65、賊の襲撃
十五で婚約して、十八で結婚した。それから四年、ブラド山岳地帯からの帰路にて、暗雲が立ち込めている。
金翼騎士団の小隊は、白狼騎士団の野営で一夜を過ごしていた。
朝方、馬車で寝泊まりしたリュシアーナに気づいて、彼らはぎょっとした顔をしていた。第一皇子が妃を連れ歩くとは思っていなかったのだろう。
人生初の野営だったが、リュシアーナは眠れなかったにもかかわらず、調子が良い。気が高ぶっているせいだろうか。
(帝都に戻ったら、一気に体調を崩しそうだわ……)
べたつく髪を一つにまとめて、リュシアーナは最低限の身支度を済ませた。
朝の早い時間だったが、馬車はすぐに帝都に向かって出発している。この調子で進めば、日が落ちる前には着くかもしれない。
金翼騎士団も途中まで同行するようだった。彼らは、白狼騎士団の後ろからついてきている。
馬車の中は、昨日に引き続き重苦しい空気が流れていた。リュシアーナは、外の景色を見ながら、頭を整理する。
(ルカの言う通り、これはクラリーサが仕組んだとして、彼女は何をしようとしているの?)
クラリーサが、シェリル経由で第二皇子に建国初期に描かれたとされる古びた地図を渡した。しかも、その地図は、宝剣の在処を示す地図だと言って、だ。
第二皇子は、当然、宝剣に惹かれて探しにやってくる。ただ、脳筋の彼では探せない。そうこうしているうちに第一皇子が嗅ぎつけた。第一皇子も宝剣探しに乗り出した。
――ここまでの流れは簡単に予想できる。
他にもクラリーサは、金翼騎士団のサガン・レスター伯爵が、妨害してくることも予想していた。
(なぜ……サガン・レスターが出てくることがわかったの?)
リュシアーナが、クラリーサの姉のカトリーナに辿り着くことも予想済みなのだろう。
(いえ、なぜ最初からサガン・レスターに目をつけていたの?)
そして、カトリーナは、クラリーサの助言で、元夫であるサガン・レスターの言動を記録していた。
その言動の記録をリュシアーナが手に入れること。それだけのためにクラリーサはこの一件を仕組んだのではないだろうか。
宝剣の噂に意味はなく、クラリーサとしては、カヴァニス公爵家関連、特に六年前の壊滅に関わることなら、なんでもよかったのではないだろうか。リュシアーナが、サガン・レスターに目をつけさえすれば……。
六年前、カヴァニス公爵家が壊滅した。その調査を担当したのは、金翼騎士団だった。だが、サガン・レスターの記録を見るに、壊滅したその現場に居合わせた節がある。
そして、シュリヤ・フォルカの遺体の付近には、金翼騎士団の胸章が落ちていた。
――そして、もう一つ、人骨も落ちていた。
近くの石室には、墓のようなものがあった。なら、なぜすぐそこにあった人骨は、そのまま放置されていたのか。
あと少しで、何かが分かりそうな時、ガタン!と大きく馬車が揺れた。リュシアーナは側面に手をつく。
「何があった?」
エヴァリストが言った。
「確認してきます」
すぐにリシャルが馬車を降りる。それと同時に聞こえた。
「――敵襲!!」
次いで、馬が嘶き、剣がぶつかり合う音が聞こえてきた。
(ありえない。帝都の近くで、第一皇子の紋章付きの馬車に襲撃なんて……!)
カヴァニス公爵家を襲った賊の可能性が脳裏に過ぎる。
「出ないでください!」
リシャルが叫んで、外から扉を閉めた。そして、騎士たちの戦う声が聞こえる。馬車の周りには、白狼の騎士たちが守りを固めていた。
賊の姿も見えた。誰もが黒い外套を着ていて、素性がわからない。ただ、纏う雰囲気は、山賊やならず者には見えなかった。
――誰かの断末魔が響き渡る。
窓に赤い飛沫が飛んだ。白狼の騎士の一人が、賊の剣で胸を貫かれていた。
瞬時にリュシアーナは、確信した。
白狼騎士団の騎士は、破閃こそ使えないとはいえ、選りすぐりの精鋭だ。その騎士が、賊の凶刃に倒れた。ただの賊ではない。
(六年前の賊だとでもいうの? でも、なぜ今になって?)
リュシアーナは、賊の中に弓を扱う者がいないことを確認して、外に出た。座席の下から、宝剣を取り出してその手に握る。普通の剣よりも遥かに軽かった。
「バウス卿! 数は!?」
声を張り上げる。
「およそ二十です!」
白狼騎士団の騎士は、三十人。エヴァリストとリュシアーナを入れて、三十二人だ。そして、後方には、金翼騎士団の騎士が五人いる。数は優っているのだ。
リュシアーナが、金翼騎士団の加勢を期待して、後方に目を向けた時だ。
「危ない!」
リュシアーナの視界が、リシャルの背中で埋まった。そして、彼はそのまま後ろに倒れてくる。
「なぜだっ」
リュシアーナが支えると、リシャルはたたら踏んで持ち堪えた。
リシャルの右肩が赤く染まっていて、彼の前には金翼騎士団の騎士がいる。騎士は大きく剣を振りかぶった。
リュシアーナは、即座にリシャルを利用した死角から、剣を突き出す。
――人体を貫く嫌な感触が伝ってきた。
(実戦経験、なかったのに……)
白光した剣は、防ごうとしたその剣ごと騎士を貫いていた。
他の金翼の騎士たちに動揺が走る。
「エヴァリスト様、金翼騎士団が裏切りました。賊もすべて金翼騎士団でしょう」
「はっ!?」
ただ馬車の中で剣を抜いていたエヴァリストは、驚いた声をあげている。
「強行突破します! 馬車を降りて騎馬に乗り換えてください!」
リュシアーナが他の騎士にも聞こえるよう叫ぶ。
幸いにも馬に乗っているのは、後方にいた金翼騎士団の四人だけだ。
リュシアーナはぐいっと引き寄せられたと思うと、馬上にいた。リシャルがリュシアーナを抱えて、馬に乗ったのだ。
「手綱を!」
リシャルの負傷した右腕はだらりと垂れ下がっていた。リュシアーナが片手で手綱を握る。
「殿下をお守りして、帝都に向かえ!!」
リシャルが騎士たちに指示を出した。
「なぜだ!? まさか宝剣を横取りしようと!?」
エヴァリストが混乱して、しきりに後方の金翼騎士団を気にする。リュシアーナの破閃に動揺していた彼らだが、すぐに建て直した。守りを固める白狼騎士団に襲いかかる。
(正体はばれているのになぜ破閃を使わないの?)
エヴァリストが馬に乗った。彼を中心に白狼騎士団が移動を始める。
人の足では追いつけないだろう。そう思ったのだが、甘かった。
馬が次々と泡を吹いて倒れたのだ。リュシアーナは、落馬したものの、リシャルのおかげで地面に打ち付けられることだけは免れる。
(休憩の時に、馬に毒でも盛ったのね)
どくりと心臓が嫌な音を立てる。詰みだ……。
いくら白狼騎士団が格上でも、金翼騎士団はさらにその上を行く。落馬して動けない騎士を賊が斬っていた。どんどん賊の勢いが増している。
馬もなく、ほぼ同数であれば勝ち目はない。
「ルベリオ! 魔法だ! 逃げるぞ!」
エヴァリストが叫んでいるのが聞こえた。ルベリオの召喚魔法を使うのだろう。それを使えば、確かに助かるだろう。
ただ、ルベリオの魔力量では全員運べないのは知っていた。せいぜいルベリオ自身とエヴァリストくらいだろう。
(逃げるのならそれでいいわ。誰か一人でも、他の騎士を生き残らせる方に全力を注ぎましょう)
エヴァリストをいない者と扱い、リュシアーナが声を張り上げる。
「白狼、」
「シャンナ卿! 妃殿下もお連れください!」
リュシアーナが指示しようとした言葉は、リシャルの声に掻き消された。そして、彼はルベリオの方にリュシアーナを押しやった。
ルベリオが、リュシアーナに手を伸ばす。
「馬鹿か! 距離が出ないだろう!」
その手は、エヴァリストがはたき落とした。
(そうでしょうね)
リュシアーナは、踏みとどまり、剣に力を込める。リュシアーナに応えるように白光が増した。
「――白狼騎士団よ! 馬車を背に目の前の敵だけに集中なさい」
賊も金翼騎士団も、破閃に怯む。自身が使用できるゆえにその脅威は無視できないらしい。
リュシアーナがもう一度振り返ると、エヴァリストとルベリオが消えていた。
白狼騎士団たちが、消えた主に動揺しつつも、固まって馬車を背にし始める。
「――第一皇子は逃げましたわ。どうなさるおつもりかしら?」
リュシアーナは、にこりと笑って、前に出る。そして、白光の剣を突きつけたのだった。




