68、壁画の意味
十五で婚約して、十八で結婚した。それから四年、第一皇子の皇子宮は沈鬱な雰囲気に包まれていた。
私室に篭っていたリュシアーナを外に出したのは、意外にも第二皇子だった。
客室に向かうと、夫のエヴァリストを含め、白狼騎士団の上位陣が揃っていた。そして、第二皇子のラウルが、赤星騎士団の第三騎士だけを連れてやってきている。
「ふむ、襲われたのは本当のようだ」
窶れたリュシアーナを見て、ラウルが言った。エヴァリストが気まずそうな顔をする。
そういえば、金翼騎士団に出撃された際、エヴァリストはリュシアーナを見捨てて逃げたのだ。だが、今さらどうでもいい。
「ご機嫌よう。第二皇子殿下、わたくしに何の用でしょうか」
軽く一礼して、席に着く。
「おい」
ラウルが、自身の第三騎士に指示する。彼は、すぐに卓の上に資料を並べた。
「先日のブラド山岳地帯で発見した宝剣のある石室について、我々はさらに周辺の調査を行いました。こちらは、その際に見つけたもう一つの石室になります。その石室は、四方上下すべて壁画でして、その意味を第一皇子妃殿下ならお分かりになるのではないかと」
リュシアーナは、資料を見る。やたら絵が多いと思ったが、古い時代の壁画だったようだ。
「この石室は、地図でいうとどこにあたるのですか?」
「こちらです」
第三騎士が指差したのは、古びた地図のちょうど待ち合わせ場所と思われるところだった。そして、ルカの地図の空白地帯でもある。今は空白地帯に地図が書き足されていた。
「この石室の一部が崩れて、妙な通路まで発見しております」
次いで、赤星の第三騎士は、石室の隣の通路を指差す。
リュシアーナはその通路の先を追って、眉を寄せた。ブラド山岳地帯を貫通しているように見えるのだ。
「この通路ですが、最近まで使われていた痕跡があり、帝都側の麓まで続いておりました。おそらくこの通路を使えば、帝都とブラド山岳地帯を一日で踏破できるかと」
隠し通路だと、リュシアーナは思った。
(ルカが書かなかった地図は、これを記さないため?)
ルカの能力は、リュシアーナが一番よく知っている。リュシアーナたち教師が、一芸に秀でるのに対して、ルカは多才であり、総合能力で言えばルカの方が断然上だ。
あらゆる分野の知識を持ち寄ることで、こういった調査なら、地図のすべてを埋めるだけの能力がある。
「そちらはいい。気になるのは、石室の意味だ。不気味なのはなんだ?」
ラウルに言われて、リュシアーナは思考を引き戻し、改めて絵を見た。
天井には、竜。これはあまり予想がつかない。
奥の壁、蛇と武器を持った蛇目の人々……こちらはわかるかもしれない。
「奥は、おそらく蛇神の国でしょう」
蛇をシンボルとする国はいくつかあるが、それと合わせて、多様な武器を持つ人々となると、蛇神の国しかない。
それに目が特徴的だ。蛇神の国は、紫眼が特徴ではあるが、当時は紫の顔料がなかったのだろう。
「蛇神の国? そんな国あったのかい?」
エヴァリストが口を出した。顔を上げれば、ラウルもよくわかっていない顔をしている。
「伝説上の国です。カヴァニス公爵家の祖先は、蛇神の国の剣の一族といわれています」
リュシアーナは短く答えた。
そして、剣を持った蛇目の人々が、床の絵にも描かれている。
「床は、ファリーナ帝国でしょう。第二皇子殿下が手に入れた地図が建国初期なので、こちらも建国初期に描かれたものだと考えると、当時のファリーナ帝国の現状について描かれたものかと思いますわ」
「剣持っている方向は、敵国か?」
床の絵は、蛇神以外の隣あった壁画に剣を向けている。そこに着目したラウルが問う。
「おそらく。右側に見覚えがあります。魔女の国アンカラリアでしょう。すでに滅亡しておりますが、ボナート公爵家の祖先は、アンカラリアから独立したボナート公国の王族ですので」
そう言ってから、リュシアーナは思い出した。宝物庫に建国初期の王族が描かれた絵画がなかっただろうか。
その際に集まっていた王族は、クローチェとボナート……それと、ベスタ王国だ。
不意に左の絵に目が惹かれた。その絵にも、蛇目の人々がいるのだ。身につけているのは、鎧。
リュシアーナははっとして、白狼騎士団の第三騎士に目を向けた。ルベリオ・シャンナ、彼の目の色は、薄紫だった。
「……シャンナ卿、あなたの祖先は、蛇神の国の鎧の一族では?」
ルベリオは、ベスタ王国の王族の生き残りだ。カヴァニス公爵が、なぜ禍根を残すような存在を亡命させたのか。その意味がわかった気がする。
それは、カヴァニス公爵自身の考えではなく、公爵家の前身である剣の一族の意思だったのだろう。
「……い、いえ、そのようなことは、私には分かりかねます」
突然問われたルベリオは、しどろもどろに返した。亡命当時の彼は物心がついたばかりの頃だろう。まだ教えられていなくても仕方ない。
「なぜそいつに?」
「こちらはベスタ王国かと。二十年前にファリーナ帝国が滅ぼしたため、確かめようがありませんが」
ラウルが不思議そうに問うが、リュシアーナは無視して、伝えた。
ルベリオの素性を知られたくないエヴァリストが、少し強引に次の絵を指差す。
「なら、これは?」
白髪の男を中心に額縁の化け物が蔓延る壁画。一番不可解な絵だ。おそらくどこかの国を表すのだろう。
「……確信はありませんが、当時のファリーナ帝国の最大の脅威から推察すると、チェハン王国かと。こちらも滅亡しております」
チェハン王国は、高原の国と言われていた。だが、資料も少なく、実際はわからない。白髪であるため、強力な魔法使いがいたのではないだろうか。
魔法使いから、リュシアーナは思い出した。床の絵をよく見ると、王冠の男の近くに蛇目の人と宝剣がある。初代カヴァニス公爵と思われるのだが、白髪ではない。
「私も気になるのだ。この構図、蛇目の奴が力を貸したように見えないか?」
リュシアーナが王冠の男を見ていたのに気づいたのだろう。ラウルが言う。
「そうですね。破閃を表しているのでしょうか」
「だがもうカヴァニス公爵はないのだろう? 破閃はどうなるのだ?」
技術であれば継承される。だが、リュシアーナは思った。
――破閃は技術で片付けて良いものだろうか?
習得条件は不判明で、原理も不解明。
(今は、ルカだけが生き残っているわ。でも、もしルカが命を落としていたら?)
破閃は、失われたのだろうか。
その時、リュシアーナの脳裏にルカの言葉が蘇った。
『復讐というより、精算だ。俺は一族と共に死ぬべきだった。半端に生き残ったが故、今精算しているのさ』
カトリーナに会いに行く馬車の中でルカが言った言葉だ。ルカは最初からカヴァニス公爵家を滅ぼしたのが、金翼騎士団だと知っている。
ルカの言う清算とはなんだ。
思えばリュシアーナたちを襲った金翼騎士団は、破閃を使わなかった。金翼騎士団の騎士は、全員が破閃を使える。それが最強の騎士団たる所以だ。
(……もし、ルカの言う清算が、破閃の継承を止めることだとすれば?)
ルカの意思一つで、破閃がこの国から失われるのだろうか。
ルカはリュシアーナを皇帝にするだけではない。何か別の企みがある。破閃を失わせるには条件があり、それを徐々に満たしていっているのではないだろうか。
ぞくりとリュシアーナに悪寒が走った。
「今の若手の騎士で、破閃を使用できる者はほとんどいないことを考えると……」
「近いうちに破閃がこの国から消えると? そんなことがあり得るのか?」
後を引き取ったエヴァリストが疑問を呈す。その言葉にリュシアーナは閃いた。
「……実際にそうでしょう。カヴァニス公爵家の壊滅に関係する者たち責任を問うべきです」
話の流れを変えると、二人の皇子が怪訝な顔をした。
「エヴァリスト様、金翼騎士団の襲撃について皇帝陛下はなんと?」
「何かの間違いだと。ベルティ辺境伯領の残党を追っていた金翼騎士団がそんなことをするはずがないと言っていた」
「皇帝陛下の目を覚させるべきですね。おそらくカヴァニス公爵家を滅ぼしたのは、金翼騎士団です。その証拠に破閃が使えなくなった騎士が所属してますから」
リュシアーナの言葉に皇子二人が顔を見合わせた。皇帝の懐刀でもある金翼騎士団を糾弾するのは並大抵のことではない。
その場にいる騎士たちも風向きが変わったのを感じ取り、息を呑む。
「金翼騎士団を皇帝陛下を救い出せるのは、皇子殿下方しかおりません。証拠を集め、カヴァニス公爵家虐殺の責をとらせるべきでしょう」
リュシアーナは金翼騎士団だけが敵だとは、思っていない。元凶は、皇帝だ。
それを隠して、リュシアーナが耳障りの良いことを言えば、エヴァリストもラウルも頷いた。
騎士団を失った皇帝が弱気になり、後継者を定めるかもしれない。二人がそう皮算用しているのがわかる。
「確かに由々しき事態だな。証拠を集めるのも構わん。だが、金翼騎士団相手にこいつの抜け駆けを心配するのは面倒だ」
ラウルがエヴァリストを揶揄する。後継者を指定するなら、互いが邪魔になる。そこまで考えが及んだのだろう。
「それはこちらも同じだ。私たちが手柄をあげそうになると、台無しにするつもりだろう」
歪み合う皇子たちを見て、リュシアーナは提案する。
「――それでは、互いに裏切らない保証を持つのは、どうでしょうか?」
「「保証?」」
「はい。例えば、皇位委任状を作成し、お互いに交換するのです。それさえあれば、裏切られても相手の皇位継承権を無効にできますわ」
これがリュシアーナの狙いだ。
皇帝の排除は最初からルカが動いている。それなら、リュシアーナは、当初から言われていた通り、三人の皇子の委任状を得ればいい。
思案する二人を見て、リュシアーナはにこりと微笑んだ。




