67、もう一つの石室
十五で婚約して、十八で結婚した。それから四年、金翼騎士団に襲撃から生き残り、七年前の真相に気づいた。
リュシアーナは、第二騎士のリシャルと共にルカが用意した馬に乗り、皇子宮に帰還していた。
ルカのことは、リシャルに口止めしている。彼は腑に落ちない顔をしていたので、落ち着いたら必ず説明すると言い置いていた。
出迎えてくれるのは騎士や使用人ばかりで、エヴァリストの姿は見えない。
「姉上!」
ステファンが駆け寄ってきた。
「エヴァリスト様は?」
「皇帝陛下に直訴すると……。姉上、金翼騎士団から襲撃されたと聞きましたが、お怪我はありませんか?」
「大丈夫よ」
エヴァリストは、皇帝に会いに行ったようだ。とはいえ、無駄だろう。もともと賊に扮していたのだ。知らぬふりをするだけだ。
それにルカの配下である狼の魔物が乱入したのだ。魔物のせいで錯乱したと言われるのが落ちだ。
「よかったです。すぐに休んでください」
ステファンはまだ事情を知りたそうだったが、リュシアーナを休ませようとしてくれた。リュシアーナは、後をリシャルに任せて、私室に向かった。泥だらけのドレスを脱いで、体を拭く。
そして、リュシアーナはようやく腰を落ち着けた。
ここにくるまで、考えないようにしていたこと。それが、一気に頭を駆け巡る。
金翼騎士団に襲われたリュシアーナにルカは言った。
『うちが喰らった手だもん』
カヴァニス公爵家は、金翼騎士団に滅ぼされた。そう考えると、全てに納得がいく。
カタリーナの記録にあったようにサガン・レスター伯爵は、壊滅したその場に居合わせていた。自分たちが手にかけたからだ。
カヴァニス公爵家を滅ぼした賊をまともに調査しなかったのは、自分たちの仕業だから。
そして、まともに調査しないことに当時、誰も口を出さなかったのは、それが……皇帝の命令だと気づいていたからではないだろうか。
(なんてことを…………)
リュシアーナは頭を抱えた。
カヴァニス公爵家はなくてはならない存在だ。カヴァニス公爵がいなければ、侵略ばかりの皇帝では内政が行き届かない。
現にまともな貴族はどんどん没落し、奸臣が蔓延っている。領地に金が回らず、辺境ほど貧しさが増していた。
「どうして……カヴァニス公爵を?」
カヴァニス公爵は、皇弟ではあるが、歳は離れていて、騎士団も持たなかった。皇位継承権を放棄して、カヴァニス公爵家に婿入りしていた。わかりやすく、現皇帝の敵ではないことを示している。
それにもともとカヴァニス公爵家自体は、政治と距離をとってきた。
それなのになぜ、なんの落ち度もない彼らを一族郎党、滅ぼしたのだ。
「そりゃあ、自分より優秀な弟が気に入らなかったからに決まってるだろ。古参貴族や国外じゃ有名だったしな」
リュシアーナは、のろのろと頭を上げた。ルカが向かいに座っている。
「……ルカ」
そんなもの、理由になってない。一国を治める為政者が、そんなくだらない嫉妬で国を傾けるなど、馬鹿げている。
「あ、エヴァリストのやつ、こっぴどく叱られて追い返されたってさ。そろそろ帰ってくるだろう」
ルカが立ち上がる。どうしてルカは平然としているのだ。一番の被害者は、ルカなのに。
引き止めようと手を伸ばしたリュシアーナにルカは、へらりと笑った。
「またな」
それだけ言うと、ルカは消えた。リュシアーナは、頭も心もぐちゃぐちゃだった。それ以上考える気にはなれず、寝台に体を投げ出す。
だが、思考は止まらない。
(どうして……どうして、そんなことができるの?)
皇帝とは、なんだっただろうか。リュシアーナの価値観が変になりそうだ。次々と疑問が溢れてくる。
リュシアーナはそのまま三日間、私室に篭っていたのだった。
――――――
――同じ頃、ブラド山岳地帯。
「なんだ、これは?」
体調不良者を出しながら、古びた地図にしたがって、第二皇子のラウルは、石室の近辺を探索していた。
そして、今しがた、もう一つの石室を発見した。最奥に位置するその石室には、壁、天井、床、見渡す限りの絵で埋め尽くされていた。
一目見ただけで、かなりの時を超えてきた代物だとわかった。
奥の壁には、大きな蛇が描かれている。その胴体に蛇目の人らしき者が、何人もいて、それぞれが武器を持っている。
その蛇目の人々の一部が、左の壁にもはみ出していた。左の壁には、墓らしきものがいくつも描かれている。鎧を纏っている蛇目の人々は、その墓を守っているようだった。
反対の右側を見れば、塔がいくつも立っていて、赤毛の女性らしき人が中心に描かれていた。塔の下には、獣のようなものが蠢いていて明らかに不気味だ。
見上げれば、天井には、大きな竜が描かれていた。胴の長い竜だ。蛇とは違い、等間隔に翼が並んでいる。その周りに人と竜が混ざった風体の人々が描かれていた。
「おい、床を掃除しろ」
ラウルは、土と埃に塗れた床が気になって命じた。床にも何かが描かれているのだが、よく見えない。
騎士たちが靴や布を使って、土を払い始める。
その間にラウルは、部屋の真ん中から、入り口側の壁を見た。
そこには右側の壁よりも不気味なものが描かれていた。一人の男を中心にいくつもの額縁があり、その額縁には、醜怪な化け物がいたのだ。中には、額縁の中から這い出してきている物もある。
ラウルには何を示すのかわからない。だが、どうにも胸騒ぎがしたのだ。自分が、知るべき物ではない物を見てしまったようなそんな感覚だ。
そんな感覚をねじ伏せて、ラウルはようやく見られるようになった床を眺めた。
この床にも奥の壁から、蛇目の人々がはみ出してきている。剣のような物を持った蛇目の人々は、王冠を被った男を守っているようだった。
王冠の男の近くにいる人々も剣をとっている。そして、その人々は、蛇以外の壁に向かって剣を向けていた。
「殿下、模写しましょうか」
第三騎士の申し出にラウルは頷いた。
意味するところはわからない。だが、妙に知識を持っている第一皇子妃を思い出したのだ。
ラウルは先に出ようと足を動かした。その時、ふと目に入った。
床にいる王冠の男。そのすぐ近くにいる蛇目の人が持っている剣が、十字架のような形をしていた。
それは、父である皇帝が持っている宝剣のようだった。
ラウルが魅入られたようにじっと宝剣を見つめていると、騎士たちが騒ぎ始めた。
「何事だ?」
「殿下! 壁の一部が……」
第三騎士が指差す方を見れば、脆くなっていた一部の壁が崩れている。そして、その崩れた先にまだ発見していない道を見つけたのだ。
石室よりも風通りが良いその道は、石畳でできている。そして……幾つもの足跡が残っていた。
まるでつい最近まで人の出入りがあったかのような――。




