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77、後回しの結果


十五で婚約して、十八で結婚した。それから五年、刻々と清算の時が迫っていた。



リュシアーナは問う。


「なぜこれほどの貴族が協力的なのですか?」


誰もが慌ただしく、執務室の中を行き来している。その中で顔を見せた自分の父親……ボナート公爵にリュシアーナは尋ねていた。


「それはどういう意味でかな?」


「特にクローチェ伯爵。なぜ騎士団長がわたくしについたのですか?」


父は少し肩をすくめると、近くにあった椅子を持ってきて座った。


「それはそうだろう。あの方がおまえに力を貸したのだ」


「あの方とは、ルカのことでしょうか」


「そうだ。破閃はすべて剣の一族が貸し出した秘技であり、それ故に一族の族長は、皇帝と肩を並べる存在である」


聞いたことがない。リュシアーナの視線を受け、父は罰が悪そうに息を吐いた。


「ボナート公爵家当主だけの口伝だ。だが、皇族や古くからファリーナ帝国に根付く貴族たちは知っている」


「では、なぜ先帝は知らなかったのですか」


「……勉強がお嫌いだった」


心底、軽蔑する。そんな輩を三十年も皇帝でいさせたのか。リュシアーナの冷たい視線を受けて、父は弁明を続ける。


「だが、先先代はそれを憂慮し、次男をカヴァニス公爵家に婿入りさせた。それもまた、裏目に出たがな」


結局、カヴァニス公爵家の存在を軽視した先帝により、すべてが滅ぼされた。


一人の愚か者のせいでここまで国に損失を出したのかと思うと、やりきれない。原因がわかっているのなら、なぜ取り除かなかったのかと、父たちの行動も理解できない。


助長する前にいくらでも引き摺り下ろす手段はあっただろう。


「なら、カヴァニス公爵を皇帝に推せば良かったのでは?」


婿入りしたとはいえ、正統な皇位継承権を持つ皇族がもう一人いたのだ。それも優秀な皇族が。


「無駄だ」


答えたのは、ルカだった。いつの間にか、彼がリュシアーナの隣にいる。


「おまえの敬愛するカヴァニス公爵は、兄に対して従順だったのさ。幼い頃から兄を支えるように言い含められていたからかな」


そんなことを言うと、リュシアーナに人形を押し付けてくる。


「国の現状を憂えば、そのようなことは些事です。お父様、なぜカヴァニス公爵を説得しなかったのですか?」


青いドレスを着た人形は、リュシアーナの私室にあったものだ。なぜ押し付けられているのか知らないが、リュシアーナは会話を続ける。


「無駄だって」


またもや、父が答える前にルカが口を挟む。リュシアーナは、ルカを睨んだ。


「一番最初に皇帝を注意した奴は知ってるか?」


「誰です?」


「セノフォンテ・クローチェ。先帝にとって耳が痛いことを進言したあいつは、息子を二人失った。今や末っ子のアルトしか残ってない」


「それで全員怖気付いたと?」


理解できない。貴族ならば、我が子より国の行末を案じるべきだろう。


「そう。放置する方が事態を悪化させるのにな? だが、子を持つ親というのはそういうものらしい。俺は全く共感できないけど」


ルカもリュシアーナと同感のようだ。


「……言い訳でしかない。だが、いざ火の粉が自分の周りに降りかかるとなると、行動に移せず、取り返しのつかないところまで来てしまった。それは我々の罪だ。君の立場が盤石になれば、我々は隠居するつもりだ」


父が肩を落として言う。だが、リュシアーナは眉を顰めた。


「それで責任をとったおつもりですか? 損失を出したのなら、その分を補填してください。逃げるのは責任を取るとは言いません」


「我が娘ながら、きついな……。なぜ娘はこんな子ばかりなんだ?」


苦い顔をしているが、どうでもいい。自覚があるのなら、さっさと働けとリュシアーナは思う。


「それで、ルカ。これは何?」


リュシアーナは人形を押し付け返す。


「お守り。ちょっと俺、出てくるから」


「どこに?」


「さあ?」


ルカは肩をすくめると、人形を自分の席に座らせた。そして、リュシアーナが追及する前に姿を消したのだった。






――――――

――同じ頃、ファリーナ帝国の北領。


第一皇子であるエヴァリストは、歯痒かった。父である皇帝が、自分の妻に暗殺されたのだ。そして、なぜか妻が新たな皇帝を名乗っている。


理解不能だ。そして、ありえないことだ。


だというのに懇意していた貴族たちの反応は良くない。皇宮を追い出されてから、ひと月半、戦力をかき集めたが、五百が精いっぱいだった。


相手には、帝国騎士団の騎士団長がいるのだ。いくら精鋭揃いとはいえ、心許ない数だ。


(いや、心許ないではない。無理だ)


弟のラウルもゼノンも気づいていないが、こんな数では到底皇位を奪い返せない。


「この数では、正面からは難しいだろう。何か策を練ろう」


エヴァリストが声をあげると、真っ先に反応した者がいた。


「ご安心を。気づかれずに皇宮に攻め入る道がいくつかありますから」


サガン・レスター伯爵だ。金翼騎士団の第一騎士であり、皇帝の右腕だった彼は、気持ち悪いくらいに笑みを浮かべている。


ずっとエヴァリストには、不敬な態度をとっていたというのに、今はやけに従順だ。もしかすると、この仇打ちの功績によって、次に皇位につく者を見極めようとしているのかもしれない。


父がいなくなった今、彼の支持を得れば、次の皇帝になりやすくなるだろう。


「道というと? 隠し通路の類か?」


「ええ。皇帝陛下からいくつか聞き及んでおります。正統な皇族以外は、知らぬものです」


なぜ自分が知らないのかと、疑問が脳裏をよぎったが、エヴァリストは追及しないことにした。


サガン・レスターが地図を広げて、侵攻経路を説明し始める。エヴァリストはそれを聞いて、成功率が高いことを確信したのだった。



――その様子を二匹の白狼が見ていたとも知らずに……。





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