62、建国初期
十五で婚約して、十八で結婚した。それから四年、第二皇子と協力して、カヴァニス公爵家の宝剣を探していた。
奇妙だと、リュシアーナは思う。一行は、ルカが書き起こさなかった空白地帯に向かっていた。
「リュシー、説明してくれ」
馬車では向かえず、エヴァリストの馬に同乗することになったリュシアーナは、若干の身の危険を感じていた。後ろにいるエヴァリストに不信感しかない。
「エヴァリスト様はお分かりにならなかったのですか?」
リュシアーナはにこりと微笑んだ。エヴァリストは素直にわからないとは言えず、苦い顔をする。
「わからんぞ。説明しろ」
代わりのように第二皇子のラウルが馬を並べてきた。
「第二皇子殿下が手に入れた地図は、建国初期の非常に貴重なものだと思われます。ただ、宝剣には関係のない地図かと」
「それなら、なんの地図だ?」
否定することなく、ラウルは疑問をぶつけてくる。
「クローチェ伯爵家の祖先、ライラ・クローチェが何者かと待ち合わせする場所を示した地図です。しかし、図らずもシュリヤの遺体の場所にたどり着くための手がかりとなりました」
「デュラハンを倒した場所を探すのではないのか?」
「その場所でもあります。デュラハンを討伐した場所から、待ち合わせの目的地、シュリヤの遺体の場所は、すべて繋がっています」
「そうだったのか」
うんうんと、ラウルは頷いている。案外素直だと、リュシアーナは感じた。
「すべてが繋がっている? そんな偶然があるのかい?」
エヴァリストは、作為的なものを感じたのだろう。
「デュラハンが持っていた剣が、シュリヤのものだとしたら、繋がっていて当然かと」
「だが、ラウルの地図まで繋がっていたのだぞ」
「そう言われましても、わたくしにはそれ以上はわかりかねますわ」
それ以上を知るには、現地に向かうしかない。
そこに何があるのか。そして、それは、カヴァニス公爵家を滅ぼした賊に関係しているのか。
「殿下! ヒュドラが出ました!」
デュラハンが入っていったとされる坑道に差し掛かった時だ。赤星騎士団の騎士が声をあげた。
魔物が出たのだ。後ろにいるエヴァリストの体が固くなる。
「さっさと倒せ!」
緊張するエヴァリストとは反対にラウルが声をあげた。
そして、前方で白い光が見えた。赤星騎士団の騎士が、破閃を使ったのだ。赤星騎士団は、実力主義の一面がある。破閃が使える騎士を七人も抱えており、ラウル自身も破閃が使える。
やがて、騎士からの伝令でヒュドラが倒されたと、報告があった。騎士団の実力は、赤星騎士団の方が上だ。
(協力して良かったわ)
白狼騎士団で唯一破閃が使える第一騎士は、帝都で留守を預かっていて、この場にいない。
エヴァリストの後ろにはぴったりと第三騎士のルベリオ・シャンナが張り付いていた。
彼は魔法使いだ。召喚という、目印をつけた場所への瞬間移動を可能にする魔法を持つ。エヴァリストが危機に陥った時、いつでも脱出できるように彼がいるのだ。
坑道の中は、妙に空気が重かった。そして、魔物が多い。
赤星騎士団が先頭に立って対処しているが、騎士たちの疲労がどんどん溜まっていくのが見えた。
坑道を進んでいくと様子が変わった。
人工的な道から、自然にできたもの変わっていく。灯りがなくても、地面から生えた鉱石が、淡く光っていて、あたりを照らしていた。
(これは……普通のことなのかしら?)
頭のほとんどが、歴史書で埋め尽くされているリュシアーナの見識では、よくわからなかった。ただこの進む道には、妙な雰囲気がある。
空気は抜けているはずなのに、少し息がしづらいような感覚がした。先にいた騎士ががくんと膝をつく。魔物討伐による疲労だろうか。
「軟弱者め、放っておけ」
ラウルがその騎士を放置する。
「殿下」
はっとした様子で、ルベリオがエヴァリストに呼びかけた。
「どうした?」
「あまりここに長く留まるべきではありません。ここには、濃い魔力が充満しているようです」
「魔力?」
小声だったが、エヴァリストの前にいるリュシアーナにも聞こえた。
「魔法使いではない人間にとって、濃すぎる魔力は毒なのです。個人差はありますが、許容量を超えると、最悪死に至ります」
ルベリオの言うことはわかった。だが、なぜここに魔力が充満しているのだろうか。魔物が多いのは、その魔力が原因か。
「許容量はわかるものなのですか?」
リュシアーナは、問う。
「正確には測ることはできませんが、普段から魔法使いがそばにいて、魔力に慣れているなら、多少は大丈夫でしょう」
リュシアーナはどうだろうか。カヴァニス公爵家の双子は魔法使いだ。彼らと触れ合っていたので、耐性がある方になる。
「速度をあげましょう。ただし、気分の悪くなった騎士から、すぐに引き返すように指示してください」
魔物は多いのに、騎士の数を減らして進む。そのことにエヴァリストは難色を示した。
「第二皇子殿下! 速度をあげてください」
そこでリュシアーナは、声を張り上げた。もう間も無く、空白地帯なのだ。
「バウス卿! 脱落した騎士の取りまとめをお願いします」
そして、白狼の第二騎士にも指示する。
「リュシー、勝手に……」
「エヴァリスト様、赤星騎士団の自爆を待つようなことはしないでくださいね」
赤星騎士団だけ行かせて、濃い魔力に全滅する。そんなことを望むなと、釘を刺す。しかし、エヴァリストは物言いたげだ。
「エヴァリスト様が、皇帝になられた時、赤星騎士団は頼もしい戦力になるでしょう。そのことは考えないのですか?」
リュシアーナは思っている。リュシアーナが皇帝になった時、白狼騎士団も赤星騎士団も皆等しく、国の戦力となる人材だ。身内同士の争いで損失を出したくない。
「いや、それは……」
「今、魔物を討伐しているのは、赤星騎士団です。白狼騎士団だけなら、ここまで滞ることなく進めましたか?」
そう問うと、エヴァリストは黙った。実力の差は分かっているようだった。
リュシアーナが前を向くと、再び道の毛色が変わった。坑道とも趣きが違う。
「石道……?」
「妃殿下! ここから先はどちらへ?」
先頭が立ち止まる。赤星騎士団の第三騎士が、声をあげた。
エヴァリストが馬を進めて、先頭に並ぶ。そこは、開けた空間になっていた。壁は、ごつごつとした岩肌ではなく、明らかに人工的に研磨された石壁だ。
リュシアーナの感覚が正しければ、ここは、ルカが書き起こさなかった空白地帯の入り口だ。
「デュラハン討伐の際、赤星騎士団はここまでしか追いませんでした。青剣騎士団の第一騎士と第二騎士だけが、この先に進んで討伐したのです」
第三騎士の説明に引き返すのも納得した。開けた空間には、三つの分かれ道があったのだ。下手に深追いすると、戻れなくなりそうだ。
だが、今はその空白地帯を埋める古びた地図がある。
「真ん中です。エヴァリスト様、先頭で進んでください」
エヴァリストは躊躇っていた。今まで、最前線に立たされることがなかったのだろう。
「腰抜けめ。第一皇子妃、私の馬に移るか?」
思わぬところから、助け舟が出される。ラウルが手を差し出したのだ。
「……そうしま、」
「行けばいいのだろう!」
リュシアーナが馬を降りかけた時だ。エヴァリストが、やけになったように言った。
「エヴァリスト様、長居はできませんわ。急いでください」
「くそっ、リュシー、君は公爵令嬢だろう!」
(臆病者が)
急かすリュシアーナにエヴァリストが悪態をつき、リュシアーナは内心で毒づいた。
エヴァリストが速度を上げるように指示すると、先頭がすぐに動き出す。だが、その先からは、あまり魔物が現れず、現れても驚いて逃げ出す魔物ばかりだ。攻撃性の低い魔物に変わっていた。
やがて目的地付近にやってくる。古びた地図の待ち合わせ場所はこの辺りだ。
そして、見つけたのは、馬で入れないような小さな石室だった。
リュシアーナは、止まった馬から降りる。隣にいたラウルも意気揚々と飛び降りて、破閃を発動させた。白光の剣は、薄暗い道をよく照らしだした。
そして、先陣切って、石室に入っていく。すぐにラウルの声がした。
「あったぞ!!」
ラウルが床に突き刺さった剣を見つけたのだ。それは、シュリヤの持っていた剣に違いなかった。
(それよりも……ここは何?)
剣に注目するよりも、リュシアーナは石室を見渡した。
石室の奥には、外と繋がっている出入り口がある。そのためか、床はほとんど土だった。そして、石室の壁に沿って、土が盛られていた。それも複数だ。
リュシアーナは、盛られた土の一つに近づいた。
「…………え?」
そして、その土の上に置かれたものに衝撃を受けた。
――見覚えがあったのだ。
震える手で、それを掴む。ペンダントだ。錆びていて、固くなっていたが、リュシアーナは開いて中を見る。
ペンダントの中身は、二人の子供の絵だった。瓜二つの顔をした、リュシアーナがよく知るカヴァニス公爵家の双子だ。白髪に紫の瞳をした愛らしい二人……。
リュシアーナは、はっとして他の土も見てみた。人が入りそうな大きさに故人の持ち物を添える。
――まるで墓みたいだ。
つまり、今、剣を引き抜いているラウルの足元にあるのは、シュリヤの墓なのだ。そして、リュシアーナが手にしているそれは、公爵夫人の持ち物だ。
リュシアーナは、ペンダントを置き直して、石室の出入り口から外に出た。心臓がどくどくと大きく脈打っている。
外は霧がかかっていて、周囲の景色はあまりわからなかった。だが、ここからシュリヤが落ちたはずの崖下と繋がっているはずだ。
(誰が……埋葬したの? ルカ?)
六年前なら、ルカは帝都の館にいた。その後すぐにブラド山岳地帯に向かって、遺体を見つけたのだろうか。
(でも、ルカはそんなこと……しない気がする)
埋葬している暇があるなら、賊の正体を突き止めて、襲撃し返している。そう思うのだ。
一歩踏み出すと、カツンと、靴に何かが当たった。
下を向けば、白骨が散らばっていた。人骨だ。リュシアーナは硬直する。
「妃殿下、お一人では危険です!」
その時、リシャルが後を追ってきた。
「すぐに戻りますわ」
リュシアーナは引き返そうとしたが、ふと視界の端に何かが映った。リュシアーナは、腰を屈めて、それを拾う。
――胸章だ。
大鷲の翼を模した胸章だった。
(金翼騎士団の……胸章)
六年前、金翼騎士団のサガン・レスター伯爵がここにいたのなら、胸章が落ちていても不思議ではない。だが、リュシアーナの胸は妙にざわめいていた。




