閑話 嫌疑
これは、第三皇子ゼノンが公開処刑の襲撃を受けて、対策会議に参加した時の一幕――。
その日は目がまわるほど忙しかった。
公開処刑の日は、皇帝と共に観覧席にいたゼノンだったが、目まぐるしく変わる事態と飛び交う弓矢に気を取られるばかりで、騎士たちに守られていただけだった。
しかし、ゼノンの騎士たちは優秀で、第一騎士のルカは手薄になった後宮にいち早く駆けつけて、妃たちの被害を抑えた。さらに第二騎士のアルト・クローチェは、広場に現れたエルダーリッチを一人で討伐する偉業を成し遂げたのだ。
その功績を聞きつけたのか、何人もの貴族たちがこぞってゼノンに会いに来たり、大量の招待状や贈り物を届けてきたりと……ゼノンは捌ききれずにてんてこ舞いだ。
「殿下ー、そこ間違ってますー」
書いていた手紙の文字を指さして、ルカが言う。
かろうじて捌ききれているのは、第一騎士のおかげだろう。いつも軽薄な態度を見せるルカだが、異様なほど優秀なのだ。
「もう殿下ってば、何枚便箋を無駄にするんですか。お手本書いてあげましょうか?」
ゼノンの机に行儀悪く腰掛けて、ルカがにやにや笑う。ゼノンは、ルカに何から何まで世話されている自覚があるのだが、彼の態度が態度なだけに素直に礼を言うのは癪に障る。
「うるさいぞ。あっちいけ」
「嫌っす。それ書いたら、出しに行かないと駄目なんすよ。つまり、殿下待ちー」
普通はもう少し皇子を敬うものではなかろうかと、ゼノンは常々思う。ルカのおちゃらけた態度にうぐぐと、変な唸り声が漏れた。
「ルカ」
「なにー?」
そんなゼノンの様子を察して、第二騎士のアルトがルカを呼んだ。ルカはすぐに呼ばれて彼のもとに駆け寄る。
「そろそろ上着を着ろ。会議の時間だろう」
「着せてー」
「自分で着ろ」
「みんな、俺に冷たい……」
アルトに上着を投げられて、ルカはしくしく泣くふりをする。ルカがアルトに馴れ馴れしく接して、すげなく振られる……そんな光景はいつものことだ。
「……できた!」
ゼノンはようやく返事を書き切り、席を立つ。誰にも相手にされず、拗ねていたルカが上着を着ると、手紙や書類に目を通す。
「あ、署名忘れてます」
ルカに突き返されて、彼の指差す場所に手早くサインした。にやにやした笑みがむかつく。
(こいつ、僕を揶揄って遊んでる……。くそっ、なのに仕事が早いし、何も言えないっ)
悔しく思いながら、机の上を見る。
まだまだ書かないといけない手紙や決裁書が残っていた。しかし、それはまた後にするしかない。ゼノンは、皇帝に呼ばれていたのだ。
ゼノンだけでなく、兄たちや帝国騎士団も含めて、公開処刑での襲撃について、対策会議が行われるのだ。
身なりをさっと整えたゼノンは、第一騎士と第二騎士を連れて出る。第三騎士は留守番だ。残る彼は作戦室で書類を前に唸っていた。
皇宮の会議室にたどり着くと、まだ人は揃っていなかった。特に誰からも案内はなく、しかし、妙に視線を感じながら、ゼノンはどこに座ろうかと悩む。
(兄上たちは、まだいらっしゃってないのか……)
考えた末に末席に近い場所に座った。少し視線が和らいだ気がする。ゼノンの後ろにルカとアルトが控えた。
ゼノンは落ち着かない気分で待つ。国事を扱うような場に参加するのは初めてだった。
少しすると、第一皇子のエヴァリストが姿を見せた。エヴァリストはゼノンを見つけて、隣に座る。
「早いね、ゼノン」
「あ、兄上……」
エヴァリストは、いつも優しくてゼノンに目をかけてくれる兄だ。少し前まではそう思っていたが、裏ではゼノンを排除しようとしていたと知り、どんな態度で接していいかわからない。
ゼノンがまごついていると、続々と人が集まり始めた。その中に妙に圧迫感のある雰囲気を感じて、ゼノンは息苦しくなる。
長い白髪に赤い目をした若い男、紅蓮魔導師だ。シクル王国の侵攻を鎮圧した際に彼の姿を見たことがある。彼の魔法は強力で、一瞬で人が丸焦げになったのを見たゼノンは軽くトラウマになっている。
奇妙な雰囲気を纏う紅蓮魔導師は、悠々と歩いて、上座に座った。
「……紅蓮魔導師か。ずいぶんと長い間、滞在しているようだ」
エヴァリストが小さく呟くと、紅蓮魔導師の視線がこちらに向けられる。びくっとエヴァリストの後ろにいたルベリオ・シャンナの肩が跳ねた。彼は白狼騎士団の第三騎士で、魔法使いだ。魔力に敏感なのだろう。
「父上のご友人だと聞きました。どのくらい親しい方なのですか?」
ゼノンはエヴァリストに尋ねる。この会議にも呼ばれているのだ。皇帝にかなり信頼されているのではないだろうか。
「私も詳しくは知らないよ。ただ王太子時代からの仲だとか」
想像よりも付き合いが長いようだ。それにしては、二十代にしか見えない容姿で、魔法使いの異質さを実感する。紅蓮魔導師は、こちらの会話が聞こえていたかのように目を細めて笑い、視線を外す。
「殿下ー、魔導師はすっごく耳がいいっすよ」
ルカからそんな忠告が飛んできて、ゼノンは口を引き結んだ。
「相変わらず君はよく知ってるね。一度君の頭を覗いてみたいものだ」
エヴァリストが、へらへらしているルカに言った。
「あ、一回覗かれたことがあるんですけど、覗いた奴曰く、吐くほど気持ち悪かったそうっすよ」
どんな答えだ。適当なことを言うルカをゼノンは黙れと睨む。あろうことか、ルカは小さく舌を出して肩をすくめた。
(こいつ……本当に僕を皇子だと思っているのか? 知らないんじゃないか?)
その軽すぎる態度にゼノンが半目になる。
そうしていると、最後に金翼騎士団の第一騎士、サガン・レスター伯爵がやってきて、扉が閉まった。
皇帝は参加せず、サガンが取り仕切るようだ。それを見たエヴァリストが、何か合図を送るように頷いた。送った先は、少し離れたところに座るもう一人の兄、第二皇子ラウルだった。
(兄上たちは、いつも歪みあっているのに……?)
それをゼノンは疑問に思う。今日の二人の兄には妙な連帯感がある。
「陛下はお怒りである! 何十年とこの国に勝利を齎してきた陛下を害そうとする不届者がいるのだ。許されることではない!」
サガンが威圧的に声を張り上げた。耳が良いという紅蓮魔導師が不快げに眉を顰める。
「それにもかかわらず、帝国騎士団含め、騎士たちのなんたる体たらくかっ!」
バン!とサガンが机を叩いた。
ゼノンはそれに驚く。会議とはこんな感じで進むものだろうか。
「それは、金翼騎士団にだけ言えることだろう」
怒りを露わにするサガンにエヴァリストが平然と声をあげた。
「左様。騎士にあるまじきは貴様らの方だ」
続いてラウルが声をあげる。第一皇子と第二皇子が順に口を開いたものだから、第三皇子のゼノンにも視線が集まる。しかし、ゼノンは何も聞いていないので、目を白黒させるしかない。
「んふっ……挙動不審っ」
後ろでルカが笑う声がした。あとで叱ってやると、ゼノンは誓う。
「皇子様方は何か陛下に不満があると?」
サガンがこめかみをひくつかせながら言った。
さりげなく巻き込まれた気がしないでもない。ゼノンは成り行きをただ見守る。
「金翼騎士団に流れる噂を知らないのか?」
エヴァリストがせせら笑うように言った。周りを見渡すと、騎士たちは知っているようで、気まずそうに視線を漂わせていた。
「なんだと言うのだ……」
怒りを抑えた声でサガンが問う。
「金翼騎士団は天罰を受けて、破閃が使えなくなった」
「金翼騎士団に所属する騎士としては、あるまじきことだ」
エヴァリストとラウルがサガンを蔑む。一気にサガンの顔が真っ赤に染まる。
「なんたる侮辱か!」
「なら、証明してみてくれ」
怒り狂うサガンにエヴァリストが即座に求める。
しかし、サガンは恥辱に体を振るわせるばかりで腰につけた剣を抜くことすらしなかった。その場に居合わせた騎士たちが顔を見合わせる。
(そんな噂……使えるところを見せればすぐに消せるのに)
ゼノンは疑問に思った。それともこんなくだらない嫌疑で、破閃を使うのは躊躇われるということだろうか。
「認めないのは、使えなくなった原因を明かされたくないからか?」
エヴァリストが余裕たっぷりに言う。兄たちは、まだ何かを隠し持っているようだ。
案の定、エヴァリストが懐から取り出したものを卓の上に転がすように投げた。それは一直線に転がって、サガンが音を立てて押しつぶすようにして止める。
彼は手のひらを避けて、はっと鼻で笑った。
「この胸章がなんです? どこから盗んだか知らないが、これがなんだと言うのか」
サガンは見せつけるようにして、エヴァリストが投げたものを取り上げた。金翼騎士団の胸章だ。
「それはブラド山岳地帯で見つけたものだ。そこにカヴァニス公爵家の女の死体があったが、胸章もまたその近くにあったのだ」
ラウルが厳しい目でサガンを見ている。ゼノンにもようやく何が言いたいかわかってきた。
破閃は、カヴァニス公爵家の秘技だ。そして、カヴァニス公爵家はブラド山岳地帯で賊に襲われて壊滅したはずだ。そんなブラド山岳地帯に金翼騎士団の胸章があったのなら、それは――――。
「裏に刻まれた名前は、フェリクス・ヒューリー。カヴァニス公爵家の壊滅と同じ頃に殉職しているそうだな?」
エヴァリストがサガンを追い詰める。
金翼騎士団が、カヴァニス公爵家を襲った賊だ。エヴァリストはそう言っているのだ。その証拠に破閃が使えなくなり、胸章が落ちている……。
「陛下にはすでに陳情している。それに、天罰を受けたおまえたちだけでなく、騎士たちから破閃が使える者が減少しているのだ。その責任をとるべきだろう」
ラウルも畳み掛けた。聞いていた騎士たちが一斉に騒めき、収拾がつかなくなっていく。
「追い詰められたな、サガン。どうだ? ここは一つ、ファリーナ帝国の秘技とやらをお披露目してくれないか?」
くすくすと笑い、紅蓮魔導師が言った。それを聞いたサガンは余計に怒りを爆発させる。
「黙れ! 貴様がいえた義理か!!」
事実を突かれたからか、自分にあらぬ嫌疑をかけられたからか、面子が潰されたサガンが怒り狂い、暴れ始める。卓の上にあった書類を床にぶち撒けて、卓や椅子を無意味に蹴り始めた。……怖いよりも、子どもの癇癪のようだとゼノンは思った。
他の騎士が慌ててサガンを止めようと間に入るが、紅蓮魔導師はそれを面白そうに眺めるだけだ。
「一時休憩を! 休憩を挟みます!」
他の金翼騎士団の騎士が声をあげた。そして、他の騎士たちを会議室の外へと、促し始める。
ゼノンは何が起こっているのか、把握できないままに会議室の外へと出た。
ただ、金翼騎士団の第一騎士、サガン・レスターは、あれほど暴れ回っていても関わらず、頑として最後まで剣を抜かなかった……。




