80、夜会
十五で婚約して、十八で結婚した。それから五年、意外なほど順調に新皇帝は受け入れられていた。
リュシアーナに手を差し伸べたその人は、おとぎ話に出てくるような魔法使いだった。リュシアーナの望みを叶えるだけ叶えて、姿を消してしまった。
遅れて皇宮に姿を見せた第三皇子ゼノンの証言により、ルカの死は確定した。心臓を貫かれて死んだと、彼は言った。遺体は誰にも傷つけられないように埋葬したという。
ゼノンはルカに裏切られたものの、ルカのことを恨んではいなかった。ただ自分の身には過ぎた部下だったと、自省していた。
――結局、ルカが誰だったのか、わからなかった。
リュシアーナは、ずっとカヴァニス公爵家の双子だと思っていたが、よく考えてみると、変身の魔法をこの目で見たことがない。双子の護衛だったルディウスの姿をしていたが、それもどこまで本当かも分からず仕舞いだ。
リュシアーナには、心にぽっかりと穴が空いたような悲しみが広がっていた。
ルカはリュシアーナを皇帝にして、新しくなったファリーナ帝国を見たいのだと思っていた。それだけリュシアーナに期待しているのだと思っていた。
だけど、彼はそうではなかったのかもしれない。
先帝とその腰巾着が排除されれば、それで良かったのかもしれなかった。リュシアーナはそんな勝手な想像をしては、自分でさらに落ち込んでいた。
だが、落ち込んでいる間にも、やるべきことを片付けていた。
三人の皇子たちは、ゼノンを除いて、相変わらず主張が激しい。リュシアーナの後見人が、雷帝魔導師となったと知ってもまだうるさかった。
皇子たちには、いずれは小さな領地を与える予定だ。そこで細々と暮らしてもらうのだ。
皇子たちの騎士団は、すでに解散させている。彼らは帝国騎士団の所属になり、結託しないように別々の場所で仕事をしてもらっていた。
金翼騎士団含め、先帝と共に法と道理を無視していた輩は牢獄に入ってもらっているが、次から次へと出てくる罪状の処理に忙しい。カヴァニス公爵家だけでなく、他の貴族や国にすら、平気で非人道的なことを行っていたからだ。
同じくカヴァニス公爵家の壊滅に手を貸した紅蓮魔導師はというと、魔導帝国に連れられて行った。魔導師の地位が剥奪され、磔刑に処されるらしい。
リュシアーナは、息を吐いた。まだまだやることは多いのだ。
領地の改革は進んでいるものの、破閃を失った代償は大きい。これが目下の悩みだ。
今まで国の中心だった騎士たちから秘技が失われたことで、国中に混乱が広がっていた。その隙をつくようにリュシアーナが新たな官僚制度を導入したが、女性が国の中枢に関わることをよく思わない人間も多い。青薔薇会に参加していた女性たちが率先して、官僚としての姿を確立してくれているものの、人々の意識を変えるのには時間が必要だ。
(時間ね……。最初は一時でもと思ったけれど)
リュシアーナの治世は思いがけず長くなりそうだ。それだけルカは用意周到だったのだ。目の前の卓には、積み上げられた報告書とは別に、他国の王族たちからの書状が届いていた。
その文面は全て、新たに皇帝となったリュシアーナを祝うものだったのだ。皆が皆、好戦的な先帝が廃されたことを喜んでいるようだった。
ルカが一族を失ってから、リュシアーナが皇帝になるまで、たった七年しかなかったのに、どうしたらこれだけの王族と関わりを持てるのだと……リュシアーナはもう笑うしかない。
「陛下、お時間です」
侍女から補佐官に就任したランが声をかけてくる。
「ええ」
リュシアーナは立ち上がった。謁見室に向かえば、華々しい一団に迎えられる。諸外国が女帝の誕生を祝うために使節団を寄越してきたのだ。リュシアーナは、その他国の要人たちをもてなすため、夜会を開いていた。
今夜は、芸術の国、森の国、学者の国、そして、真珠の国の四つの国の使節団が参加した。
上壇に現れたリュシアーナへと、夜会に参加する人々は視線を集めた。その表情は、歓迎しているのか、笑顔が多かった。
「ようこそ、ファリーナ帝国に。わたくしがファリーナ帝国皇帝、リュシアーナ・ボナート・ファリーナです。皆様を歓迎いたしますわ」
リュシアーナは、にこりと微笑みを返す。先帝を暗殺してその座に就いたことは口止めしていない。だが、誰もそれを咎める雰囲気はなかった。
(それだけ嫌われていたのね)
暗殺が成功しなくてもいずれ先帝は破滅する運命だったのだろう。リュシアーナは、壇上からゆっくりと降りて、使節団と挨拶を交わす。
すぐに近くにきたのは、真珠の国シャフラン王国の使節団だった。その代表にはとても見覚えがある。
「美しい皇帝陛下にご挨拶を」
相変わらずたくさんの装飾品をつけていて、彼が一礼するとシャラリと音を立てる。流石にお嬢さんとは、呼べなかったようだ。
「まぁ、堅苦しい礼は必要ありませんわ。わたくしとの仲ではありませんか」
こちらから親しみ示せば、彼は面白そうに笑う。白髪に黄金色の瞳を細める彼は、メルデンだ。シャフラン王国宰相の息子である彼は、使節団の代表としてこの場にいる。
手を差し出して握手を交わすと、そっと彼が小声で呟く。
「まさか、こうなるとは思わなかった」
「あら、あなたの人を見る目は確かだったと、誇って良いのでは?」
「言うなぁ」
軽口を叩けば、彼はますます笑う。しかし、他の使節団が見ている前でこれ以上会話を続けるわけにはいかず、祝いの品を紹介すると、彼は次の使節団へと番を譲っていった。
次の使節団は、芸術の国スーリャ王国の一団だ。煌びやかな服装の一団なのだが、その中心には一際目立つ女がいた。真っ白のドレスに身を包んでいて、その顔もベールで隠している。
女は使節団の代表が挨拶しようとする脇を通って、リュシアーナの前に立った。リュシアーナと同じ背丈と背格好をした女だ。
「なんてセンスのないドレスなの」
そして、開口一番にこれである。リュシアーナの目が据わった。皇帝としてふさわしいドレスを着ているのだが、彼女の及第点には及ばなかったらしい。
「黙りなさい、ミレーユ」
この失礼な女は、妹のミレーユである。ずっと消息不明で、芸術家として名を上げたことだけは知っていた。それなのになぜ今、スーリャ王国の使節団にいるのかと、問いただしたいくらいだ。
「つまらないわ」
そして、会場を見渡すとそう言って、どこかに消えていく。訳のわからない程の自己中心ぶりにリュシアーナはもう何も言うことはない。ミレーユは、一番血が近い存在でありながら、全く理解不能なのだ。
ミレーユの態度に使節団の代表は、頬を引き攣らせている。リュシアーナは微笑んで、ミレーユを見なかったことにしたのだった。
そうして、リュシアーナは、全ての使節団に友好的に振る舞った。先帝と違い、諸外国とは良好な関係を築くつもりだと、示したのだ。
ずっと人に囲まれていたリュシアーナは、流石に疲れてきた。少し休憩しようと、バルコニーに出ると、気持ちのいい夜風が肌を撫でる。人目から解放されて、少し気分が落ち着いた。
「姉上」
ずっと護衛騎士としてそばにいた義弟のステファンが、飲み物を差し出した。
「ありがとう」
リュシアーナは礼を言って受け取る。冷たい水が、喉を潤した。
「ミレーユが来ることは知らされていたの?」
「いえ、父上も知らないと思います」
ステファンは、苦笑しながら、首を横に振った。突如現れた妹は、会場の一角で、キャンバスを設置して絵を書き始めている。本当に何を考えているのかわからない。
そもそもあの妹は、リュシアーナが皇帝になったからと言って、ファリーナ帝国に来るようなそんなわかりやすい思考回路は持ち合わせていないはずだ。祝う気もさらさらないだろう。
「――さすがは、お嬢さんの妹だな」
姉弟で理解不能な妹を窓越しに眺めていると、不意に隣のバルコニーから声がした。
メルデンが、黄金色に光る羅針盤を見せて、手をひらひら振っている。どうやら外野抜きでリュシアーナと話せる瞬間を待っていたようだ。メルデンは、ひょいと軽く飛んで、バルコニーを移ってきた。
「わたくしは、あれが妹なのが不思議なくらいよ。血を分けたとは思えないくらい意味不明なの」
「そうか。……で、あの男はどうした? 破閃は奪われたんだろう?」
メルデンは、変幻魔導師のことを聞きたかったようだ。リュシアーナは、静かに首を横に振る。
「ルカは、奪ったのではなく、精算したのよ」
かつて、ルカはリュシアーナに言った。半端に生き残ってしまったと。そして、それを精算するのだと……。
「どういう意味だ? ルカって、あの公開処刑の日に会った奴だろ?」
「ええ。破閃は、剣の一族のものよ。先帝は、剣の一族を滅ぼすという愚行を犯した。本当はその時に破閃が失われるはずだった」
リュシアーナは、ゆっくりと話した。ルカのことは、まだ自分でも整理できていない。だけど、自分で言葉にして、ちゃんと受け止めたいと思ったのだ。
「でも、剣の一族に生き残りがいたの」
「それが、ルカだった?」
「そうよ。ルカは多分、先帝を排除するためにわたくしと組んだ。そして、変幻魔導師に力と名前を借りていたの。変幻魔導師もまた、ファリーナ帝国外に住む剣の一族だったようだから」
リュシアーナと手を組まずともルカであれば、その力で先帝に復讐できたはずだ。しかし、ルカは先帝の後釜にリュシアーナを据えることを選んだのだ。おそらく、リュシアーナであれば、先帝のやってきた全ての悪事を明るみにしてくれると思ったのではないだろうか。そして、先帝は愚帝として歴史に刻まれる。
ただ殺すのではなく、名誉も失墜させる。それが、ルカの狙いだったのだろう。
「ルカは、死んだわ。だから、ファリーナ帝国から破閃が失われたの」
「…………」
メルデンは、リュシアーナの話を静かに聞いていた。
「さて、シャフラン王国はこれを好機と捉えるのかしら?」
あまりにも重い空気になってしまって、リュシアーナは声を明るくして、話を変えた。
「そんなことしねぇよ。ファリーナ史上初の女帝のその実力を俺は知ってるからな」
空気を読んでか、メルデンは、にっと笑った。思えば初めて、南部の領地で会った頃から、リュシアーナを買ってくれている。
「あら、良い関係が築けそうね。あなたがずっと窓口になってくれるのかしら?」
「当然。俺は突然死んだりしないからな。末長く仲良くしてくれよ」
揶揄うように言うと、大きな頷きが返ってきた。リュシアーナは微笑みながら、思う。
(ルカ、あなたもそばにいて欲しかったわ。わたくしの国を見せたかった)
願わないことをいつまでも引き摺るわけにはいかない。リュシアーナは、これから始める改革に向けて、気持ちを切り替えたのだった。
――――――
――ファリーナ帝国は、リュシアーナ帝の治世で大きな転換期を迎えた。
それまでファリーナ帝国を騎士の国と称されるほど強国たらしめていた秘技が突如として失われたのだ。しかし、同時期に史上初の女皇帝による改革が行われ、その影響は少なかったとされている。現在では、騎士は名誉職となり、厳しい規律を守り、高潔な精神を持ち合わせた者だけが、騎士となる資格を持つ。
また、それまでファリーナ帝国では、男性を中心に権力を握っていた。そのため、女性であるリュシアーナ帝が突如としてその座に就いたことには謎が多い。どうやってその座に就き、なぜそれが受け入れられたのか、後世には様々な説が飛び交い、真実は語り継がれなかったのだった……。




