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59、カトリーナ


十五で婚約して、十八で結婚した。それから四年、離婚された女性の行方を追っていた。


部屋にいた女性は、寝起きだった。


それもそうだろう。彼女は夜に働いているのだ。ルカはステファンが追いつく前に扉を閉めた。


「だれ……?」


掠れた声で彼女は問う。そして、ルカの姿を見て、ため息をついた。


「あんたか……。今日はどうしたの?」


「カトリーナを紹介にしに来た」


髪をかきあげて、椅子に座ったカトリーナは、ようやくリュシアーナに気づいた。


「まぁ、うちは人不足だからいいけど、どこの子?」


「……リュシアーナです。お久しぶりですわ」


フードを脱いで顔を見せると、カトリーナが驚いて立ち上がった。


「ルカ!」


そして、カトリーナが叱るように叫ぶ。


「だれにも見られてないし、これ、クラリーサの仕業だから」


「あの愚妹め……!」


ルカはへらりといつも通り軽薄な笑みを浮かべており、カトリーナが吐き捨てた。


そして、額を抑えて座り直す。


「第一皇子妃殿下がこのような所になぜ?」


聞きたいことはたくさんある。


息災なのか。なぜ貴族の夫人だった彼女が、娼婦のような格好をして、娼館にいるのか。クラリーサはこのことを知っているのか。商会が経営しているそうだが、ここでの暮らしはどうなのか。


だが、聞いたところで相手を不快にさせるだけだ。


リュシアーナは、第一皇子妃として離婚されずに贅沢な生活を享受しているのだから。そんな相手から同情されても虚しいだけだろう。


リュシアーナは言葉を飲み込み、用件だけを告げた。


「――カトリーナ様、あなたに会いに来ました。わたくしが知りたいのは、サガン・レスター伯爵のことです」


「…………リュシアーナ様、私に元夫のことを聞いてどうしようと? 何か知っているように見えますか」


女は子を産むだけの道具だ。


そんなこと、リュシアーナは欠片も思っていない。性別も身分も関係なく、自分と同じ人間なのだ。


「今、カヴァニス公爵家の宝剣が新たに見つかったため、公爵家の再調査の機会を得ました。しかし、サガン・レスターが、わざわざ調査を止めろとわたくしに忠告して来たのです」


「それで、サガン・レスターを調べようと? でも、私はただそいつの家にいただけの存在よ。友でも部下でもなんでもない」


カトリーナはすぐに話の趣旨を理解した。


「……サガン・レスターの婚姻歴について調べました。数年ごとに夫人が入れ替わっており、新たな夫人は持参金の額で決めるそうですね。伯爵は、女を金を得る道具としか見ていない」


皇帝のそばにいる貴族たちの経歴は、すべて頭に叩き込んでいる。


「だから、思うのです。道具に話すことなど、気にも留めないのではないかと」


先日、サガン・レスターは、少し口答えしただけで、リュシアーナに手を出した。

彼にとって女は、対等に話ができる人間ではない。だから、少しでも会話が成立すれば、不快に思うのではなかろうか。


逆を言えば、会話が成立しないので、何を言ってもいいし、それをバラされるとも思わないのではないだろうか。


まるで金を吐き出すサンドバッグのような存在なのだろう。


リュシアーナの言葉は、カトリーナに伝わったようだ。彼女は再び立ち上がって、抽斗から一冊の本を取り出した。


「クラリーサに言われてたわ。聞いた言葉は、一言一句記録しておくようにって。それが、出世の近道だともね」


リュシアーナに渡されたその本は、日記に見えたが、端が捲れるほど書き込まれている。いや、彼女の言葉を借りるなら、記録なのだろう。


リュシアーナは、記録を開いた。


カトリーナが結婚した日から、それは始まっている。


話した言葉、食べた物、誰と会ったか、飲酒、暴行、嘲笑……サガン・レスターの屋敷での行動記録が、四年分、しっかり記載されていた。離婚され、最後にかけられた言葉まで――。


淡々と客観的に記録されていたが、その紙はところどころ皺があり、インクが滲んでいたり、壮絶な生活だったことが窺える。


「六年前の春先」


ルカが言った。


リュシアーナは言われた通りにその日の記録を見る。


気になる言葉がいくつかあった。カヴァニス公爵家の壊滅した日の夜だ。


『崖下に降りられないだと! 誰だ! あの女の首を刎ねたのは……! あの剣にどれだけの価値があるかわかるか!?』


サガン・レスターが、侍従に怒鳴りつけた言葉だ。剣に関して言及しているのは、この台詞だけだ。そして、その翌日の朝にも奇妙な言葉を残していた。


『は!? 陛下が襲撃された? 無事かっ?』


『気持ち悪い野郎だ。そうまでして、陛下の関心を得たいか』


六年前、カヴァニス公爵家の壊滅だけでなく、皇帝にも危機が迫っていたのか。


「持って帰ってかまわないわ」


精査したかったリュシアーナには、有難い申し出だ。しかし、こんな血の滲むような記録をあっさりと手放すのだ。それ相応のものを返さないといけない。


「もしそれが役に立ったなら、そして、あなたが上に立てたなら、私をあまり忙しくない部署の文官として雇ってくださいな」


先回りしたカトリーナが微笑んで言った。疲れた笑みだった。あまり期待はしていないのだろう。


リュシアーナは、カトリーナの手を掴んで言った。


「必ず、あなたをそばに呼びますわ」


本気なのがどうか伝わるように。



――そうして、リュシアーナは娼館を後にした。


ルカがステファンを放って移動したため、ルカと二人きりで馬車の中で待つ。膝の上に置いた記録をリュシアーナは撫でた。


「ルカ、首を刎ねられた女はシュリヤ?」


「そうだ」


ルカは目線を合わせずに答えた。


「シュリヤの剣には、ちゃんと価値があったのね」


少なくともサガン・レスターは、シュリヤの持っていた剣を宝剣だと思っているだろう。


「ないよ。シュリヤが強かったから、剣のおかげだと思っただけだろ」


ルカの否定を聞いて、それもそうかと納得する。自分より剣技に優れた女がいるなんて、サガン・レスターにしたら発狂ものだろう。


「……首を刎ねられたこと、崖下にシュリヤが転落したこと、これらが事実だとしたら、サガン・レスターは、ブラド山岳地帯にいたことにならないかしら」


人伝に聞いたような言葉に思えなかった。


サガン・レスターは、シュリヤの剣技をその目で見たのではないだろうか。おそらく、ブラド山岳地帯で遭遇した賊に対抗していたシュリヤを。


それで剣を欲していた。


だが、六年前の賊とは、何者なのだ。カヴァニス公爵は、皇帝に仇なす存在に気づいて、人知れず阻止しようと尽力していたのではないだろうか。


しかし、敵の方が遥かに強かった。ブラド山岳地帯で襲撃され、帝都の館までも同時に燃やされたのだ。


この仮説が正しければ、強力な敵が存在していることになる。しかし、そんな敵が、この六年間大人しくしている理由がない。それか、相討ちになったのか。


仮説が間違っているのかと、リュシアーナは暗礁に乗り上げたような気分になる。


(……ブラド山岳地帯、そこに行ってみれば何かわかるかもしれないわ)


大人しく外を見ているルカの横顔は、いつにもなく凪いでいた。そんなルカを見つめながら、リュシアーナは思ったのだった。





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