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72、美しい薔薇には棘がある


十五で婚約して、十八で結婚した。それから四年、皇宮でお茶会が開かれいた。



皇宮の中でも日当たりの良い部屋で、リュシアーナが主催となって、お茶会を開いていた。


天気もよく、強すぎない日差しが窓から降り注いでいる。いくつもの種類のお菓子と茶葉を用意して、和やかな時間を過ごしていた。


招待したのは、青薔薇会に参加したことのある夫人や令嬢たちだ。しかし、参加人数はそれほど多くはなかった。


多くの貴族が、自分の領地に戻っているからだ。


破滅の預言者と言われるデュラハンが現れてから、ファリーナ帝国は波乱の連続だ。チェスティ王国を落としたものの、想像以上の損害を出し、シクル王国と手を組んだベルティ辺境伯が反乱を起こした。

果ては、帝都の中心で皇帝の暗殺未遂と魔物の襲撃があったのだ。


――ファリーナ帝国は、磐石とは程遠い。


周辺諸国もこれを好機と見て、侵略を開始してくるかもしれない。そうなると、皇帝と侵略者、どちらに与した方が生き残れるのか。そう考える貴族が多いのだ。


加えて、噂も流れている。


破閃が使える騎士が減っているのは、皇帝が重用していたカヴァニス公爵家を嫉妬に狂った金翼騎士団が潰したからだと――。


誰も彼もが好き勝手に憶測を広めて、自分の利益を確保しようと動いている。


それは、リュシアーナも同じだった。


「アッシュリア、後宮はどうかしら?」


リュシアーナは、向かいにいたアッシュリア・バーゼン伯爵令嬢に尋ねた。彼女は他国では、有名建築家として名を馳せている。


そして、今回、後宮の一角が破壊されたことで、後宮の補修の責任者として選ばれている。


「工期が短くてね。ま、馴染みの職人を待機させていたから、計画通りに仕上がるけど」


アッシュリアは肩をすくめて答えた。


後宮という性質上、アッシュリアに反対する声は、まだ少なかったという。だが、それでも女である彼女を反対する声は根強かったはずだ。無理難題をふっかけられたのだろう。


「ブリジッタ、あなたはどうかしら?」


リュシアーナはアッシュリアの隣にいたブリジッタに問う。ブリジッタは、白狼騎士団の第一騎士を夫に持つピオヴァーニ伯爵夫人だ。


「贈り物はすでに後宮に送ったわ」


澄ました顔でブリジッタは答える。贈り物が意味するのは、暗殺に使う毒薬だ。


後宮が破壊された混乱に乗じて、皇帝の知らない女を増やしたのだ。それはまだ誰にも露見していない。


ここにはいないクラリーサが手配した協力者が、後宮にはいるようなのだ。その協力者が紛れ込んだ女を下働きとして匿っている。誰も使用人の顔をまじまじと観察していないため、似たような格好と化粧をしていれば、気づかれることはない。


後宮の補修が終わる二十日後、シクル王国の第一王女が、後宮に入る。ブリジッタの贈り物は、彼女の手に渡る予定だ。


一度夜会で彼女を見たことがあるが、第一王女は非常に美しかった。後宮入りしたその日に皇帝が手をつけるのは確実だ。たとえあれほどの美しさがなくとも、シクル王国を侮辱するためだけに手をつけるだろう。


「――順調ね。喜ばしいことだわ」


リュシアーナが微笑むと、頷きが返ってきた。誰もが平然と微笑んで、皇帝が落ちるのを手招きして待っている。


「リュシアーナは、何から手をつけるの?」


シェリルが揶揄うような笑みを浮かべて尋ねた。暗殺後のことを聞いているのだろう。リュシアーナが皇帝になったら、何から始めるのだと。


「そうね。一番優先するのは掃除かしら? わたくし、埃が溜まっているところをいくつも見つけてしまったの」


青薔薇会の参加者からは各領地の情報が送られてきている。領主として相応しい者が上に立っているのか、そうでないのか。代わりを含めて、把握済みだ。


強力な後ろ盾がある内に強引にでも頭をすげ替えるのだ。


正しくあろうとする者が頭になれば、組織は変わる。いつリュシアーナが引き摺り下ろされても大丈夫なように各地の領主から地盤を整えるのだ。


武力は足りないが、それもすべて新しい領主たちに回してしまおう。リュシアーナがどうなっても、今いる奸臣を一掃できればいい。


そうすれば、父や同世代の当主たちの意見が通り、新たな皇帝を導いてくれるだろう。


「確かに……埃だらけですわ」


比較的帝都に近い領地を持つ領主の夫人が呟いた。その言葉に他も追随する。


無論、彼女たちにも報いるつもりだ。女性でも爵位を継げるように、もしくは文官になれるように制度を変えようと考えていた。正式な書類を揃えて、後から覆されることが少しでも困難になるようにしなければならない。


これからは、破閃がなくなるのだ。騎士の力は弱くなる。代わりに男女問わず、身分すら問わず、実力者がなり上がれるようにしようと、リュシアーナは考えていた。


――ファリーナ帝国を実力主義の官僚国家に生まれ変わらせるのだ。


尽くしてきた実弟とその家族を妬みで滅ぼす。そんな愚かな皇帝が二度と上に立つことがないように……。


それがカヴァニス公爵家に恩を返すことができなかったリュシアーナが考えた精いっぱいの罪滅ぼしだった。


近い内に巻き起こる変革に胸を躍らせながら、お茶会が終わる。


リュシアーナは参加者を見送ってから、最後に部屋を出た。そのまままっすぐ皇子宮へと戻る。


皇宮内は少し慌ただしかった。


まだ公開処刑での襲撃の後始末が残っているのだろう。あの襲撃で処刑対象だったチェスティ王国国王とベルティ辺境伯は、魔物に殺されたそうだ。


貴族用の回廊を歩いていると、向かい側から妙に存在感のある男が歩いてきた。長い白髪に真っ白な肌をした男だ。


回廊の中央を堂々と歩くその顔に見覚えはない。しかし、その雰囲気には、歌劇魔導師を前にした時と同じような緊張感があった。


リュシアーナは道を譲って、通り過ぎる。通り過ぎ様に男は足を止めた。


「ずいぶんと面白い話をしていたな?」


リュシアーナも立ち止まる。そして、こちらを見下ろす男の顔を見返した。


「失礼ですが、どちら様でしょうか。わたくし、貴方と話した覚えがありませんの」


赤い瞳の切れ長の目が、狐のような印象を受ける端麗な顔立ちの男だった。雰囲気と相まって一度会ったら覚えていないはずがない。


「ああ。ただの人間にはわからぬか。いくら離れたとて、私の耳には届くのだ。悪巧みの声がな」


本当かどうかはわからないが、この男は先ほどのお茶会での話を聞いていたのだろうか。そうであっても、リュシアーナたちは決定的な言葉は使っていない。


「まぁ……つまりは盗み聞きですのね。わたくしたちのお茶会がなぜ悪巧みなのか、理解に苦しみますが……」


リュシアーナは困ったように眉を下げて見せた。だが、男は面白がるように目を細める。


そして、顔に手が伸びてきた。リュシアーナは後ろに下がって避ける。


「なぜ避ける?」


行き場のなくなった手を顎に当てて、男は首を傾げる。


「ご存知ないようですが、わたくしは、第一皇子妃、リュシアーナ・ボナート・ファリーナですの」


リュシアーナは、名乗って一礼して見せた。言外に無作法に扱っていい者ではないと込めながら……。


この男は、おそらく紅蓮魔導師だ。メルデンからの情報によると、紅蓮魔導師は炎を操る攻撃に特化した魔法を持つ。


「おまえこそ知らぬのか、私の意に沿わぬ者などおらぬ」


なぜかファリーナ帝国に滞在する紅蓮魔導師は、不思議そうに言う。


何がしたいのか、男の意図が読めない。このまま相対し続けるのは得策ではないと、頭のどこかで警鐘が鳴っている。


「――たとえそうであっても、その方への無礼は見過ごせません」


そこに割って入る声があった。リュシアーナが来た方向から、騎士団長のセノフォンテ・クローチェ伯爵が現れたのだ。


「紅蓮魔導師、今後とも穏やかにこの帝国で過ごしたいのなら、今すぐ立ち去られよ」


彼は続けて、警告した。やはりこの男は紅蓮魔導師だったのだ。ルカや歌劇魔導師と同格の魔法使い。その力は一国を滅ぼせるほど強大だ。


騎士団長は、男との間に入り、リュシアーナを下がらさる。その手は剣にかかっていた。


「私に剣が届くと?」


男は口の端を吊り上げた。一瞬で狂気を赤い目に宿し、彼から熱気が放たれる。


「届くことを祈りましょう」


騎士団長は、驚くほど平坦な声で言った。


動じない騎士団長がつまらなかったのか、紅蓮魔導師は首に手を当てて、見るからにやる気なくため息をつく。興が削がれたと言わんばかりだ。


そして、つまらなさそうに歩いて去っていく。


リュシアーナは、ほっと胸を撫で下ろした。巻き込まれたら、ひとたまりもなかっただろう。


「助かりましたわ。クローチェ伯爵」


紅蓮魔導師が去り、リュシアーナは礼を言った。


「いえ。あまり大胆な行動は控えていただけますよう」


騎士団長は、目を伏せて言った。


その忠告は、先ほどのリュシアーナの行動についてだろうか。……それとも、お茶会について言っているのか。


「ええ、そうしますわ」


リュシアーナは追及せずにただ微笑んだ。騎士団長は、さっと一礼した。


「――それではこれで。また後日、お迎えにあがります」


リュシアーナの笑みが一瞬、固まった。


(迎え? わたくしを?)


聞き返す間もなく、騎士団長は紅蓮魔導師の去った方向へと消えていく。


確か、ルカは暗殺の後に迎えを寄越すと言っていた。まさかそれが騎士団長だとでも言うのか。騎士団長を多く排出し、軍事権を握りながらも常に中立にいたクローチェ伯爵家が動く。リュシアーナは、そのことを素直に喜べなかった。


皇帝アルミロが統治しているファリーナ帝国は、本当に取り返しのつかないところまで来てしまっていたのだ――。






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