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52、指揮官


十五で婚約して、十八で結婚した。それから四年、ベルティ辺境伯の反乱が、鎮圧されたとの知らせが舞い込んできた。



ついに来たかと、リュシアーナは、騒ぐ心を抑えた。


第二騎士のリシャル経由で、エヴァリストの動向を知らされたのだ。


辺境伯軍の指揮官を生捕りにしたものの、多くの残党が逃走を続けているそうだ。また、シクル王国軍についても、紅蓮魔導師の活躍により、すぐさま退却していったと、記載されている。


そして、シクル王国軍を率いていた第一王女は、追撃しない代わりに自分を捕虜にしろと要求し、その通りになった。


――順調なのに笑えない。


リュシアーナが皇帝になる道が整いつつある。それなのに、なんて後味が悪いのか。


「………………」


リュシアーナは一人、自室で項垂れていた。


だが、いつまでもそうしているわけにはいかない。無理矢理にでも切り替えようと、リュシアーナは外に出た。


ついてこようとした侍女たちを置いて、リュシアーナは温室に向かう。


温室には、色とりどりの花が咲いている。


リュシアーナは近くの椅子に座った。目に映るのは、完璧に管理された花や木。目を閉じれば、芳しい匂いが鼻に抜ける。


温室内は、ちょろちょろと、どこかから水音が聞こえてくるだけで、とても静かだ。


少しの間、そうしていると、ざくっと、誰かの足音が聞こえた。


リュシアーナが目を開けると、そこには第二騎士のリシャル・バウスがいて、引き返そうとしたのか、背を向けたところだった。


「バウス卿……」


名を呼ぶと、リシャルの足が止まる。彼が振り返ると、少し長い赤い髪が、頬にかかった。


「……申し訳ございません。後ほどお伺いいたします」


リシャルは書類を抱えていた。新たな書簡が届いたのだろう。


執務室に伝えようとしたが、途中でリュシアーナが温室には入るところを見かけた。リシャルの行動は、そんなところだろうか。


「いえ、奥で話しましょう」


奥には、お茶会用のテーブルがある。リュシアーナが立ち上がると、リシャルは少し戸惑った顔でついてきた。


彼に花は似合わないなと、リュシアーナは思う。


向かい側に座ったリシャルは、赤い髪とくすんだ青の瞳に、冷たい印象を受ける綺麗な顔立ちをしている。

どこか硬派な雰囲気を纏っているから、花が似合わないのかもしれない。


「妃殿下、お疲れだったのでは?」


冷たい印象とは裏腹にリシャルは、リュシアーナを気遣う。


「少し考え事をしていただけですわ。辺境伯軍はどうなりましたか?」


リュシアーナはいつも通りに微笑んで見せた。


「辺境伯軍の五割が、破閃を使える手練れで構成されていたようで、帝国騎士団の偵察部隊が全滅するなどの被害を受けておりました」


「よく指揮官を捕らえられましたね」


辺境伯軍の破閃が使える者が多すぎる。カリナが直接教えたからだろうか。


「メラーニア子爵のおかげです。子爵が辺境伯軍を迎合するように見せかけたため、指揮官を捕えることができました」


「メラーニア子爵が……」


(……カリナを裏切ったのね)


メラーニア子爵は、皇帝から重税を課されていて、後がない。辺境伯の反乱に加わってもおかしくないため、それを利用して、カリナを誘き寄せたのか。


北東部の領主のほとんどは、反乱には加わらなかったため、辺境伯軍は規模を拡大できなかったようだ。リュシアーナにとってもそれは誤算だった。


自領が困窮しても構わなかったのか、カリナという旗印に影響力がなかったのか。


リュシアーナは、後者だろうと、悲しく結論付ける。


「現在は、逃走した百名ほどの残党を追跡していると、連絡がありました。辺境伯軍の内情ですが、指揮官以外に捕えた者たちは、すべて自刃しております」


カリナが育てた軍は、まだ死んではいないようだった。指揮官を失っても降伏していない。練度と忠誠心が、群を抜いている。


「指揮官は捕えたままですか?」


「はい。その、捕えた辺境伯軍の指揮官なのですが、カリナ・ベルティ辺境伯夫人であることが判明しました」


リシャルが、書簡を指さして言った。書簡にははっきりと、カリナ・ベルティの名前がある。


「辺境伯自身の姿は見つからず、残党をあらかた片付けた後に辺境伯領へと進むようです」


「そうなのですね」


相槌を打つリュシアーナをリシャルがじっと見つめる。


「……辺境伯夫人について、知っていたのですか?」


「どうしてそう思うのですか?」


「妃殿下の様子がいつもと異なっていました……。それに夫人の名前に驚いていないようだったので」


女が軍を率いることなんてできない。それが、ファリーナ帝国における常識だ。


「カリナは、数多の兵法に通じています。それを知っていたので、彼女が指揮官だと予想していました」


青薔薇会の存在は、当時の貴族たちも知るところだ。知らないふりはできない。


「兵法に? なぜ貴婦人がそのようなものを……」


リシャルは驚いていたが、それよりも理由が気になっているようだ。普通なら、真っ先に否定か侮蔑の言葉が出てくるところだ。


「わたくしが、領地経営に興味を持ったように、カリナは兵法に興味を持ったのです。そして、それを学ぶ場が提供されていましたから」


「その学ぶ場で、妃殿下と夫人は、親しくなったのですか?」


リュシアーナは頷いた。


リシャルは衝撃を受けているのか、少しの間言葉を失っていた。


「…………それは、いや、なぜ殿下にそのことをお伝えしなかったのですか?」


動揺したリシャルの問いを受けて、リュシアーナはくすりと笑った。


「誰が信じましょうか? わたくしが破閃を使えて、領主代行を務めているのに、エヴァリスト様は未だに半信半疑でしょう?」


「それは……」


リシャルは言葉を詰まらせた。


女は所詮、子どもを産む道具。誰も意思があるとは思っていないし、何かを為す能力があるとも思っていない。


「ですが、私は、妃殿下を知っています。妃殿下が領主代行になってから、騎士団の運営が以前と比べて円滑に行われています。殿下が、騎士団の職務に向き合う時間も増えました」


これは……褒められているのだろうか。リュシアーナは、ただリシャルの言葉を聞いていた。


「以前の私なら、殿下の言う通りに動くだけでした。ですが、本当に殿下に忠誠を誓うなら、それでは駄目だと気づきました。殿下が気づかないことに目を配り、危機を予測して回避することが、私の役目なのだと思っています」


ずいぶんと心情が変わったなと、リュシアーナは思う。


「なので、私が妃殿下の言葉を疑うことはありません。私は妃殿下が優れた統治者なのだと、知っていますから」


真剣な眼差しが、リュシアーナを射抜く。


(本当に……ずいぶんと変わったわ)


リュシアーナが皇帝になる覚悟を決めたように、リシャルもまたこのままでは駄目だと決意している。


正直なところ、女性に対する偏見は、不変だと思っていた。


父やクライフ男爵、執事のように最初から許容できる者だけが受け入れることができて、リュシアーナを敵視する侍従のように受け入れない者は、永遠に受け入れることはない。そう思っていた。


(同じ人間なんだから、変わるものよね)


認められるというのは、悪い気分ではない。


「……ありがとうございます。バウス卿」


リュシアーナが礼を言うと、彼ははっと我に返ったようで、そわそわしている。


「い、いえ。出過ぎたことを言ってしまい……」


熱弁してしまったと照れているのだろう。耳が赤い。目の前にいる彼には、いつもの冷たい印象などかけらもない。


「ふふっ、バウス卿がこんなにも熱心な方とは思っていませんでしたわ」


揶揄うように言うと、彼はますます動揺した。


「姉上……楽しそうなところすみませんが、あまり二人きりはよくないと思います」


リュシアーナが笑っていると、恨みがましそうな声が聞こえてくる。ステファンだ。


いつからかわからないが、そばにいたらしい。きっと二人で会話しているのを見て、指摘されないよう近くに控えていたのだろう。


「ステファン、わたくしの部屋までエスコートをお願いしても?」


「はい、姉上」


リュシアーナは立ち上がり、書類をステファンに渡した。彼はにこにこと書類と共にリュシアーナの手を取る。


「バウス卿、楽しいお話しでしたわ」


先ほどまでは動揺していたが、新人にそんな姿を見せるわけにはいかなかったのだろう。いつも通りの表情に戻っている。


リシャルは一礼して、リュシアーナを見送っていたのだった。





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