78、ルカの暗躍3
十で一族が滅び、十一で魔導師になった。それから五年、ファリーナ帝国に潜入していた。
ルカは一人、隠し通路を進む。
誰にも知られずに帝都の外に出られる隠し通路だ。皇族なら知っているはずの通路だが、もうルカ以外に知る者もいないだろう。
先帝アルミロは、自分の息子たちに教えなかった。
器の小さい男だ。ルカの父親はその皇帝を見限ることはしなかった。いつまでも、本当にいつまでも献身的に支えて、馬鹿な結末を迎えた。
(さっさと切り捨てれば良かったのに……)
切り捨てて、第一皇子を皇帝にすれば良かった。そうすれば、第一皇子を傀儡にして、リュシアーナがこの国を操っただろう。勿論、今まで通りの騎士の国が存続したはずだ。
(今さら言っても覆らないか)
ルカはシュリヤの剣を置いてきた。持って出てきたのは、一般の騎士が使う剣だ。
外に出ると、空が見えた。空は半分ほどが雨雲に覆われていた。ルカは剣を抜き、破閃を発動させると、隠し通路の出入り口を破壊した。
そして、方向を変えて、ブラド山岳地帯に向かう。逃げた三人の皇子と皇族の騎士団は、そこにある隠し通路を使う算段らしい。
ルカは、魔法使いの国の国主が来るまで、彼らを足止めに来た。ルカよりもさらに上を行く絶対的な力を目撃すれば、彼らも諦めてリュシアーナに降るだろう。
騎士たちは貴重な戦力だ。無駄に散らすべきではない。それに明らかにすべきこともあるだろう。
ルカの一族は、先帝の主導で、金翼騎士団と紅蓮魔導師の手にかかって全滅した。だが、今さら復讐や名誉がどうとか言うつもりはない。
どうやったって、失った一族は戻ってこない。だが、だからと言ってその所業を許すほど寛大でもない。ただ、彼らがのうのうと生きていくことだけは、阻止するつもりだ。
(俺って、薄情かなぁ……。まあいいや……)
魔力で強化した身体能力は、常人のそれとは程遠い。空を飛ぶように駆けて、ルカは目的の場所に辿り着く。
ブラド山岳地帯を横断する隠し通路だ。ルカは中に入ると、一気に駆け抜けた。
駆け抜けながら、耳をすませば、多くの足音と声が聞こえてくる。予想通りだ。彼らはこの道を選んだ。
出口が見えた。ルカは魔力を解き放ち、彼らの前に姿を現す。同時に青薔薇の幻影を撒き散らし、リュシアーナを印象付けた。
今にも隠し通路に入ろうとしていた面々は、ブラド山岳地帯の鞍部に集結しており、突如現れたルカを呆気にとられたように見ている。
「懲りないなぁ、負け犬共」
ルカは魔力を一気に放出し、彼らを威圧した。
「ルカ……!」
口々に変幻魔導師やら青剣の第一騎士などと呼ばれた中で、ゼノンの声が響いた。
一族であって一族でない、この半端者のことは、もう知らない。義理は果たした。
「最終通告だ。投降しろ。そうすれば、この場で殺さず、罪に応じた罰を受けさせてやるよ」
ルカは言った。三人の皇子とその騎士団。そして、金翼騎士団が揃っている。そこに加わっているのは、貴族の私兵と帝国騎士団の一部だ。ざっと数えて、五百人だろうか。
――一国を滅ぼせる魔導師にとって、敵ではない数だ。
ただ一人、妙な人間が紛れているが、許容範囲だ。その一人が前に出てくる。
「なぜ皇帝陛下を殺したのですか?」
金翼騎士団の第三騎士、リアンだ。裏仕事からは遠ざけられていた彼は、先帝が気に入らない者を理不尽に殺してきた姿を知らず、ただ戦場で活躍する姿しか知らない。
(とはいえ、同じ騎士団にいるんだ。本当は、気づいているくせに)
ルカはへらりと笑った。
「邪魔だから。俺、昔から自分より劣っている奴が大っ嫌い。特に低能だって自覚がないくせに威張っている奴とか。だから、俺より天才で有能なリュシアーナに玉座をプレゼントしたんだ」
「……あなたはそれほど優れていると?」
「当たり前じゃん。おまえ、俺に勝てると思ってんの?」
せせら笑えば、ぐっと歯噛みする音が聞こえた。リアンの経歴は把握済みだ。人体実験により、聖霊眼を宿した元奴隷……その経歴は悲惨だが同情はしない。
「あなたみたいな上から目線で抑えつける人が、陛下を殺す資格はない!」
リアンが憎々しげに叫んだ。盲目だなと、ルカは内心呆れる。
まさに彼が慕う先帝を指す言葉だと、わかっているのだろうか。皇帝という立場を利用して、法も情もなく、気に入らない者や国を葬ってきたのに。
ルカはいきり立つリアンから、視線を外した。
「で、皇子様方、あんたらはまだ歯向かうの?」
濃い魔力に騎士たちの顔から血の気が引いている。会話すればするほど、ルカの放つ魔力はここに溜まっていく。
「当たり前だ!」
「父の仇を討たずしてどうする!」
エヴァリストとラウルがすぐに叫んだ。ただゼノンは黙っていた。
「…………」
まだ身の程を知っているらしい。それならそれで、なぜ兄に付いてきたのか理解に苦しむが……。
「殿下! 魔力の濃度が濃くなってきています」
ルベリオがその時、声をあげた。この場にいる魔法使いは、ルカを除けば彼だけだ。気づかれたかと、ルカは笑う。
だが、もう遅い。
騎士たちの何人かが膝をついた。それを皮切りに魔力に耐性がない者から倒れていく。
「破閃だ! 破閃を発動させろ」
ラウルが剣を抜いて、叫ぶ。次々と騎士たちが破閃を使い始めた。
「それ、誰のだと思ってんの?」
無駄だ。破閃を使わせるも使わせないも、すべては最後の生き残りであるルカ次第だ。ルカは今まで放任していた使用許可を取り下げる。それも、ファリーナ帝国全土から、取り去った。
同時にぶちりと、頭のどこかで糸が切れる音がした。貸すも貸さないも、ルカの意思一つで決められる。
破閃が使えなくなり、騎士たちは動揺し始めた。白光していた剣は消えて、鈍りと化す。
「わかっただろう? リュシアーナを支持する貴族がいる理由。剣の一族の生き残りである俺がリュシアーナを選んだからだ」
呆然とする皇子たちにルカは告げる。
「皇帝になりたかったら、俺を手に入れる必要があったのさ。まぁ、先に言った通り、俺は自分より劣る奴が嫌いだから、あんたらに膝をつくことはないけどな」
威張るだけの低能と、言外に言えば、気色ばむ。しかし、魔力濃度はもう常人が耐えられる濃さではなかった。
前にいたリアンが膝から崩れ落ちる。ルカはそれを尻目に歩を進める。ほとんどの騎士が青い顔をしていて、静かに倒れていた。
ルカは誤って殺さないように足元の濃度を調整する。
立っているのは、数人になった。
「なぜだ……。剣の一族というのなら、私につくべきだろう」
「ふざけるな! 姑息な真似しか使えないおまえに何ができる」
この段階になっても尚、エヴァリストとラウルは争っている。二人とも膝をつきながら、ルカに手を伸ばす。
「やだよ。男の手を取る趣味はないし」
ルカは二人に吐き捨てて、かろうじて膝をつかないでいるゼノンの前に立った。母親の妹が、ゼノンの母だった。ゼノンはほとんど兄弟と言っていいほど血が濃いが、その目は皇族特有の青色で、紫眼は継いでいない。
「なんできたんだ? お別れでもいいに?」
幼い頃、ゼノンと遊んだことが何度もある。昔から上から目線で物を言ってくるから、ムカついていじめていた。
ゼノンは、カヴァニス公爵家が滅んでから、皇子宮に篭りがちになり、一族のために動いたことはない。当然、ルカの正体にだって気づいていない。
「僕は……おまえが、僕を裏切ったのは仕方がないことだと思ってる。ここに来たのは……兄上たちの暴走を止めるためだった」
ゼノンが青い顔をしながら絞り出した。そして、とうとう膝をつく。
「はっ、殊勝なことで」
つまらない回答だ。五百人の内、青剣騎士団は五十人もいない。止める時、どれだけ犠牲が出るのかわかっていないのか。
青剣騎士団の面々を見ると、ほとんどが倒れ伏している。ただファリーナに潜入した五年もの間、同じ部屋で過ごしていたアルトだけが、かろうじて耐えていた。
「おまえも同意したのか?」
ルカは顎でゼノンを指して、アルトに問う。
「…………」
アルトは答えなかった。ということは、ゼノンに隠れて別の意図があったのだろう。
おそらく混乱に紛れて、離脱する機会でも伺っていたか。逆上した兄たちや金翼騎士団に意見の違うゼノンは、害される可能性があったということなのだろう。真面目だなと、ルカは笑う。
自分だって、父親の騎士団長が何も言わずにリュシアーナを支持したのだ。混乱していただろうに。
アルトが膝をつく。これで最後だろう。
魔法使いであるルベリオには特別に大量の魔力を注いでおり、彼は蛇に睨まれたかのようにその場で硬直している。
「全滅だな」
結局、魔力だけで勝ってしまった。あたりを見渡すと、すべての騎士か倒れ伏している。後始末が面倒だなと、ルカは思う。
そんな時だった。
「……は?」
左胸に衝撃が走った。下を見れば、白光した剣が胸から生えている。
後ろを振り返れば、リアンがいた。破閃は使えなくした……はずだった。
――彼が剣を引き抜く。
真っ赤な血が噴き出す。膝から力が抜けて、ルカは倒れた。
(あーあ、しくじった……)
心臓を突かれたのだ。ただ強靭な魔法使いの肉体だから、即死せずに済んでいる。
リアンを見ると彼は荒い息を繰り返していて、虹色の目は、憎悪に染まっていた。彼は止めを刺そうと、その剣を振り上げる。
「ルカ!」
アルトに助け起こされる。そして、ゼノンがリアンにしがみついた。
「リアン、やめろ! やめてくれ! 僕らにルカを責める資格はない!」
ルカの魔力の放出が止まり、耐性が高かった二人は動けるようになったらしい。
ルカはアルトに背負われた。そのまま彼はどこかの坑道に入っていく。
どうやら二人は、奇特にもルカを助けたいようだ。
(やめとけばいいのに……)
そんなことをすれば、気力を取り戻した兄皇子たちに責めらることは、分かりきっているだろう。
「ルカ! 意識はあるか!? 魔法使いなら傷は魔力で治せるんだろう!?」
必死にアルトがルカを呼ぶ。よく裏切り者にそんな声が出せるなと思った。即死しなかっただけで、致命傷は治せない。
(馬鹿だなぁ……。切り捨てればいいのに……。まあいいか、俺はここで終わろう)
ルカの意識は暗闇へと引き摺り込まれていった。




