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9、金翼の騎士


十五で婚約して、十八で結婚した。それから三年、夫が愛人を迎え入れようとしている。



皇帝の妃たちは、原則、後宮内で生活することを求められる。特に今の皇帝には、正室がおらず、妃たちの全員が側室という扱いだ。正室以外の妃に夜会や公式行事への参加権はない。


ただし、皇子を産んだ妃だけは、特権として、皇子宮に訪問することが許されている。その際には、皇帝の騎士団、金翼騎士団の騎士を同行させることが義務付けられていた。


特権は、皇子宮への訪問だけであり、他の場所に行くことも、宿泊も許されていない。


リュシアーナはそのように聞いている。


だが、第一皇子エヴァリストの母親であるエステルは、堂々と息子の皇子宮に宿泊していた。


「側妃の滞在は許されるようになったのかしら?」


夜明け前、リュシアーナは、エヴァリストの執務室で、執事に問う。


「いえ、そのような話は聞いたことがありません。私の勉強不足かもしれませんが……」


執事が困ったように眉尻を下げた。エステルの訪問に一番慌てたのは、彼だろう。側妃が泊まれる部屋があるはずもなく、一番良い客室を準備したのだ。


(金翼騎士団の騎士が咎めないというのも気になるわ)


エステルの監視としてついてきた金翼騎士団の騎士は二名。どちらもエステルの行動に口を出さなかった。


腑に落ちないながらもリュシアーナは、書類を片付けて、隠し通路から帰る。


考え事をしていたからか、いつもよりも遅くなってしまった。温室を抜け出し、使用人のいない通路を選び、自室へと急ぐ。


しかし、人気のない通路を選んだはずが、今日に限って騒がしい。


人の声に混じって、パリンッと何かが割れる音が聞こえてきた。


リュシアーナは一瞬、動きを止める。


(使用人たちが揉めているの? エステルが泊まっている時にあまり騒ぎは起こしてほしくないのだけれど……)


早朝にリュシアーナがこんなところにいるのもおかしいのだが、客人のことを考えると、事態を収集する方が先決だ。


近づくと、数人の男女が揉めていた。


「――何をしてい」


「いいからさっさとしろよ!」


リュシアーナの声は、男に掻き消された。


叫んでいたのは、金翼騎士団の騎士だった。それも二人。赤い顔をしていて、その手には酒瓶が握られている。


(主が不在の、第一皇子の宮で泥酔……)


リュシアーナは驚いた。エステルは、リュシアーナに対して無礼だったが、その監視の騎士たちは、第一皇子にすら不敬らしい。


近くには呻いて倒れている侍従と彼を介抱する下女がいて、その二人と騎士の間に入っているのが、第二騎士のリシャル・バウスだった。


いつも整っている白の制服は、掴み上げられたのか乱れていて、袖は酒で濡れている。


リュシアーナが踏み出すと、パリンっと音がして、ガラスを踏んだ。絨毯と同色でわかりにくいが、酒が小さな水溜りを作っていて、割れた酒瓶の破片が散乱していた。


「もっといい酒持ってこいっつってんだろ!」


金翼の騎士の一人が手にしていた酒瓶を床に叩きつける。


叩きつけられた酒瓶から弾けた酒がリュシアーナのドレスの裾を濡らす。青いドレスに赤黒い染みがついた。


「――夜通し飲酒とは……金翼騎士団の騎士は、泥酔していても職務を果たせるのでしょうか。さすが皇帝陛下の騎士ですね」


リュシアーナが言うと、赤い顔の騎士たちがこちらを向いた。


「妃殿下」


すぐにリシャルがリュシアーナのそばにつく。


「エステル様の護衛はどうしたのですか?」


鼻白む騎士たちに向かってリュシアーナは、にこりと笑って、尋ねた。泥酔していてもリュシアーナが第一皇子妃ということはわかっているようだ。


「はは、第一皇子妃……こんなところで会うとは、いつもお美しいですね」


騎士二人は、この惨状にも関わらず、笑って誤魔化そうとしている。あまりにも無理がある。しかし、その無理を押し通せる相手だと思われているのだ。


「その酒は我がボナート公爵家から取り寄せた物ですが、お口に合わなかったみたいですね」


今のリュシアーナには、実家の名を出すことしかできない。


貴族社会の中心にいるボナート公爵家からは、不興をかいたくないのか、騎士たちがまずいと笑みを引き攣らせる。


(これで引き下がってくれるといいのだけど……)


だが、騎士の片方の笑みが変わった。にやりと醜い笑みをリュシアーナに向けたのだ。


「ボナート公爵家の酒も大したことないですね。そりゃ、こんな欠陥品がいるわけだ」


投げつけられた暴言にリュシアーナは、ひどく冷めた。子どもができないだけで、欠陥品呼ばわりか。


「貴様っ」


主人の妻を侮辱されて、リシャルが剣に手をかける。


「やるのか。この金翼騎士団を相手に?」


ふらつきながら嫌な笑みを浮かべる騎士が剣を抜いた。皇子宮で私闘だなんて、外聞が悪すぎる。


「バウス卿」


リュシアーナは、リシャルを抑えようとした。だが、さらに騎士は嘲笑して、煽る。


「第一皇子の騎士は、破閃が使えないだけでなく、腰抜けなのか?」


破閃とは、ファリーナ帝国が誇る秘技だ。魔物を払う破魔の剣を使用し、剣の達人だけが会得できるとされている。


破閃は、魔物に対して絶大な効果があるのだ。

普通の剣では、歯が立たないような魔物も破閃を使えば、一刀両断できるほど、威力が段違いに上がる技だ。


なにより、金翼騎士団の騎士は全員、破閃が使える。それこそが、金翼騎士団が最強の証でもあった。


対して、第一皇子の白狼騎士団では、第一騎士しか破閃が使えない。


リシャルがぐっと歯噛みするのがわかった。剣の柄を握る手が怒りで震えている。


一触即発の状況だ。


周囲には、使用人が集まりだしていて、注目を浴びている。

だが、どれだけ理不尽でも、皇帝直下の金翼騎士団と揉めるわけにはいかない。


「――なんか酒臭くない?」


そんな時、能天気な声がした。


リュシアーナが目を向けると、そこにはルカがいたのだ。


濃紺の制服に身を包んだルカの後ろには、リュシアーナの侍女がいるのが見えた。


「あ、白狼騎士団の人、第三騎士のルベリオ・シャンナ卿を迎えにきたんですけど、どこにいますかー?」


ルカは、リシャルに手を振って、用件を告げる。一触即発の空気なんてまったく気にしていない。


白狼騎士団の第三騎士であるルベリオ・シャンナは、青剣騎士団に貸し出されていると聞いたばかりだ。


(何しにきたの……。あなたが出てきたところでどうにもできないわ)


場をおさめるにしても、青剣騎士団のルカでは、力不足だ。リュシアーナは、ルカの意図が読めずに困惑した。


金翼騎士団の騎士は、乱入してきたルカに怪訝な顔を向ける。


「誰だおまえは?」


「ん? 青剣騎士団の第一騎士、ルカっす。朝から酒って、景気いいっすね」


ルカは軽く答えると、リシャルに視線を戻す。


「で、シャンナ卿はどこに?」


「……まだ宿舎かと」


リシャルは非常に戸惑いながら答えた。


「えー、早起きしてよー。宿舎ってどこにあります?」


「おい!」


流された金翼の騎士が声を荒げた。ルカは肩をすくめて、その騎士に目を向ける。


「なんすか? 俺、あんたらと違って暇じゃないんです」


やれやれと言わんばかりのルカに金翼の騎士の顔が引き攣った。


(なんて酷い敬語……)


リュシアーナは少し現実逃避した。ルカが自由奔放すぎる。


「んー? もしかしてお兄さん方、金翼騎士団の所属っすか? え、夜通し酒飲んでる奴でも金翼騎士団に入れるんすね。俺もやっぱり金翼狙えばよかったかなぁ」


今気づいたと言わんばかりだが、わざとだろう。


「黙れ! 貴様なんぞ、いるかどうかわからない第三皇子の騎士に価値なんてないだろうが!」


「わぁ、うちの殿下、ひどい言われようー」


蔑んだつもりだろうが、ルカには全く響かない。


(忠誠のかけらもない騎士なんて、ゼノンも見る目のない……)


リュシアーナは少し第三皇子に同情しつつも、侍女のランに目配せをする。ランは意を汲んで、金翼の騎士の近くにいた使用人たちを静かに移動させた。


リュシアーナもさりげなくリシャルの裾を引き、距離を取るように伝える。


「……」


リシャルは、リュシアーナを庇うようにして、そろりと後退した。その時、誰かが呼んできたのか、白狼騎士団の面々が集まってきていることに気づく。


これで皇子宮の者たちに被害はなくなるはずだ。いくら破閃を使える金翼の騎士といえど、これだけの人数で囲めば、無茶を言わないだろう。


「――言わせておけば!」


ルカと言い合いしていた金翼の騎士が、とうとう剣を振るった。


「うわ、口で勝てないからって、暴力とかだっさぁ」


ルカは軽口を叩きながらそれを避ける。それを見たもう一人の騎士も剣を抜いて、参戦した。


「金翼騎士団を愚弄するか!」


「金翼騎士団らしからぬお兄さんたちの方が、反省したらいいんじゃない?」


二対一にも関わらず、ルカはひょいと剣を避け続けた。しかも周りに被害を出さないようにか、最低限の動きで躱している。


(魔法使いなのに身軽なのね)


昔はそれほど運動神経が良くなかった。しかし、リュシアーナの知らない五年間で身につけたのだろう。


「避けるな!」


「避けないと怪我するじゃん?」


相手が酔っていることもあってか、ルカは余裕綽々で、それがまた騎士たちを高ぶらせる。


「金翼騎士団を愚弄した貴様に鉄槌を下す!」


一人の騎士が動きを止めて、そう言った。


その瞬間、剣が真っ白に光り出す。これが、特別製の破魔の剣を使った秘技、破閃だ。


ルカは魔法使いなので、魔力を切る破閃を喰らえば、ただでは済まない。


「バウス卿、あの騎士を」


助けてもらえないだろうかと、リュシアーナは小声で囁いた。


「…………私の実力では」


しかし、リシャルは動かなかった。破閃が使えるかどうかはさておいて、剣の腕に関しては、それほど差があるとは思えない。


「よいせっ」


リュシアーナの心配は、杞憂だった。


ルカは、大ぶりになった金翼の騎士の手元を蹴り付けて、剣を飛ばした。もう一人の騎士に対しても懐に入り込み、同様に剣の柄を器用に蹴り上げる。


剣が宙を舞い、地面に落ちた。


「貴様! 金翼騎士団に楯突いて、ただで済むと思うなよ! 我らは皇帝陛下の騎士であるぞ!」


金翼の騎士は激昂して叫ぶ。ルカはそれを見て、にやりと笑った。


「えー、破閃まで使ったのに剣すら抜いてない相手に負けましたー、仕返ししてくださーいって言うの?」


「……っ!」


金翼の騎士たちが言葉に詰まる。そして、白狼騎士団の視線を感じ、体裁が保てないことに気づいたのか、ぱくぱくと口を開閉させた。


「あ、シャンナ卿! 迎えにきましたー」


ルカは取り囲んでいる白狼騎士団の中から目当ての人物を見つけたようだ。手を振って駆けていく。


ルベリオはぎょっとした顔で、すぐにルカをどこかに連れて行った。


――まるで嵐が過ぎ去ったかのようだ。解決しにきたのか、混乱させたのか、よくわからない。


怒りに震える金翼の騎士たちにリュシアーナは、言った。


「……酔いが覚めるまで、部屋で休まれてはいかがでしょうか。先ほどは、万全でない状態でのことでしょう。口外はいたしません」


剣を向けるべき張本人が去っていったからか、金翼の騎士たちは顔を歪めて、素直に従ったのだった。







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