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57、修道院


十五で婚約して、十八で結婚した。それから四年、宝物庫で思いもよらぬ人と対峙していた。



現皇帝がその座に就く前から献身的に仕えてきたとされる皇帝の右腕にして、金翼騎士団の第一騎士、サガン・レスター伯爵が、なぜここにいるのか。


騎士らしく鍛えられた体に白髪の混じったブロンドの髪の初老の男が、リュシアーナを見下ろしている。黒に金をあしらった制服を身につけ、その胸には、鷹を模した胸章が輝いていた。


「ご機嫌よう、レスター伯爵」


リュシアーナはにこりと微笑んで一礼した。無作法に話しかけられたが、リュシアーナは礼儀を返す。


「何やら、カヴァニスを調べているようだが、ご夫君は知らないのかな? これ以上調査をするなという陛下の命令を」


つい先ほど、カヴァニス公爵家の壊滅についての調査が杜撰だと、金翼騎士団に指摘したところだ。


だから、サガン・レスターは、カヴァニス公爵家の壊滅について調べるなと言いに来たようだ。


「あら、カヴァニス公爵家の宝剣が新しく見つかったと聞いたのでその調査をしていましたの。それなのにわざわざ伯爵が忠告にいらっしゃるなんて、よほど隠したいことでも?」


「バルドロに侍っていた小娘が、言うではないか」


あからさまに侮辱されたが、リュシアーナは笑みを浮かべたまま、一切表情を変えなかった。妃に対する態度ではないが、皇帝からの信頼が篤い彼は咎められたとて、痛くもないのだろう。


「てっきりバルドロの仇討ちでも始めたかと思ったが……あの女も大したことなかったな」


カリナのことを言っているのだとすぐにわかった。サガン・レスターは、リュシアーナたちが青薔薇会に参加していたことを知っているようだ。


「まさか。金翼騎士団を持ってしても影も形もつかめなかった仇をわたくしが討てると思えませんわ」


こんなところまでやってくるということは、カヴァニス公爵家の壊滅に金翼騎士団がなんらかの形で関わっていると見ていい。金翼騎士団は、今や私利私欲の亡者ばかりだ。


「口の減らない女だ。縫ってやろうか?」


「礼儀のない騎士もどきに言われましても、困りますわ」


そう言った瞬間、パン!と、音が響いた。ついで、パラパラと小物が散らばる音がする。


(手が早いのね。この程度の挑発にのるなんて)


リュシアーナの頬が張られたのだ。事前に予測していたリュシアーナは、張られる方にのけぞったため、派手な音に反して、ダメージは少ない。


ただその拍子にネックレスがひっかかり、糸が切れていた。小粒の装飾が、床に散らばる音はよく響いた。


「リュシー!?」


頬を押さえるリュシアーナにエヴァリストが慌てて駆け寄ってきた。


「……殿下、そのような子も産めぬ存在価値のない妃を置き続けていると、自分の価値も下げますぞ」


サガンが手をぬぐいながら言った。


「エヴァリスト様、伯爵は父が脅威なのです。娘であるわたくしも気に入らないので、それで仲を引き裂くようなことを……」


リュシアーナは、目を伏せてエヴァリストに縋った。澄ましたサガンの額にぴきりと血管が浮く。


「レスター伯爵。私の妃に手をあげるなど、よほど私を敵に回したいらしいな」


「第一皇子殿下、その台詞は皇太子が吐く台詞ですぞ」


サガン・レスターは、鼻で笑った。


歯牙にもかけられず、エヴァリストが虚を突かれた顔になる。その顔に溜飲を下げて、サガンは去っていった。


「レスター伯爵、私を敵に回したこと後悔してもらうっ」


エヴァリストが悔しげな声を絞り出す。


リュシアーナは、エヴァリストから離れると、もう一度絵画を見た。


「エヴァリスト様、この剣の持ち主を思い出しました」


リュシアーナは、鍔のない薄い刃の剣を指差す。


「本当かいっ?」


「シュリヤ・フォルカ。カヴァニス公爵家の分家の女性剣士のものです。しかし、彼女は公爵家と共に命を落としています。彼女の死に場所が分かれば、宝剣の場所もわかりましょう」


死んでいると聞き、エヴァリストの顔が曇る。


「ですから、今一度、皇帝陛下に嘆願されてはどうでしょうか。宝剣を探すためだと言えば、どれだけ伯爵が嫌がっても許してくださるでしょう」


そう提案すれば、エヴァリストは、神妙に頷いたのだった。


リュシアーナはその裏で進めるべきことを整理する。調査すべきは、カヴァニス公爵家の壊滅ではない。サガン・レスターだ。


シュリヤ・フォルカの死に場所なら、ルカが知っている。だが、ルカは宝剣なんてものを気にかけてすらいなかった。


つまり、宝剣なんてないのだ。世間に囁かれているような破閃を使える騎士を増やす恩恵も皆無。


そうと決まれば、宝剣を探すふりして、金翼騎士団の弱みを握る。


それこそがリュシアーナがやるべきことだ。


リュシアーナが皇帝になった時、彼らには根こそぎ隠居してもらうために――。




数日後、エヴァリストが皇帝に直訴し、宝剣の調査の許可をもらっていた。皇帝もカヴァニス公爵家の宝剣には興味があるようだ。


同時にリュシアーナは、ある場所を訪れていた。


帝都の外れにある修道院だ。護衛には、義弟のステファンを連れてきていた。


尋ね人は、クラリーサの姉であるカトリーナ・ラシーヌ元侯爵令嬢だ。一度だけ青薔薇会に顔を出したことがあるが、すぐに嫁いでしまったため、リュシアーナは顔を知っている程度でしかない。


ただ、その嫁ぎ先が、サガン・レスター伯爵なのである。しかし、四年前に離婚されて、今は修道院に身を寄せている。


リュシアーナが向かっている修道院は、身寄りのない貴族女性が最後にたどり着く場所だと言われていた。カトリーナは離縁後、実家に帰ることができず、ここにいるのだ。


たどり着いた修道院は、想像よりもこじんまりとした建物だった。


修道院というよりも、平民が利用する宿のような趣きがある。開きっぱなしの扉から中に入ると、その印象は余計に強くなった。


「いらっしゃい」


くたびれた中年女性が声をかけてきた。


(いらっしゃい……?)


「すまない。手紙を送った者だ。カトリーナ様はどちらに?」


ステファンがさっと前に出て問う。


「ああ。カトリーナは、二階の奥の部屋ですよ」


そう言って、女は鍵をステファンに渡した。事前にカトリーナに会いたいと手紙を送っていたが、なにか様子がおかしい。


しかし、二階にいるというなら、先に会いに行こうとリュシアーナは階段を上った。二階には、幾つもの部屋が並んでいる。この建物自体、修道院とはかけ離れていた。


ステファンが奥の部屋の扉を開ける。


カーテンの閉め切った寝室のような部屋が目に入った。そして、寝台の上に一人の少女が腰掛けている。


「いらっしゃいませ、旦那様。ご指名いただいたカトリーナです」


薄衣を着た少女はにこりと微笑み、ステファンの後ろにいるリュシアーナを見て、ぱちりと目を瞬かせる。


体が透けている寝衣を見て、ステファンが唖然とする横で、リュシアーナは尋ねた。


「あなたが、カトリーナ?」


「は、はい」


少女は頷いた。どう高く見積もっても少女は二十歳にも届かない。対するカトリーナの歳は三十前だ。


「他にカトリーナという名前の方はいらっしゃるのかしら?」


「……いいえ、カトリーナはわたしだけです。辞めてしまった子の中にいたかもしれないです」


薄々気づいていたが、ここは修道院ではない。娼館だ。そして、この少女は、娼婦なのだろう。


(一体、いつから? 令嬢たちの間では今でもここが最後の場所だと噂されているのに)


年季の入った建物から見るに、娼館になったのはつい最近のことではない。だったら、カトリーナはどこに行ったのだ。


「ここに貴族の女性が尋ねて来たことは?」


「ええと、そんな話を聞いたことはあります。でも、わたしがここに来てから三年経ちますが、見たことはありません」


カトリーナが離婚したのは、四年前。この少女ではわからないようだ。


「……人違いをしてしまいましたわ。どうぞ迷惑料を受け取ってください」


リュシアーナは、会話を切り上げた。ステファンに目配せすると、我に返って、いくらか銀貨を置いていく。


「あ、ありがとうございます!」


少女の声を後ろにリュシアーナは部屋を出た。


先ほどの中年女性に聞こうと思ったが、離席しているようだ。


「姉上、待ちますか?」


「そうね。そうするしか、手がかりはないでしょう」


あまり居心地の良い場所ではない。最後の場所と信じて来た修道院が、娼館だとわかった時、カトリーナはどうしたのだろうか。


カトリーナの実家、ラシーヌ伯爵は、非常に世俗的な男だ。注目を浴びていたカヴァニス公爵との繋がりを持つため、青薔薇会に娘を送り込んだ。

しかし、婚姻によりカトリーナは、一度きりの参加になってしまった。青薔薇会で得られたものはほとんどなかったように思う。


そして、ラシーヌ伯爵は、世間体を気にする男だ。離婚後は外聞が悪いからと、彼女が帰ることを許さなかったのだろう。


まだ適齢期でなかった妹のクラリーサは、交渉術を会得していたが、何の特技もない貴族女性が、どうやって生きていけるだろうか。


女性でなくても、貴族が身一つで放り出されたら、よほど逞しくない限り、市井で生きていけないだろう。


(最後に身を寄せる場所がどんな風になっているのか、少しは疑うべきだったわ)


離婚された女に手を差し伸べる人などいなかったのだ。まるで野垂れ死ねとでも言わんばかりだ。


考え込んでいたリュシアーナは、カラカラと外から音がして、振り返る。


すると、開けっぱなしの扉から、辻馬車のような粗末な馬車が止まったのが見えた。


そして、馬車から平民の格好をした青年が、出てくる。


「そこのお嬢さん、俺とお茶しない?」


ぱちりと片目をつむって見せたのは、ルカだった。



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