63、決裂
十五で婚約して、十八で結婚した。それから四年、カヴァニス公爵家の宝剣を探し出すことができた。
第一皇子の白狼騎士団と、第二皇子の赤星騎士団は、カヴァニス公爵家の宝剣を見つけてから、すぐに引き返した。
外に出た頃には、日が暮れていた。そのため、急遽、麓の宿に泊まることなった。
宿に着いて気づいたのだが、リュシアーナのドレスの裾は真っ黒、髪もところどころほつれていて、皇子宮なら考えられない姿だ。
リュシアーナは道中ずっと握りしめていた胸章を鏡台の上に置いた。胸章の裏には名前が入っているはずだ。今は泥だらけだが、それがわかれば、誰の持ち物かはっきりする。
リュシアーナは手巾に包んで、持ち物の奥底に隠した。
宿の従業員の女性に頼んで着替えを手伝ってもらい、リュシアーナはベッドに腰掛けた。
その瞬間、どっと疲れが押し寄せてくる。瞼が重くなり、横になろうとリュシアーナが体勢を変えた時だ。
「リュシー」
扉がノックされて、エヴァリストの声がした。
リュシアーナは、眠気を堪えて、扉を開ける。
「……どうかなさいましたか」
「少し話をしたいと思ってね」
エヴァリストは、湯を使ったのか。髪が少し濡れていた。
「どうぞ」
リュシアーナは微笑んで、中に招き入れる。
用件は知らないが、大したことじゃないだろう。早く終わらせて寝ようと、リュシアーナは笑みを作る。
エヴァリストは、部屋に入るなり、リュシアーナの腰を抱いてベッドに腰掛けた。
「本当に宝剣を見つかるとはね。ラウルと一緒だったのは気に入らないが、また一つ皇帝に近づいた」
「おめでとうございます」
感想が言いたかったのか。
「今回は君に色々と動いてもらった。それで……」
リュシアーナは、眠気を堪えて、相槌を打つ。
「君は、ボナート公爵にどこまで聞いていたんだい?」
この男、未だにリュシアーナではなく、父のおかげだと思っているらしい。
「どうでしょう?」
半分眠気に侵されているのもあり、リュシアーナは適当に返事をした。
「教えてくれないか? 公爵の情報があれば、もっと皇帝に近づけると思うんだ。それは君も望むところだろう?」
エヴァリストが、リュシアーナの顔を覗き込んで、懇願する。
「どうでしょうか」
「リュシー、君だって、皇后になりたいだろう? 父上と違って私は、正式に皇后を置くつもりだ」
皇帝には、皇后がいない。何人もの側妃はいるが、決して皇后にしようとはしなかった。
エヴァリストは、穏やかな声音だが、有無を言わさない雰囲気を纏っていた。
「……そうだ、皇后に近づく君に褒美をあげよう」
この台詞の意味が分からず、リュシアーナは、少し眠気が散る。
だが、エヴァリストは何を思ったか、リュシアーナを押し倒した。ベッドの上に黒髪が広がる。視界には、こちらを見下ろす夫の姿。そして、足に這う手の感触……。
――褒美とは、夜を共にすることか。
一気にリュシアーナの目が醒めた。
「エヴァリスト様」
「なんだい? 私たちの子は、すぐに皇太子にすると誓うよ」
「結構です」
笑みを浮かべたまま、はっきりと言うと、エヴァリストの手が止まった。
「リュシー?」
怯んだ隙に肩を押し返す。しかし、エヴァリストは動かなかった。
「必要ないと言ったのです。聞こえませんか?」
もう一度拒否する。だが、エヴァリストは、本気で意味がわからないといった顔をした。
「……もし君に子どもができなくても、君を蔑ろにしないと誓うよ」
話の噛み合わない苛立ち、帝都の外に出た疲れ……そういったもののせいで、リュシアーナは歯止めが効かなかった。
すっと、リュシアーナの顔から笑みが消える。
貴婦人たるもの笑顔は化粧と同じ。着飾らない貴婦人が認められないのと同じく、笑顔でない者は、貴婦人ではない。
エヴァリストの目に映るリュシアーナは、ひどく冷めた目だった。
「ずいぶんと都合が良いですね。別の女を受け入れようとしておきながら。あなたの言う蔑ろにしないとは、わたくしを尊重することではなく、離婚しないだけのようですね」
無防備な脇を軽く蹴って、リュシアーナはエヴァリストを避ける。
「そして、それを感謝しろとでも?」
リュシアーナは起き上がった。
「い、いや、そういうつもりでは……」
気圧されるエヴァリストにリュシアーナは、ふっと笑う。嘲笑だ。
「そういうつもり以外の解釈は存在しません。もしや、頭が弱くていらっしゃる?」
リュシアーナは立ち上がると、部屋の扉を開けた。呆然とするエヴァリストを見ながら、その手を外に向ける。
「お帰りを。疲れておりますので」
冷たい声に、エヴァリストがようやく動き出す。顔を真っ赤にして、声を荒げた。
「……っ、私に向かって、なんて態度だ!!」
「望みもしない褒美を受けたくないだけですが」
「なっ!?」
淡々と言い返すと、エヴァリストが絶句する。
怒鳴られたくらいで、リュシアーナは何も揺らがない。ただ頭のどこかで完全に決裂したと、冷静に思う。
「そもそもあなたは、わたくしを子を産めぬ欠陥品と蔑んでいましたね。そんな女に断られたことが気に障りますか?」
エヴァリストの心情を見透かすと、彼は無意味に口を開け閉めした。
「……リュシー、リュシアーナ・ボナート! 私の寵愛がない妃がどれほど不憫か、わからないのかっ」
「あなたの寵愛に魅力なんてありません。早く出ていってください」
即答で切り捨てれば、拳を握りしめたエヴァリストが、足音を大きくたてて外に出ていった。
これで、仮面夫婦も終わりだ。
リュシアーナは扉を閉めて、鍵をかけた。




