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69、公開処刑


十五で婚約して、十八で結婚した。それから四年、皇位委任状を手に入れる算段がついた。



リュシアーナは、温室にいた。侍女のランが入れてくれたお茶を啜る。


第一皇子と第二皇子、裏切らないためにそれぞれの皇位委任状を持つ。その案は、あっさり受け入れられた。


後日、正式に書面にして取り交わすことを約束していたのだ。


約二年前、ルカはリュシアーナに言った。


『三人の皇子から、皇位の委任状を得ろ。そうすれば、俺がおまえに絶対的な後ろ盾を与えよう』


絶対的な後ろ盾とは、魔法使いの国の国主が、リュシアーナの後見人となること。単体で国を滅ぼすほど強力な魔法使いが、リュシアーナを庇護するというのだ。


短期間で改革するには、十分なほどの抑止力となってくれるだろう。すでに改革の計画もほとんど立てた。


(わたくしにできる準備はほぼ終わりね……)


お茶を飲んで一息つく。


今日の皇子宮はいつもよりも静かだ。騎士たちの大半が出払っているのだ。


――今日は、帝都の広場で公開処刑が執り行われる。


処刑されるのは、二人。一人目は、チェスティ王国の国王だ。敗戦国の国王を処刑するのはやりすぎだと国外から批判の声が殺到していると、クラリーサからの手紙で教えてもらった。しかし、皇帝としては、苛烈さを誇示したいのだろう。デュラハンの破滅の予言を打ち消すためにも……。


もう一人がベルティ辺境伯だ。シクル王国の王女と手を組んで、反乱を犯した罪を問われている。妻であるカリナ・ベルティ辺境伯夫人は、指揮官として捕えられた上、最後に皇帝に剣を向けて自害した。しかし、ベルティ辺境伯の方はいまだに無罪を主張していると聞く。リュシアーナは彼が関与していないのを知っているが、世間的には辺境伯を治めている夫が首謀者だとしていた。


公開処刑は大々的に宣伝され、広場に舞台や観覧席まで設置されたと聞く。


観覧席には、皇帝をはじめとして、三人の皇子も参加していた。当然、警備は厳重になり、皇宮はいつもより手薄だ。


リュシアーナはその隙をついて、客人を皇子宮に招待していた。温室の入り口に目を向けると、その客人が義弟のステファンに案内されて、姿を見せる。


「どうも、お嬢さん。帝都は人混みでごった返していたぜ」


「品のない催し物でしょう?」


客人は、メルデンだ。白い髪に黄金色の瞳をした魔法使いは、小箱を脇に抱えていた。リュシアーナは彼をシャフラン王国の高官だと予想している。


メルデンから変幻魔導師について直接話したいことがあると、連絡があったため、この公開処刑に合わせて皇子宮に招待したのだ。ただし、表向きは、珍しい物を売っている商人を呼びつけたことになっている。


メルデンは、小箱の中を開けてリュシアーナに見せた。中には真珠があしらわれた宝飾品が詰まっている。


「こちらは品のある物を揃えてますが、いかがいたしましょう?」


メルデンが冗談めかして言う。リュシアーナは微笑みを浮かべて、無言で見返した。


「……前置きがいらないってなら、早速だ。俺は変幻魔導師について調べている」


メルデンは肩をすくめてからそう言って、箱の背面に隠していた地図を取り出した。


シャフラン王国を下半分の中心に描かれていて、シャフラン王国から見て北方の周辺諸国の地図のようだ。シャフラン王国はいくつもの島があり、そこから北西にファリーナ帝国がある。そのまま、海岸線を東に辿ると、最後に魔法使いの国があった。


地図にはいくつかの書き込みがある。日付と短い単語が書かれているのだ。


「なぜ変幻魔導師をそれほど危険視しているのですか?」


見る限り、一番古いもので四年前だ。これは、変幻魔導師の動向が記載された地図だと分かった。


「領土拡大を目論むうちにとって、魔導師は監視対象だ。中でも変幻魔導師はルリ島を沈めた。奴の魔法や手の内を知っていて損はない」


メルデンが答えたが、リュシアーナは彼からわずかな切迫感を感じた。おそらくメルデンは変幻魔導師に会ったことがある。それも……ルリ島が沈められるその場に居合わせたのかもしれない。


「それで、どう危険だと? 魔導師は皆、わたくしたちには推し量れない強さをお持ちでしょう」


リュシアーナがルカ以外であったことがある魔導師は、歌劇魔導師だ。彼女は散歩でもするかのように平然とこの皇子宮に忍び込んできた。それにチェスティ王国では彼女一人にファリーナ帝国の兵が三割も倒された。その力は想像以上だ。


「奴は、どうやら神話を狙っている」


「……神話、ですか」


リュシアーナは目を瞬かせた。そんなものにルカは興味を持たなかったのだ。教師をしていた時にリュシアーナは、歴史に登場する伝説や英雄、秘宝を聞かせたが、何か特別な反応を示したことはない。


「ルリ島には鍛治師の伝説があった。島が沈んで以降、ステラ国の武器の輸出量が落ちている。他にも桜の国では象徴でもある精霊樹が燃えた。変幻魔導師が桜の国の王弟の部下として潜入していた時期だ。それ以来、桜の国は戦争をとり止めている」


メルデンは、一つ一つ書き込みに関して説明した。偶然と片づけられそうなものだが、確かにこれだけ連続していると、疑いたくなるのもわかる。


「――で、今はファリーナ帝国だ。狙っているのは……お嬢さんのそばにいるのは、破閃を消滅させるためではないのか?」


一瞬、寒気がした。


ファリーナ帝国では、破閃が使える者が減っている。それが……ルカの行動に関係しているか。


「破閃にまつわる神話。それにお嬢さんは何かしら、関わっているんじゃないのか?」


そう問われて、リュシアーナは、長く息を吐いた。


「いいえ、わたくしは関係ありませんわ」


関係があるのは、カヴァニス公爵家の前身、剣の一族だ。そして、その生き残りが、変幻魔導師であるルカなのだ。


(破閃は最初からルカのもの。ファリーナ帝国からそれを奪うとしても、誰にも口を出す資格はないわ)


その時、リュシアーナに二つの疑問が脳裏に過ぎった。


――本当にルカは、カヴァニス公爵家の生き残りなのか?

――六年前のカヴァニス公爵家の壊滅は、皇帝の仕業であっているのか?


リュシアーナはその疑問に体を強張らせた。


(ルカは、生き残りのはずよ。わたくしたちと話していて、違和感を感じたことはない)


「……姉上、神話というのは、破閃ではないのでは?」


硬直したリュシアーナを知ってか、そばに控えていたステファンが口を挟んだ。目を向けると、ステファンが続ける。


「ブラド山岳地帯で見つかった壁画です。天井に描かれていた竜が何かわかっていません」


リュシアーナはステファンに言われてその存在を思い出した。他の壁画が国のことを表していたのに、天井の絵は、胴の長い竜と竜の翼が生えた人が描かれていたのだ。


「ファリーナには他に神話があるのか?」


「……気になるものを最近、見つけたところです。ですが、見つかったのは壁画だけで、それにまつわる話は残っておりません」


リュシアーナはメルデンに答えた。


「ブラド山岳地帯と言ったな。それ、見に行ってもいいか?」


メルデンはよほど変幻魔導師が気になるようだ。特に反対することもないので、リュシアーナは頷いた。


「地図を持って来させますわ。少々入り組んでおりますの」


侍女のランに目線を送ると、彼女が取りに行く。メルデンが不意に彼女を視線で追った。


「どうかしましたか?」


ランが温室から消えても彼は、ずっと入り口の方を見ている。つられてリュシアーナが入り口を見ると、景色が歪んだ。


ゆらゆらと歪んでそこからルカが現れる。茶髪に透き通るような紫の瞳をした青年が何もないところから現れたのだ。


「さすが、魔法使い。ここまで接近したらバレるか」


ルカはへらりと軽薄な笑みを浮かべてこちらにやってきた。メルデンが警戒して席を立つ。


「会うのは二度目だな。シャフラン王国宰相の庶子、メルデン・ディズラエリ」


そんな彼の名前をルカが呼ぶ。メルデンは高官だと思っていたが、上流階級の出身だったようだ。


「俺は初めてだ。誰だ?」


「魔法使いの国で、魔導師の地位と変幻の称号を与えられた者……」


ルカはゆらりと姿を消した。そして、すぐそばで声がした。


「――夢と現実の狭間からすべてを欺く変幻魔導師だ」


リュシアーナの後ろに立って、椅子に手を乗せている。完全にメルデンをからかっていた。


「ルカ、やめなさい。彼はわたくしが招待した客人よ。あなたは呼んでないわ」


「えー、いいじゃん。俺の話してたんだし」


ルカは頬を膨らませて、空いていた席についた。そして、勝手に地図を眺めている。その自由気ままな振る舞いにステファンが眉を寄せているのが見えた。


「違うな。おまえは変幻魔導師ではない。俺の見た変幻魔導師とは何もかもが違う」


メルデンがルカに言った。メルデンが見たルカの姿とは、どんな姿だったのだろうかと、少し興味が湧く。


「それは俺の魔法。どんな魔法かは教えてあげなーい」


適当なことを言って、ルカはどこから取り出したのか、ペンで地図に書き足している。


「落書きしないでちょうだい。ルカ、何をしにきたの?」


リュシアーナとルカが繋がっていることをこうもメルデンに知られてもいいものかと、疑問に思う。もともと彼が変幻魔導師との繋がりを疑っていたとはいえ、あまりにも大胆な行動だ。


しかもルカは今、濃紺の制服を着ている。第三皇子の青剣騎士団に所属していることに気づかれるのも時間の問題だ。


「リュシアーナに警告しにきた。今日はここから出ずに大人しくしてろ」


「……何をするつもりなの?」


「さあ?」


ルカはへらへら笑って答える。ふざけるルカの頬をつねってやろうかとした時だった。


――ゴロゴロと、遠くから重低音が鳴り響いた。


そして、空が暗くなる。雷かと思ったが、雨雲はなく、なぜか空が暗くなったのだ。夜が近づいたかのように薄暗くなっていく。


再び地鳴りがした。何度も何度も大地が重く低く鳴り響く。


「何をしたの?」


リュシアーナが問いただして、ルカの方を見るが、すでにそこにルカはいない。


「くそ変幻魔導師! どこに行きやがった?」


メルデンも同じくルカがいなくなっていることに気づいた。異様な空模様と地鳴りにリュシアーナは不安を感じて立ち上がる。


その次の瞬間――。


爆発音のようなものが鳴り響き、大地が揺れたのだった。





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