閑話 神話を喰らう
これは、シャフラン王国での一幕――。
メルデンは、この世で最も異質な存在を見たことがある。
それは、ある島の交渉中のことだ。相手方が、なぜか魔導師を連れてきたのだ。彼は、変幻魔導師と紹介されていた。後にも先にも彼以上に世界からかけ離れたような存在を知らない。
魔導師は以前から何人か見てきた。彼らは総じて強者のオーラを纏っている。だが、この変幻魔導師は違った。
異様な存在感を増長しているのが、一際大きな体格だ。筋肉のつき方からして、近接戦闘を得意としていそうだった。そして、彫刻のように顔が整っており、耽美な雰囲気がある。しかし、どうしてもその双眸に目が吸い寄せられた。
――その双眸は、まるで死者のように生気が感じられなかったのだ。
そんな変幻魔導師の両脇には、二匹の白い狼が寄り添っている。二匹は完全に変幻魔導師の存在感に隠れてしまっている上に元から気配が薄い。
彼は、交渉中、静かに島を見ていた。そして、少ししてから言った。
『――飽きた』
その一言と共に彼は、目の前にあった島を沈めてしまったのだ――。
その日からというもの、メルデンは変幻魔導師の動向を調べていた。どんな小さな噂もすべて集めたのだ。
あの男は、いつか取り返しのつかないことを平然としでかしそうだったのだ。世界を破滅させる時限爆弾のような、そんな気がしてならなかった。
彼は、変幻魔導師になってからの二年間で様々な国に出没している。そして、その国に共通しているものが今、ようやくわかった。
――神話が消滅しているのだ。
真珠の国シャフラン王国には、ローレライという海の歌姫から生まれた国だという神話がある。ローレライが魔物たちを歌で操り、国を守ってきたのだ。その名残として、グリフォンやワイバーンを手懐ける術がある。
どんな国でも眉唾物の神話が大なり小なり存在している。
変幻魔導師は、それらを一つずつ破壊している。そんな気がしてならない。
例えば、変幻魔導師が沈めた砂浜の国ステラ国のルリ島。あの島には伝説の鍛治師がいたという神話がある。ステラ国は武器の精製に長けており、その武器を各国に輸出することで成り立っていた。彼がルリ島を沈めた年から、その輸出量が減っているのだ。
(……これだけなら、偶然で済ませられた)
メルデンは、地図上の変幻魔導師の足取りを指で辿った。
変幻魔導師は、桜の国で王弟の部下として潜入していたこともある。同時期に桜の国の象徴である精霊樹が燃え尽きる事件が起こっていた。
さらに雨の国だ。ここは足取りだけだが、革命が起きたごたごたの際に古代より存在してきた水の遺跡が崩落している。
「カシス……この推測、当たってると思うか?」
幼い頃から共にいる友人兼部下の青年にメルデンは問う。同じように資料を見ていた彼は頭を掻いた。
「これだけ揃ってるとな……」
「信じざるを得ないか。あの化け物は神話を潰してやがる」
「だが、神話ってなんだ。そんな曖昧なものを破壊するってどうやって?」
メルデンだって、問いたい。
「わからない。だが、砂浜の国も桜の国も、雨の国も……その国に根付く神話の大元が絶たれていて、それを切っ掛けに衰退し始めている」
だが、結果を見れば、その国の根幹を破壊しているのは明白だ。メルデンは、変幻魔導師が現在いる場所を指差した。
――そして、変幻魔導師が今いるのは、騎士の国ファリーナ帝国。
あの国にある神話は有名だ。防御無視の破魔の剣技。それこそがファリーナ帝国が強国でいられた所以だ。
「ファリーナ帝国から……破閃が無くなるってか?」
カシスは半信半疑で呟く。
「第一皇子妃のリュシアーナは、騎士でもないが破閃が使えた。そして、彼女のそばに変幻魔導師がいるんだ。彼女を利用して神話を破壊する気だろう」
メルデンは変幻魔導師がリュシアーナの元にいることをずっと疑問に思っていた。だが、変幻魔導師の狙いが最初から破閃ならば、説明がつく。
「あのお妃様が破閃の肝になるってことか。だが、破閃はお妃様とは関係ない公爵家が大元じゃなかったか?」
「そうだ。しかも、その公爵家はすでに無い。だが、まだ破閃は失われていない。……なにか、他にあるはずだ」
「ファリーナに行くか? 俺はあのお妃様に恩を売っても、利益はないと思うが」
カシスに言われて、メルデンも側から見れば理解されないだろうと苦笑いする。
だが、前にリュシアーナに会った時、メルデンは確信したのだ。
『あの子はわたくしたちが作り上げたようなものです』
変幻魔導師を作ったという彼女の言葉に鳥肌が立った。彼女は、化け物とは別の意味で底知れない。
彼女の周辺を調べたら、大物が何人も出てきた。彼女の妹は、芸術の国で魔女と呼ばれる巨匠だ。そして、友人には、森の国で活動する有名建築家と国際詐欺組織の首領と目される人物もいる……。
おそらく調べきれていないだけで、友人はまだいるだろう。リュシアーナ自身、卓越した知識と機転を持つ政治家だ。
あらゆる分野の傑物たちが揃って作り上げたのが、変幻魔導師。そう考えると、あの異質さにも納得がいく。
「……変幻魔導師がどうやって神話から国の根幹を判別しているのか、もう少し調べてから会おう」
メルデンの言葉にカシスは頷いた。そして、船を動かして、船首をファリーナ帝国方面に向けて進む。
(作り上げたものに牙を剥かれないといいな。お嬢さん)
神話を喰らう化け物に変貌していることをリュシアーナは知っているのだろうか――。




