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56、宝物庫


十五で婚約して、十八で結婚した。それから四年、カヴァニス公爵家の宝剣の調査のため、第三皇子に会いに来ていた。



エヴァリストはすぐに行動に移していた。第三皇子ゼノンの皇子宮に先触れを出して、出立したのだ。


エヴァリストだけで行くものかと思ったが、珍しくリュシアーナを伴っている。


「あ、兄上、義姉上、お久しぶりです」


十六歳のゼノンは、エヴァリストを前にして複雑な表情をしていた。今までなら、喜び一色だったが、ようやくエヴァリストが自分の命を狙っていることに気づいたのだろうか。


ゼノンの後ろには、青剣騎士団の第一騎士であるルカと、第二騎士のアルト・クローチェがいた。


「久しぶりだね。ゼノン。ついに領地を持つまでに至ったとか……。大活躍じゃないか」


エヴァリストが嘘くさい褒め言葉を並べる。


「ありがとう、ございます」


ゼノンは少し警戒した様子だ。そんな主をルカがにやにやと揶揄うように笑って見ていて、アルトに小突かれている。


(……自由ね)


どこでも好き勝手にしているらしい。


「さっそく本題に入ろうか。今、私たちは、カヴァニス公爵家を再調査しているんだ。六年前のことについて、何か知っているかい?」


この中で最も知っているのは、ルカだ。ルカだけが、生き残ってここにいる。


「六年前、ですか……?」


まだ十歳にも満たなかったゼノンは、当時のほとんどをこの皇子宮で過ごしていたはずだ。

皇族は物心つくまでは後宮で過ごし、ある程度成長すれば、自身の宮に移り住んで本格的に教育を受ける慣わしだ。


「特に、覚えていません……」


ゼノンの頭が下がった。ずいぶんと顔に出やすい皇子だ。これでは何かあったと言っているものだ。


「もしかして噂について調べてますか?」


エヴァリストが追及する前にルカが口を挟んだ。


「噂とは?」


エヴァリストがルカに警戒する。


「あれっすよ。シェリル妃の侍女ちゃんたちから聞いたんですけど、宝剣とやらが出てきたって話です」


どういう情報源だろうか。


「おまえ、またたぶらかしてたのかっ」


ゼノンは目を剥いて、自分の騎士を見た。ルカは反省するどころか、自慢げにぱちりと片目を瞑ってみせたため、ゼノンが絶句する。


「噂はずいぶんと広まってしまったようだ。それで君は宝剣について知っているのかい?」


「それっぽいものを見ましたよ」


エヴァリストに問われて、あっさりとルカは白状した。


「どこでだっ?」


「皇宮内の宝物庫です。この前、褒美とやらを貰いににゼノン殿下と入ったんですけど、そんな感じの絵画が飾ってた気がします」


「な?」と、ルカは隣のアルトに視線を送る。


「はい。剣を題材にした絵画があったと記憶しております。その剣は、皇帝陛下がお持ちの宝剣に似ておりました」


ルカだけでなく、ゼノンの視線も受けてから、アルトは答えた。どうやら宝物庫に手掛かりがありそうだ。


「君たちは宝剣を探さないのか?」


あっさり情報をくれたルカをエヴァリストは怪しんだ。


「面倒っす。ブラド山岳地帯は魔物が増えてるんで、ついでに狩ってくださると助かります」


ルカはそう答えて、がさごそと棚から資料を出してきた。


「これは?」


「デュラハン討伐の時に作った地図です。ブラド山岳地帯は複数の坑道と天然の洞窟が入り組んでいるので、気をつけてください」


ルカは完全に手を引いている。リュシアーナはルカの仕込みだろうかと思ったが、宝物庫にまで細工はできないだろう。


六年前の出来事については知ることができなかったが、収穫はあった。第三皇子の皇子宮を後にしたエヴァリストは、すぐに宝物庫に向かう。よほど第二皇子に負けたくないようだ。


皇宮の宝物庫は、奥まった所にあり、リュシアーナは少し足が疲れてきた。突然の訪問だったが、第一皇子だったこともあり、すんなりと宝物庫に通される。ただ、騎士は入れず、外で待つことになった。


宝物庫は、光源を制限しているのか、薄暗い。壁には一定の間隔で絵画が並び、壁側に沿って、棚や彫刻品が配置されている。


見せることを想定しているのか、展示品の一つ一つにカードがついていた。


「……ご説明は必要でしょうか?」


宝物庫の管理人が、おずおずと申し出た。


「カヴァニス公爵やその宝剣に関する絵画はどこにある?」


エヴァリストが問うと、少し考えた後に管理人が、案内し始めた。


「お求めのものは、いくつかございます。一つ目はこちらです」


一つの絵画の前で管理人が立ち止まる。


リュシアーナと同じ背丈くらいある大きな絵画だ。何人かが円卓に座り、座った者の後ろにも控えている者たちがいる。


「古代の王たちが会議を行っており、奥に座っているのが初代皇帝陛下、その後ろにいるのが初代カヴァニス公爵でございます」


リュシアーナは、ミレーユの影響でそこそこ絵画には詳しい。この絵画は市井にも安い模造品が出回っていて、身近なものだ。


当時の王族たちが、一同に会する様子が描かれている。初代皇帝にベスタ国王、クローチェ国王女、ボナート公国国王……様々な王族が描かれているのだ。そして、その護衛として、初代カヴァニス公爵がいる。彼は、白髪の大男として描かれており、十字架のような宝剣を持っていた。


この十字架の宝剣は、現皇帝が持つものと同じだ。いつからか、カヴァニス公爵家から皇族に寄与されたという。


「この宝剣とは、別の形をしたものはありますか?」


難しい顔をして、リュシアーナは問う。管理人の視線がエヴァリストに移る。


「案内してくれ」


「はい……」


管理人は、またもや大きな絵画の前で止まった。


「初代カヴァニス公爵家の肖像画でございます」


正面に描かれているのは、白髪の大男、カヴァニス公爵だ。その腕に白髪の小柄な女性が乗っている。カヴァニス公爵の夫人だろう。


そして、その二人を囲むように五人の女性がいる。全員が茶髪に紫の瞳をしており、それぞれが個性的な剣を手にしていた。


(カヴァニス公爵だけ、瞳の色が……灰色?)


リュシアーナは少し疑問に思った。カヴァニス公爵家の特徴は、紫の瞳。紫眼だ。だが、彼だけは灰色に見える。


「この、剣を持った女たちは?」


「初代カヴァニス公爵の姉君たちにございます」


エヴァリストの問いに管理人が答える。


「この剣はなんだ……?」


「それぞれが使用していた武器であること以外は存じ上げません……」


姉たちの持つ剣は、非常に個性的だ。一人目は、細剣。二人目は持ち上げるのも一苦労な大剣で、三人目は、湾刀。四人目は装飾の多い双剣だった。


そして、五人目、鍔のない刃の薄い剣。


リュシアーナの脳裏にその剣の持ち主が、よぎる。


(この剣を、わたくしは知っている……。シュリヤ・フォルカの愛剣)


宝剣と言われているのかどうかはともかく、見知った剣にリュシアーナの瞳が揺れた。女である彼女は、その体格に合う剣を身につけているのだと思っていた。


(他の人々たちは、普通の剣だった。この絵にある剣を持っていたことはない。もしこれが宝剣だとしたら、なぜシュリヤに与えられていたの?)


彼女は最強の剣士だ。それが理由で彼女が宝剣を手にしたのだろうか。


――公爵や私兵長を差し置いて?


妙に腑に落ちない。というか、それが宝剣だというなら、ルカがとっくに気づいていたはずだろう。


(何を企んでいるの?)


リュシアーナは、ルカを疑う。


「他にないのか?」


「カヴァニス公爵家に関わりがあり、十字架の剣以外で変わった形をした剣となりますと、こちらしか心当たりはなく……」


「変わった形にこだわらなくていい、カヴァニス公爵家の剣に関する絵画は全てみたい」


「わたくしはここに」


エヴァリストが他の絵画を見に行こうとしたが、リュシアーナは、立ち止まって、目の前の絵を見続ける。


エヴァリストは一瞥しただけで、何も言わずに次に向かった。


カヴァニス公爵家の資料は、ほとんど残っていない。当時を知る者たちもすべて炎に包まれてしまった。


しかし、それ以前から歴史上、宝剣が現れたことはない。せいぜい十字架の宝剣くらいだ。口伝で継承されてきた剣となると、やはりルカしか知る者はいないだろう。


(何か不自然ね。ルカが仕組んだのなら、何が目的? 第一皇子と第二皇子を競わせて何をしたいの?)


デュラハン以降、ルカは自分で動いていない。青剣騎士団の第一騎士としての使命を全うしていただけだ。


そして、宝剣の噂についての手紙を持ってきたのは、ルカだ。ルカが仕組んだのなら、わざわざシェリルに手紙を書かせただろうか。


(これは、噂の出所を調べた方が良さそうね)


考え込んでいたリュシアーナは、かつんと聞きなれない靴音が響いてきて、振り返った。


「このような所でお一人とは……。愛するご夫君はどこですかな?」


サガン・レスター伯爵。金翼騎士団の第一騎士が、そこに立っていた。






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