7、旧友との再会
十五で婚約して、十八で結婚した。それから三年、旧友たちと再会する。
リュシアーナは、比較的会いやすい友人を二人、お茶会に招待していた。温室で行う小さなお茶会だ。
彼女たちとは、定期的に会ってはいたが、込み入った話をすることはなかった。ましてや、皇帝になろうとしているなんて、言ったこともない。
一人は、ブリジッタ・ピオヴァーニ伯爵夫人。ブリジッタの夫は、白狼騎士団の第一騎士である。
そして、もう一人は、第二皇子妃のシェリルだ。夫同士はいがみ合っているものの、妃同士の交流は禁じられていない。妃に何かできると思われていないからだ。
二人ともカヴァニス公爵家で行われていた青薔薇会の参加者でもある。
ブリジッタは、薬学に精通している。シェリルには商才があり、実家のバレージ伯爵家を通して、自分の商会を持っていた。
二人は、時間通りに温室にやってきた。
「――久しぶりね」
いつもなら畏って挨拶するところだが、リュシアーナは、あえて昔のように話しかけた。
「ええ、本当に」
ブリジッタはそう言って、席につく。
ブリジッタは、少し陰のある理知的な美人である。彼女の黒髪は、少しだけ緑がかっていて、自身で試作した染髪料の影響がまだ残っている。
「やっとやる気になったの?」
同じく席についたシェリルは、遠慮なく口を開く。
豊かな栗毛が美しい彼女は、昔から気が強い。実家のバレージ伯爵家の名を借りて、商会を経営している女傑でもある。
「待っていたのかしら?」
リュシアーナがそう軽く言うと、二人は同時に頷いた。
「…………そう」
当然のように肯定されて、リュシアーナは戸惑う。リュシアーナの何に期待しているのか、わからなかったからだ。
「気の抜けた返事ね」
「戸惑うのもよくわかるわ。決意するにはあまりにも大きなことだもの」
呆れ顔のシェリルとは裏腹にブリジッタは共感を示す。
「決意したのは、ほんの少し前のことで……まだ何も準備はできていないの」
リュシアーナは少し恥じながら、告白した。決意して数日で、ルカに言いふらされたのだ。
「ルカに言うからでしょ。あの子の悪戯は今に始まったことじゃないもの」
「そうねぇ。ルカに言ってしまったら、だめね」
この二人もルカの先生だった。リュシアーナは歴史と政治だが、シェリルは商学を、ブリジッタは薬学を教えていたのだ。
「……今のわたくしには準備するにしても情報が足りないの。なにか、エヴァリストについて知っていることはないかしら」
リュシアーナは、強引に話題を変えた。
「第一皇子殿下についてだと……私の夫がチェスティ王国の侵攻に参加しているわ」
先に話したのは、ブリジッタだ。
彼女の夫は、白狼騎士団の第一騎士レアンドロ・ピオヴァーニだ。第一騎士がエヴァリストと共にチェスティ王国に向かったのは、リュシアーナも見ている。
「その侵攻について何か言っていた?」
「チェスティ王国なんて狙うだけ無駄って言ってみたの。そしたら、今回はうまくいくと、答えていたわ」
今回の遠征先が、チェスティ王国なのは確かなようだ。
ブリジッタと第一騎士は、幼馴染である。だからか、多少踏み込んだ会話もできるようだ。
「うまくいく?」
「ええ。不落の砦を制圧する策があるのでしょうね」
しかし、ブリジッタは、具体的な策までは聞いていないようだ。
「策ねぇ。わたしは、白狼騎士団の第三騎士が、青剣騎士団に貸し出されたってことを聞いたわ」
今度は、シェリルが情報をくれる。
確かに第三騎士は、エヴァリストと共に行かず、離宮に残っていた。だが、まさか第三皇子の青剣騎士団に貸し出されているとは思っていなかった。
シェリルはさらに続ける。
「その上で、白狼騎士団の遠征とほぼ同時期に青剣騎士団も遠征に行くと聞いたわ」
エヴァリストは、表向きは弟を目にかけているが、裏では排除しようとしている。第三騎士の貸し出しもその排除の一環だろうか。
「青剣騎士団の遠征が、策に関係あるということかしら?」
リュシアーナの問いにシェリルは首を横に振った。
「青剣は、ベスタ地方に出現した魔物の調査と討伐に行くみたい。それ以上は知らないわ」
シェリルの夫である第二皇子に集まる情報では、チェスティ王国侵攻の秘策はわからないようだ。それだけエヴァリストが秘密裏に進めているのだろう。
ベスタ地方は、帝都から見て北西に位置する。方角は似ているが、北のチェスティ王国とは、何かするには距離がありすぎるのだ。
(何を企んでいるの?)
リュシアーナは口元に手を当てて考え込む。
「青剣騎士団のことなら、ルカに聞くのが手っ取り早いでしょうよ」
シェリルの言葉にリュシアーナは頷いた。確かにそうだ。
「あら? それはどうして?」
それをブリジッタが不思議そうに問い返す。彼女はルカの近況を知らないようだ。
「ルカは青剣騎士団の第一騎士になったのよ。ちゃっかりしてるわ」
「まぁ、頑張っているのね」
呆れを含んだシェリルとは対照的にブリジッタは小さく微笑んでいる。
「今度は、膝枕でもしてあげましょう」
さらにブリジッタはそんなことまで言う始末だ。リュシアーナとシェリルの視線が、ブリジッタに集中する。
「そういえば、この前、わたくしは腰を抱かれたのだけど……」
ルカは勝手にベッドにまであがってくるが、リュシアーナはそれを許した覚えはない。まさか、二人にも同じようなことをしているのだろうか。
「……わたしのところでは、侍女を勝手に口説いていたわ。耳が腐りそうなほど甘ったるい言葉でね」
横を向くと、苦虫を噛み潰したような表情のシェリルと目が合った。
「「…………」」
(なぜそんな女たらしに……?)
ルカの純粋で好奇心旺盛な幼少期を知っているだけに複雑な気持ちになる。
「そうなのね。でも、頑張っているからいいじゃない」
無言になるリュシアーナとシェリルだが、ブリジッタだけは微笑んでいた。
「ブリジッタは、甘やかし……」
ブリジッタの認識がずれていると、指摘しようとした時だ。リュシアーナは、温室の扉が開く音をとらえて、言葉を切る。
入り口に目を向けると、侍女のランが小走りにこちらに駆けてくるのが見えた。ランは少し息を切らせながら、三人の前で頭を下げる。
「ご歓談中失礼いたします。側妃のエステル様がいらっしゃいました。もうまもなくこちらに……」
ランの言葉にリュシアーナは、眉を寄せた。そんな予定は全く聞いていない。
皇帝の妃の一人であるエステルは、エヴァリストの母親だ。側妃は、普段は後宮にいるが、息子の離宮に限り、外出が許されている。
これまで事前に知らせることなく離宮にやってきたことはない。
(……エヴァリストが愛人を迎えるからかしら)
少し前にエヴァリストが、自身の愛人候補を母親であるエステルに相談したと聞いたばかりだ。それを思い出して、憂鬱な気分になる。
「シェリル、ブリジッタ……今日はわたくしが招待しておきながら申し訳ないわ。また後日、別の席を設けさせて」
「構わないわよ」
リュシアーナが謝罪すると、シェリルはあっさりと席を立つ。
「あら……もういらっしゃったようよ。せっかくだし、四人でどう?」
ブリジッタは、温室の入り口に目を向けながら、立ち上がる。そこには、人影が見えていた。
「わたしはどちらでも構わないわ」
「二人ともありがとう」
シェリルがそう言ってくれたので、リュシアーナも出迎えようと立ち上がった。
そうして、温室にエステルが入ってくる。
エステルは、エヴァリストと同じく金髪に青い目をした美しい顔立ちの妃だ。豪奢な赤いドレスに身を包み、金の飾りがついた扇子で口元を隠すようにして歩いてくる。
ただその眉根は寄せられていて、険しい表情であることが察せられた。




