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53、友の幕を引く


十五で婚約して、十八で結婚した。それから四年、旧友が、ベルティ辺境伯の反乱の指揮官として捕えられた。



シクル王国と手を組んだベルティ辺境伯の反乱は、あっさりと収束を迎えた。


そして、反乱に尽力した者たちを讃えるために夜会が開かれていた。


「――メラーニア子爵、大手柄ではないか! 見直したぞ!」


「光栄にございます」


皇帝の喜ぶ声が響く。対するメラーニア子爵は、片膝をついて、冷静に返した。


メラーニア子爵が反乱軍に迎合するふりをして、指揮官であるカリナを誘い出し、彼女を捕えたのだ。それが決定打となり、反乱軍は崩壊。残党はまだ残っているものの、再起は不可能だ。


「褒美をやらないとな。そうだ、前の課税は取り消してやろう。税率は……そうだな、半分にしてやってもいい」


思いつきで課税を決める君主がどこにいるのだ。


「ありがとうございます」


深く頭を下げるメラーニア子爵がどんな表情をしているかわからない。


自領を守るため、彼は反乱に加わるのではなく、手柄を上げる方を選んだ。理解はできるが、リュシアーナの中では言い表せない怒りが渦巻いていた。


豪華な夜会の中心で、簡素なドレスを着せられたカリナが見せ物になっているのなら、尚のこと。


中心には、優雅な雰囲気にそぐわない檻が二つ並んでいるのだ。檻の中には、一人ずつ女が入れられていた。


一人は、シクル王国の第一王女だ。豊かな白髪を一つに結んでおり、ただ檻の中で目を閉じて、静かに座している。


そして、もう一人がカリナだ。カリナは、檻の外から嘲笑う貴族たちをぼうっと眺めていた。


彼女たちは、罪人であり、戦利品でもある。


あまりにも悪趣味だと思うのだが、そう思っているのは、少ないようだ。貴族たちはいつも通りに談笑している。


リュシアーナは、小さく袖を握る。そこには、今朝方、ブリジッタから渡されたものがあった。


渡されたのは、錠剤だ。それを差し出したブリジッタは、一瞬で死ねる毒薬だと言っていた。


リュシアーナは、その意味を正しく受け取っていた。


(わたくしも……裏切り者と変わらないわ)


口封じにカリナに毒薬を渡す。カリナなら、意味を察して、服毒するだろう。彼女は躊躇いなくそうする。


口の固い彼女がリュシアーナのことを話すことはないと信じている。しかし、口を割らせるためにカリナにどんなことをするのか、想像に難くない。


ぐるぐると考えが巡っている。


リュシアーナは渡すことを躊躇していた。自分の手で友人が死ぬのが怖い。


(小さな村を見捨てたこともあるのに……)


疫病が広がった時、感染源とされる村を封じ込める指示を送ったことがある。似たようなことはいくつもしてきた。


――リュシアーナはとっくに人殺しだ。


(何を躊躇うの……)


今日の夜会にブリジッタは参加できなかった。急遽開催されたため、集まっている貴族も少ない。青剣騎士団も第三皇子と第二騎士は見かけるが、ルカの姿はなかった。


(何を縋っているの。わたくしが始めたことよ)


無意識にルカを探していた自分を戒める。リュシアーナは、檻に近づいた。


周囲にいた貴族たちが何が起こるのかと好奇心を隠そうともしない視線を向けてくる。手を伸ばせば触れられる距離になった時、そばに控えていた騎士が制止した。


「それ以上はなりません」


その騎士は、金翼騎士団の第三騎士、リアンだった。目元を黒い布で覆っているのにこちらの様子が見えているようだ。


他にも檻の近くで騎士たちが監視している。


「……カリナ夫人とは、幼少期より親しくしていたのです。お話ししてもよろしいでしょうか?」


リュシアーナは足を止めて問う。


「その距離であれば問題ございません」


リアンは物腰柔らかにそう言って、リュシアーナをすぐ守れるような位置に移動した。彼はカリナを警戒している。


辺境伯軍を止めたのは、金翼騎士団と白狼騎士団だ。エヴァリストは何も言わないが、リアンはカリナの実力を知っているのだろう。


「……カリナ嬢」


かつて、そんな風に呼びかけたことはない。不安そうに胸の前でこぶしをつくる。その際に薬を握り込んだ。


「妃殿下……」


カリナの目がリュシアーナに向けられる。光のない目だ。憔悴しているようにも見える。


「どうしてカリナ嬢が? 誰かに騙されてしまったのではないのですかっ?」


リュシアーナは、言い募る。内心、白々しくて仕方がない。それを見て、カリナが少し笑った。


「騙された?」


「そうでしょう? カリナ嬢が指揮官なんて、そんな大それたこと、できるわけありませんわ」


「……帝都でぬくぬく育ち、第一皇子殿下に愛され、世間知らずな妃殿下は、知らないのでしょう。私がどんな仕打ちを受けたか!」


カリナが声を荒げた。檻を掴んで、リュシアーナに言葉を投げつける。


カリナの言葉はすべて嘘だ。彼女は、リュシアーナの可能性に賭けてくれた。


――最後の会話が、こんな芝居になるとは思わなかった。


リアンが間に入る前にリュシアーナは、一歩進み出た。檻を握る彼女の手を両手で包み込む。


「カリナ嬢はそんなことはしない方だわ。わたくしが力になります」


「やめて!」


彼女はリュシアーナの手を振り払って、自分の顔を覆った。


リュシアーナの手から毒薬が消えている。


「第一皇子妃殿下、離れてください」


リアンが固い声で言った。リュシアーナはそれに従って、後ろに下がる。視界の端にこちらに向かってくるエヴァリストが見えた。


「……妃殿下、あなたに私はわからない」


カリナがつぶやいた。それが合図だった。


今まで微動だにしなかったシクルの王女が、突然動きだしたのだ。


「下がって!」


リアンが警告するより早く、檻の隙間から手を伸ばした王女は、近くにいた騎士から剣を抜き取った。そのまま流れるようにカリナの檻に投げ入れる。


「――ご武運を」


王女の声は、檻が打ち破られる音にかき消された。


剣を受け取ったカリナが、破閃を発動したのだ。真っ白な光を放つ剣が、紙でも切るように檻を破壊する。


檻を抜け出したカリナは、リュシアーナとは反対側、皇帝のいる方へと駆け出した。


彼女を止めようとした騎士は、呆気なく切り捨てられる。白光の剣は、普通の剣では止められない。防御不可の攻撃だ。


この破閃があるからこそ、ファリーナ帝国は、強国としてのし上がってきた。どんな鎧も盾も、破閃の前では、布切れと化す。


皇帝の前に第二皇子が立ちはだかる。彼もまた破閃を発動させていた。二人は切り結ぶかと思ったが、カリナはいなして、脇を通り抜ける。


もう皇帝まで誰もいない。近くにいる金翼の第一騎士は、剣を抜けてもいない。


――カリナの間合いまで、あと三歩。


しかし、白い矢がカリナの右脚を貫いていく。リュシアーナの隣にいたリアンが、剣を投擲したのだ。


破閃を発動させたその剣は、白光を保ったまま、カリナを貫いて、床に深く突き刺さる。


崩れ落ちたカリナの手から、剣が離れていった。


「――ここまでか」


そう呟いた彼女の喉がごくりと動いた。毒薬を飲み込んだのだと分かった。


「カリナ……!」


リュシアーナは思わず名を呼んでいた。


周囲の騎士がカリナを捕える前に、彼女は床に倒れ伏したのだった。


そうして、ようやく時が動き出したかのように悲鳴があがり、貴族たちが騒然とする。


――焦点の合わない目が、リュシアーナを映していた。





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