、ステファンにはあまり目に入っていなかった。
無意識に薔薇が植えられているところまでやってきて、ベンチに座る。赤や黄、白色のバラが綺麗に咲いているのが見えた。
その中に青はない。そもそも青い薔薇は、ルカの幻影でしか見たことはなかった。
(そういえば、姉上は青薔薇会をいたく気に入っていらしたな……)
リュシアーナとミレーユが通っていた子女たちが教養を深める場だ。養子に引き取られたばかりで、基礎教育を受けていたステファンは、カヴァニス公爵家に通う二人を羨ましく思って見ていた。
リュシアーナは、カヴァニス公爵と話すのが好きなようで、知識を活用できるのが嬉しいのだと、話していたことを思い出す。
楽しそうなリュシアーナを見て、いつか同等に話せるようになりたいと、勉強を頑張ったものだ。
(姉上は、私の憧れだ……だが……)
同時に諦めた顔で第一皇子に嫁いだ姉を守らなければと、思っていた節がある。
(……守る、か。姉上は望んでいたのだろうか?)
結局のところ、ステファンは女性であるリュシアーナを弱者として見ていたのではないかと、自嘲する。
対するルカは、リュシアーナの望みを叶えることに力を貸していた。そのおかげで、リュシアーナはその統治能力を存分に振える地位を掴みとったのだ。
(所詮、私の考えも実力も凡人の域を出ず、青薔薇会の参加者にはなり得なかったということなのだろう)
素晴らしい能力を目の前にして、それを尊重するではなく、守ることに執着していた。
「……ボナート小公爵、大丈夫か? 気分でも悪いのか?」
その時、声をかけられて、ステファンは無意識に下がっていた頭を上げた。
「……カヴァニス公爵」
そこにいたのは、元第三皇子、ゼノンだった。数月前に叙爵されて、今はカヴァニス公爵の名を受け継いでいる。ゼノンの後ろから、護衛騎士が出てきて、ステファンの額に手を当てた。
「熱はなさそう?」
見習い時代、同期だった騎士のセリオだ。青剣騎士団は解散されたが、平民の彼はそのままゼノンについていくことを選んだらしい。
「考え事をしていただけだ」
遠慮のないセリオの手を払って、ステファンは立ち上がった。
「カヴァニス公爵、問題ないのでお気になさらぬよう」
「そ、そうか。それなら良かった」
ゼノンは、純粋に心配だから声をかけたらしい。あまり話したこともないので、ぎこちなく彼は頷いて、立ち去ろうとする。
「殿下、ちょっと話しててもいいですか? 同期なんすよ」
そんなところにセリオが軽い調子で言った。主人になんて気やすさだろうか。ルカの態度が伝播したのか、同期たちは本当に遠慮がないのだ。
「? まだ時間はあるから、いいぞ」
ゼノンはそう言うと、声は聞こえないが、セリオから見える位置で待機する。主人に気を遣わせていいのかと、セリオを睨んだ。
「なんか悩んでんだって?」
だが、セリオがそう言ってきて、ステファンは怪訝な顔になった。ステファンが悩んでいることは、ルカ以外に話していない。
「ルカから聞いたんだけどさ」
そして、次の言葉に目を疑った。
(あいつ、隠す気ないのか!?)
「あ、ゼノン殿下には教えてないからな。知ってるのは……同期が数人?」
ルカは何をやっているのだろう。だが、複数人が知りながらも一年隠し通せてはいる。
「血迷って恋愛相談されたって言ってたが、本当か?」
「していない……」
ステファンは顔を覆った。本音を話せるまともな相談相手はいなかったようだ。本当は、同期で伯爵家出身のアルトに相談したかったが、彼は帝都にいないと聞いて諦めたのだ。彼以外にまともな同期は皆無だ。
「そういや、ステファンって婚約者がいなかったか?」
「婚約破棄された」
ステファンには婚約者がいた。養父が決めた政略上の婚約者だ。だが、リュシアーナの改革後に婚約破棄されている。
同時期に何人もの女性が自立を目指して、婚約破棄や離婚が行われたので、ステファンは特に気にしていなかった。
「あー……やっぱり?」
だが、セリオは含みのあるような答えだ。
「やっぱりってなんだ」
「いや、ステファンが婚約者と帝都をデートしてるの見てたけどさ。すっごい義務的だったじゃん」
いつ見られていたのだろうか。確かに休みが与えられた時は、婚約者に会いに行ってはいた。
「最低限の優しさはあげるけど、それ以上は心を通わせる気はありませんって感じ」
「政略結婚なんだから、互いに親愛があれば良いだろう?」
ステファンは、実父のようにだけはなりたくないと思っている。だから、婚約者を邪険に扱ったことはないはずだ。
思わぬことを言われて、ステファンは自分の行いを思い返すが、心当たりはない。
「婚約者ちゃんは頑張ってステファンの気を引こうとしているのに、連れない態度ばっかりだったじゃん」
「……ずいぶんと事細かに知ってるな」
「尾行して遊んでた」
あっさりと言われて、ステファンはセリオを睨む。
「だから、例のクッキー事件が起きるんだよ」
「なんだそれは」
「知らない? ルカがステファンの婚約者を口説き落としてた話?」
「知らないが!?」
ステファンの知らないうちに婚約者に何をされたのだろうか。
「ステファンと別れた後、ルカが婚約者ちゃんを励ましてたんだ。で、婚約者ちゃんはだんだんルカに惹かれていって……手作りクッキーまで渡すような仲になったってやつ」
「全く知らないし、私は手作りのものなどもらったこともないぞ。ふざけるなよ、ルカ!」
遠く離れた地にいるルカにステファンは怒りを覚える。自立したくて、婚約破棄されたのだと思っていた。実際は、ステファンがただ振られただけのようだ。知りたくなかった事実だ。
「まぁ、そのクッキー、割ると髪の毛が出てくる代物だったけど……さすがのルカもドン引きしてた」
ステファンはもらわなくてよかったと、思い直す。
「……婚約破棄して良かったんじゃないか?」
「そうだな」
ステファンは息を吐いた。ルカは何をしているのだろう。リュシアーナの願いを叶えるために奔走していたのではなかったのだろうか。
(あいつ、かなり遊んでないか……?)
「それにさ、ステファンは皇帝陛下が好きなんだよな? 独り身になった今がチャンスじゃん」
「なぜそうなる?」
話が繋がってないと思うのは、ステファンだけなのだろうか。さらっとセリオに言われて、混乱する。
「婚約者ちゃんにはすっごい義務的だけどさ。皇帝陛下のこととなると、真剣だし、笑顔になるじゃん」
「……姉上は尊敬できる人だ。そもそも姉なんだ」
「ステファンは養子なんだろ? お貴族様のことはよくわかんないけどさ。今のファリーナ帝国なら、本気で動けばなんだって叶えられると思うんだけどな」
「馬鹿を言え……」
適当なことを言うセリオにステファンは呆れた。
「ステファンは今でも十分に皇帝陛下のために頑張ってると思うぞ。じゃ、ゼノン殿下が暇そうだし、そろそろ行ってくる」
セリオは、ステファンの肩をぽんぽんと叩いて、薔薇と睨めっこを始めた主人の元に戻っていった。
ルカに引き続き、セリオにまでリュシアーナが好きだと思われているようだ。それも恋愛的な意味で、だ。
(そうなのだろうか……?)
リュシアーナは、幸せになってほしい人で、ステファンが力になって支えたい人でもある。
――そして、そう思う人は、リュシアーナ以外にいない。
リュシアーナが結婚した日、この世で一番綺麗だった。そして、第一皇子と見つめ合うのを参列者として見ていた。
もし、その見つめ合っているのが、ステファンだったら……?
そんな想像をしてしまったことが気恥ずかしくなり、ステファンは、ぶわりと顔が赤くなるのがわかった。




