閑話 愉快な?青剣騎士団
これは、反乱を鎮圧し、皇子たちの騎士団が帝都に帰還した頃の一幕――。
白狼騎士団のリシャル・バウスは、仕事を終え、気分転換に皇宮の外にでも出かけようと歩いていた。
「くるなっ、問題児!」
ふと声が聞こえて、リシャルは立ち止まる。声のした方を見ると、茂みの隙間からステファンが見えた。
いつも礼儀正しく人懐こい彼が、荒っぽい口調になっていて、リシャルは心配になる。茂みを避けて、裏に回れば、他の騎士に絡まれていた。
「いいじゃん、どーせやることないだろ」
濃紺の制服を着ている若い騎士たちにステファンが囲まれていたのだ。
「くっ、ルカを止めろ、アルト!」
よくよくその顔を見れば、青剣騎士団の第一騎士と第二騎士だ。ステファンに絡む第一騎士を第二騎士が引き剥がしている。
だが、他の若手騎士が、ステファンを両脇から確保した。
「飲み会しよーぜっ」
「ちょっとは遠慮しろ! この平民どもがー!」
叫ぶステファンがずるずると引きずられてくる。リシャルの方に。
「あ、バウス卿だ」
青剣の第一騎士が、リシャルに気づいた。第二騎士を振り切って、こちらにやってくる。
「これから、飲み会なんすよ! 一緒に行きませんか?」
そして、なんの躊躇いもなくリシャルを誘った。
「ルカ! リシャルさんまで巻き込むな!」
拘束から逃れたステファンが、第一騎士のルカを引っ張る。代わりに第二騎士がやってきた。もう、もみくちゃだ。
「青剣騎士団の第二騎士、アルト・クローチェです。ステファンを預かってもよろしいでしょうか? もしお忙しくなければ、バウス卿も一緒にどうでしょうか」
堅苦しい言葉をかけられたが、言っていることは第一騎士と差異がない。
「いや、なんでおまえも誘うんだ! 迷惑だろ!」
ステファンも突っ込んでいた。ただアルトは何が悪かったのかと、首を傾げている。
「迷惑ではないですが、若手に混じるのもなんでしょうから」
「バウス卿も若手っすよ! よっし、迷惑じゃないなら、行きましょう」
ルカは、そう陽気に言って、リシャルの腕をとった。あまりにも馴れ馴れしいが、自然過ぎて不快感はない。
慌ててステファンが横に並ぶ。
「リシャルさん、本当に大丈夫なんですかっ。こいつらは馬鹿だから、はっきり言わないと!」
「ずいぶんと仲が良いんだな?」
「同期です! 仲は良くないです!」
そう言われて思い出す。青剣騎士団の第一騎士と第二騎士は、新人なのだ。その功績からは信じられないが……。
「ひどーい。一緒に教官たちにクーデターを仕掛けたじゃん」
反対側のルカが口を尖らせていた。
「クーデター?」
「そいつ、好き勝手し過ぎて、教官に命狙われてたんですよ。こっちも巻き込まれて、本当に最悪でした」
見習い時代には色々あったらしい。存外に面白い話が聞けそうだ。それにいつも人懐こいステファンが、つっけんどんな態度をしているのも面白い。
「指揮したのは、ステファンじゃん」
「それは仕方なくだ!」
後ろの若手からも茶々が飛ぶ。平民だろうに、遠慮した感じはない。
次期公爵も伯爵も平民も…立場に関係なく仲が良さそうだ。少し羨ましく思う。
「あの時は助かった。ステファンだから被害が少なかったんだ」
アルトが言った。この第二騎士は、とても素直なようだ。
「なんでおまえはいつも褒めるんだ。あと、火竜に突っ込んだおまえらにだけは言われたくない」
「あれ、楽しかったなぁ。バウス卿、俺とアルトで火竜倒したんっすよ。すごくない?」
目をキラキラさせて、ルカがリシャルの顔を見てくる。こちらも違う意味で素直だ。
「凄い実力です。青剣の第一騎士殿は、破閃が使えるのですか?」
「リシャルさん、そいつなんてルカとか馬鹿でいいですから!」
ステファンがきゃんきゃん吠えている。
「そうそう。ルカでいいっすよ。破閃使えなくてもなんとかなりました!」
とても賑やかな新人たちだ。
そして、わいわい騒ぎながらリシャルが連れて行かれたのは、第三皇子の皇子宮だった。その中にあるこぢんまりとした訓練場で、騎士たちが集まっていた。
圧倒的に濃紺の制服が多いのだが、その中に意外な姿を見つける。
「ピオヴァーニ卿……」
白狼騎士団の第一騎士がいたのだ。しかもすでに飲んでいて、顔が赤い。
「バウス!?」
レアンドロ・ピオヴァーニが酒を吹く。汚い。
「リシャル・バウス卿とステファン、入りまーす」
気にせずルカが近くにあった布巾を投げる。ピオヴァーニの隣にいた騎士が受け取って、そのまま口に貼り付けた。
「…………」
「よかったな、ピオヴァーニ。おまえの仲間がやってきたぞ」
「やめろ、デルネーリ!」
口を拭ったピオヴァーニが叫ぶ。
隣にいた騎士は、青剣の第三騎士のようだ。確か、ピオヴァーニと同期だったはずだ。
「ああ、ピオヴァーニ卿まで餌食に……」
ステファンが嘆いていた。リシャルは、いつも伯爵らしく洗練されているピオヴァーニしか見たことがない。束の間、茫然としてしまった。
「さあ、適当なところに座ってください」
訓練場には簡易的な椅子がまばらに置かれていて、地面に座り込んでいる者もいる。
リシャルが座ると、すぐに酒を渡された。瓶ごとだった。
「ここで、酒盛りしても大丈夫なのですか?」
すでに始まっているが、リシャルは聞く。
「大丈夫っす! 皇子宮を取り仕切ってるのは俺なんで」
そういえば、ルカが第一騎士だ……。しかも彼が実務を取りまとめているらしい。
リシャルはどこか狐につままれたような心地で酒を飲む。良い酒だ。喉の奥にするすると消えていく。
「リシャルさん、気を付けてください。こいつザルなんで、ルベリオさんみたいに潰されますよ」
ステファンに言われて、リシャルは驚いた。白狼の第三騎士も飲み会に参加したことがあるらしい。
(もう、滅茶苦茶だな)
ここの騎士たちは誰もが楽しそうだ。白狼騎士団にはない雰囲気だ。
「よし、ステファンの恥ずかしいことバラす大会しようぜ! アルトから」
「やめろ!」
気づけば、新人たちに囲まれていた。
「恥ずかしいことか……」
「アルト! 真剣に考えるな! 正気を取り戻せ!」
翻弄されているステファンがおかしくて、笑いが込み上げてくる。
笑っていて気づく、輪の中心に十数本の剣が安置されていた。
ここにいる人数は青剣騎士団の一部なのだと思っていた。しかし、あの剣の数を含めれば、全員なのではないだろうか。確か、四十人近くいたはずだ。
チェスティ王国では、青剣騎士団も無傷では済まなかったと聞いている。
「殉職したのは、十九人。行方不明が一人っす。歌劇魔導師にやられました」
明るい調子のままルカが言った。リシャルが剣を見つけたことに気付いたのだろう。
ほぼ半数だ。どうして、半数を失ってもチェスティ王国の王宮にまで単独で侵入できたのだろうか。
破閃が使えるのだって、第二騎士と第三騎士の二人しかいないと聞いている。
「別に白狼騎士団のせいだとは思ってませんよ。ただ魔法に気づくのが遅かっただけ。知ってます? 歌劇魔導師って、大量の殺戮人形を投入してきたんすよ」
「あれ、ちびりそうなくらい怖かったな!」
若手の一人がルカに同意する。新人も戦場に出ていたらしい。ただ帝都で待っていたリシャルとは見ている世界が違うように思えた。
「どんな人形だったんですか?」
「等身大の顔のない人形っす。でも、壊すと中が破裂して、毒針を撒いてくるとか、ほんっと殺意高い」
「人形……」
身震いしそうな光景だ。
「そういや、ルカは二、三回毒に当たってなかったか?」
新人の一人が言った。
「あー、なんか克服したー」
「いや、うちのほとんどがそれで死んだから。なんで克服?」
「俺は昔から毒に耐性あるんだって」
そら恐ろしい会話だ。
だが、騎士とはそういうものだと思い出す。権力闘争に励むのではなく、弱者のために剣をとり、戦い抜く者のことだ。
楽しそうに見える青剣騎士団だが、死線を潜り抜けてきた故の結束があるのだろう。
そう思っていると、左肩が重くなった。隣にいた青剣の第二騎士がもたれかかってきている。
「あ、アルトが潰れた。はっや」
すぐにルカが回収していったが、確かに早い。彼の手にある瓶には、まだ半分以上酒が残っている。
「アルトは酒に弱いんです。リシャルさんは大丈夫ですか?」
ステファンに言われて、リシャルは苦笑する。彼ほど弱くはない。
「やっば、アルトからいい匂いするんだけど」
「「嗅ぐな!」」
第二騎士を横抱きにしたルカが、新人たちに突っ込まれている。
ルカはなぜか第二騎士を抱き枕にしたまま、地面に座って飲み続ける。彼の周りには、空の瓶が三本転がっていた。
「バウス卿もたまにいい匂いしますよね? 薔薇みたいな香り」
彼の体勢に疑問に思ったが、そう聞かれて、目を瞬かせた。
「薔薇? 何もつけていないのですが……」
そう答えた後に脳裏に浮かんだ。薔薇の匂いを纏った人物が。
青が好きなのか、いつも青いドレスに身を包んで、楚々と笑う人がいるのだ。その人がよく薔薇の香水を使っている。
最近は、資金繰りのことで話す機会が多い。その人の匂いが移ったのだろうか。
妙に気恥ずかしくなったが、リシャルは酒を煽って誤魔化した。
そして、最終的には、酔い潰れてそのまま朝まで過ごしてしまったのだった。




