表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/114

64、気まずい馬車


十五で婚約して、十八で結婚した。それから四年、夫との関係に取り返しがつかない亀裂が入っていた。



翌朝の馬車の空気は、最悪だった。


エヴァリストはあからさまに不機嫌で、同乗している騎士二人が気まずそうな顔をしている。


「私はもう少し調査して帰るが……。エヴァリスト、手柄を独り占めしようとは考えないことだ。昨夜のうちに伝令を送ってるからすぐにばれるぞ」


第二皇子のラウルが、馬車の中にいるエヴァリストに向かって言った。昨日見つけた宝剣は、座席の下に保管されている。


「わかっている」


エヴァリストは、不機嫌な表情のまま答えた。


「ふんっ、女に断られたくらいで辛気臭い顔だな」


「なっ!?」


だが、このラウルの言葉にエヴァリストは目を剥いた。


「あれほど大声で叫んでいれば嫌でも聞こえる」


リュシアーナがエヴァリストを袖にしたことは、宿全体に広まっているようだ。部屋の扉を開けたまま話したのが不味かったか。


「おまえには関係ないだろう!」


いきり立つエヴァリストを鼻で笑って、ラウルはリュシアーナを見た。


「第一皇子妃、昨日はいい働きだった。こいつに捨てられたら、私が拾ってやるぞ」


どちらも嬉しくない。リュシアーナは、微笑み返すだけに留める。


ラウルは馬車の中の空気をさらに悪くして去って行った。


「……なぜ断らない?」


ゆっくりと動き出した馬車の中で、エヴァリストが、リュシアーナを睨む。


リュシアーナはこんな狭い馬車の中で、口論する気はない。巻き込まれる第二騎士と第三騎士が不憫だろう。


「君は、私の妃だろう!」


だが、エヴァリストはつっかかってくる。


「はい、欠陥品の妃ですわね」


リュシアーナは面倒になって、それだけ言い返した。同乗するルベリオとリシャルが、身じろいだ。


「それはっ……実際にそうだろう。君がいつまで経っても子を産めないから……! だが、私は捨てる気はないと言っているんだ。なのになぜ拒む!?」


「おそらく、エヴァリスト様には理解できない理由です」


無能の子どもなど、誰が欲しがるものか。


「なんだとっ」


「わたくしの処遇は好きに決めて構いませんので、話は皇子宮に戻ってからにしませんか?」


そう提案すると、エヴァリストは、気まずそうなリシャルとルベリオに気づいたようだ。みるみる威勢が萎んでいく。


(お父様になんて言おうかしら)


夜を拒んだら、離婚されそう。父なら面白がって、出戻りを許しそうではある。


だが、問題は、出戻ったリュシアーナとは誰も交流は持とうとはしないだろう。貴族との繋がりがなくなる。


クラリーサやシェリルが、今回の宝剣にどれだけ絡んでいたのか、それは確かめないといけない。


「あの……恐れ入りますが、妃殿下は魔法使いの知人がいますか?」


躊躇いがちにルベリオが、リュシアーナに尋ねた。


「何を聞いてるんだ」


エヴァリストが不機嫌そうに言う。


「あの魔力の濃い空間でも妃殿下は最後まで平然としていました。魔力への耐性が高い証拠です。もし知り合いの魔法使いがあるのなら、騎士団に引き込む価値はあります」


ルベリオの問いをリシャルが補足した。魔法使いが近くにいると、魔力に慣れて免疫がつくこともあるのだと、ルベリオが言っていたことを思い出す。


昨日足を踏み入れた坑道の中は濃い魔力に侵されていたと、ルベリオは言う。だが、たしかにリュシアーナが気分が悪くなることはなかった。


帰り道、何人もの騎士たちが、青い顔をしていたのを思い出す。


「婚姻前に青薔薇会に通っていたからでしょう。そこで、二人の魔法使いに歴史を教えていました」


リュシアーナは、思い出す。カヴァニス公爵家の双子を。双子は二人とも白髪の魔法使いだった。


「ただ、エンリケ・カヴァニスとルドヴィカ・カヴァニス。その二人はすでに亡くなっています」


「そうだったのですか。不躾なことをお聞きしてすみません」


引き下がるルベリオとリシャルにリュシアーナは微笑んでおく。


まだ、ルカが生きている。そのことは、絶対に知られてはならない――。



多少の空気の悪さに目を瞑ると、馬車は順調に帝都へと向かっていた。帝都までは、二日かかる。日が落ちると、白狼騎士団は、野営することになった。


少し寄り道をすれば、宿はあるのだが、宝剣という貴重な物を持っているからと、野営を選んだらしい。


(わたくしに断られたことを思い出すから……ではないといいのだけれど)


そうだとしたら、あまりにも器が小さいなと、離れたところにいるエヴァリストを見て思った。


「妃殿下、何かご不便はありませんか?」


扉を開けたままにした馬車の中にいたリュシアーナをリシャルが気遣う。


急な出発だったため、侍女は置いてきた。身の回りを世話してくれる者がいないため、不便なのはそうなのだが、一日くらい我慢すればいい。


「ありがとうございます。大丈夫ですわ」


リュシアーナは笑みを浮かべて、答えた。リシャルは、そのまま下がっていくかと思ったが、まだ少し言葉に悩んでいるようだった。


「昨夜は迷惑をかけてしまいましたわ。ですが、わたくしとエヴァリスト様の問題ですから、お気になさらぬよう」


丸一日、馬車で気まずい思いをしたのだ。リシャルやルベリオにとっては、いい迷惑だったことだろう。


「いえ……私は妃殿下が心配です。妃殿下がいなければ、宝剣を探し出すことなど到底無理でした。領地も妃殿下がいるからこそ安定した収益を得られています。ですが、それを殿下はわかっておられない……」


リシャルは、ボナート公爵のおかげと思うのではなく、ちゃんとリュシアーナ自身を見ているようだった。


思えば、彼は最初からリュシアーナ自身を気にかけてくれていた。冷たい容貌からは見えないが、温かい人だ。


「そんなことを言ってはいけませんわ。バウス卿は、エヴァリスト様の騎士なのですから」


妃でありながら、最初から子を儲ける義務を放棄している。そんなリュシアーナに言えた義理ではないが、リシャルを諌めた。


「……ですが、殿下が妃殿下を手放せば、白狼騎士団は力を失うことでしょう」


「それは買い被り過ぎですわ」


そこまでリュシアーナの力を買っていたのかと、嬉しく思う。青薔薇会以外から、こんな風に能力を評価されたことはなかった。


その時だ。騎士たちがざわめく声が聞こえてきた。


何事かと思って、視線を移す。すると、篝火の向こうに大鷲の胸章がきらめくのが見えた。


リュシアーナは、立ち上がり、馬車の外に出る。近寄って見てみると、金翼騎士団の騎士がいた。


騎士の数は、六人。小隊のようだった。その内の一人が、すぐに離れていく。


「何事だ?」


リシャルが近くの白狼の騎士に問う。


「任務中の金翼騎士団が、立ち寄ったようです。なんでもこの付近に現れる賊が、ベルティ辺境伯の残党かもしれないようで……」


騎士の返答にどくりとリュシアーナの心臓が脈打つ。


(こんな、帝都の近くに賊……)


リュシアーナの背後には、ブラド山岳地帯がある。リュシアーナは胸騒ぎがして、ひっそりと拳を握りしめた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ