55、眠りの中の魔物
十五で婚約して、十八で結婚した。それから四年、カヴァニス公爵家の宝剣の調査に乗り出していた。
「何があったんだい?」
目の前でぺこぺこと頭を下げる侍従、ベルナルトを見て、エヴァリストは尋ねる。
「侍従らしからぬ行動をとったため、解雇すると宣言しましたの」
にこりとリュシアーナは微笑んだ。エヴァリストがその笑みを見て、少し顔を引き攣らせる。
「そうだったのか」
エヴァリストは興味がないらしい。ベルナルトの横をすり抜けた。ベルナルトは絶望感を滲ませて、部屋の外にセインに引きずられていった。
「リュシー、君に聞きたいことがあるんだ」
ベルナルトを一瞬で切り捨てたエヴァリストに侍従の誰かが、息を呑む気配がした。
「なんでしょう?」
「カヴァニス公爵家について、教えて欲しい。君は青薔薇会、だったかい? そこに参加していたと聞いた」
エヴァリストの後ろには、第二騎士のリシャルがいる。彼から聞いたのかもしれない。
「宝剣の噂の調査でしょうか?」
そう問えば、エヴァリストが驚いたように目を見開いた。
「なぜ君が知っている?」
「第二皇子妃から聞きました。彼女もまた青薔薇会の出身ですわ」
エヴァリストは、宝剣を探すにあたって、カヴァニス公爵家を調べることにしたらしい。
カヴァニス公爵家は、第三皇子ゼノンの母親の実家だ。当時のカヴァニス公爵家は、皇弟が婿入りしたことにより、第二の王家と言われるまでに勢力を拡大していた。
ゼノンの強力な後ろ盾が消えてくれたことに喜びこそすれ、カヴァニス公爵家を滅ぼした者を調べようなどとは思わなかったのだろう。
「先ほど六年前のカヴァニス公爵家の調査資料を執事に取りに行かせました。お待ちになりますか?」
「ああ。そうしよう」
エヴァリストは、奥の席についた。彼がその席に着くのは、半年ぶりだろうか。すでにエヴァリストは、大半の政務をリュシアーナに依存している。
リシャルが空いていた椅子をエヴァリストの近くに持ってきてくれた。礼を言って座る。
「リュシー、青薔薇会とはどのような会だったのだ?」
「バルドロ・カヴァニス公爵様が招いた外国の方々と交流する場でした。かの公爵様は、人脈が広く、学者や芸術家、武闘家まで様々な能力を持った方を招いておりました」
「たとえばどんな?」
「森の国レイゾラの宰相閣下、芸術の国スーリャの巨匠アンリ様。学者の国ランファンの三大元老、砂漠の国ローナの豪商アルケリス様……といった著名人ばかりでした」
世界的に見れば有名な人々の名前をあげたが、エヴァリストの反応は薄かった。
「君はそこで、その招かれた人々と話をしていたのか?」
半信半疑といった顔でエヴァリストは問う。
「はい。わたくしは、歴史と政治の分野に興味がありましたので。青薔薇会は、貴族女性の能力開発の実験場でもありましたから」
そう答えると、エヴァリストは少し考え込む仕草を見せた。
「変わったことをしていたようだ。それで、カヴァニス公爵家に行ったのなら、宝剣の類を見たかい?」
カヴァニス公爵家の人々は、全員が剣を扱っていた。しかし、皆、実用的かつ機能的で、宝剣だのと言っている者はいなかった。
「いいえ。見ておりません。よければ、噂について詳しく教えていただけないでしょうか?」
「そうだね。リシャル、説明を」
特に情報を出し惜しみする気はないようだ。エヴァリストに代わり、リシャルが口を開く。
「噂は、カヴァニス公爵家の宝剣の一振り、その在処を示した地図が見つかったことが発端になります。その地図は、第二皇子殿下のもとにあるようです。その噂に合わせて、宝剣を見つければ、破閃が使える騎士が増えるとも言われています」
リュシアーナは、作為的な何かを感じた。破閃が使える騎士は、減っている。そのことに気づいている者も少なくはないはずだ。
そんな状況で、都合のよい恩恵を受けられる宝剣が現れるのだろうか。
「第二皇子殿下のもとにいる間諜からの情報によると、ブラド山岳地帯に現れたデュラハンが関係しているようです。そこには昔からある言い伝えで、強大な魔物が眠っており、守護の剣が魔物の眠りを維持してきたそうなのです。しかし、デュラハンが現れてからというもの、魔物が劇的に増えており、守護の剣に何かあったのではないかと」
「……その守護の剣が、宝剣ではないかと見ているのですね」
リシャルが頷いた。
「はい。第二皇子殿下の赤星騎士団は、ブラド山岳地帯に向かわれました」
「ラウルは一度ブラド山岳地帯に行っていて、土地勘がある。今から白狼が追ったところでたかがしれているだろう」
エヴァリストは、第二皇子とは違った方法で、宝剣を見つけ出そうとしているようだった。
「そうですね。宝剣の正体を知らなければ、本物かどうかも見分けがつきませんわ」
リュシアーナがそう言ったところで、執事が戻ってきた。彼はエヴァリストがいることに驚いたものの、すぐに資料を差し出した。
――カヴァニス公爵家壊滅に関する調査資料は、ほんの数枚しかなかった。
「なんだこれは……。金翼騎士団は、父上の御威光に甘えているのではないか?」
顔を顰めたのは、エヴァリストだ。調査を担当したのは、金翼騎士団だったようだ。
帝都に構えていたカヴァニス公爵家は、強盗の仕業により、全焼。留守にしていたカヴァニス公爵夫妻は、ブラド山岳地帯で盗賊に襲われて、護衛ともども全滅。
リュシアーナでも知っていることしか記載されていない。
「金翼騎士団に詳細資料を寄越すよう問い合わせてはどうでしょうか? 宝剣ともなれば、皇帝陛下も興味を示されるかと」
「そうしよう」
リュシアーナが進言すると、エヴァリストは頷いた。あまりにも杜撰すぎる。
第二の王家と言われていたカヴァニス公爵家が失くなった。目の上のたんこぶが消えたのだ。調査よりも、公爵家の後釜を狙うものばかりだったのだろう。
「それと、第三皇子殿下にお話を聞いてみたらいかがでしょうか?」
リュシアーナは当時の錯綜した情報の中で、第三皇子が絡んでいることを聞いていたのだ。
「ブラド山岳地帯は、第三皇子殿下の領地になったようですから」
にこりと微笑むと、エヴァリストは、すぐさま立ち上がった。




