51、青いドレスの人形
十五で婚約して、十八で結婚した。それから四年、ベルティ辺境伯の反乱はまだ鎮圧されていない。
リュシアーナは、自室で待ち構えていた。来るなら今夜だと思っていたのだ。
エヴァリストを含め、白狼騎士団は精鋭だけを連れて、メラーニア子爵領へと向かった。また、第二皇子と第三皇子は明日には、シクル王国軍の鎮圧に向かう。
だから、ルカが忍び込んでくるのは、今夜だ。
リュシアーナは、カリナが勝算の低い反乱を起こした理由をルカに聞いて、彼女の考えを変えるつもりだ。彼女なら、このまま行方をくらませることも可能だろう。
わざわざ破滅へ向かう理由もない。
カリナは女だ。辺境伯軍の長がカリナだとしても、きっと誰も信じないだろう。性別でも何でも利用するものは利用して、逃げ切ってくれることを切に願う。
「リュシアーナ様」
すでに下がらせたあとだったが、侍女のランが小さく呼びかける。
「どうしたの?」
「その、贈り物が届いています」
ランは少し警戒した様子で、手にしていた箱を開け、中身を見せた。箱の中には、一体の愛らしい人形があった。幼い子が着せ替えで遊ぶような人形だ。
リュシアーナは、その人形の服に気づく。
薔薇がモチーフになっている青いドレスなのだ。それだけではなく、黒髪は長く、陶器の肌に青い目をした人形だった。
「送り主の名前がなく、いつのまにか紛れ込んでいました。処分なさいますか?」
ランに問われて、リュシアーナは首を横に振った。人形を手に取り、角度を変えて観察する。
「特に何も仕込まれていないみたいね」
「はい。先に検分しましたが、危険はなさそうです」
人形は、リュシアーナを模しているようだった。ルカの仕業だろうが、なぜ人形なのだろうか。
幼いルカが人形で遊んでいる姿なんて、見たことがない。
「しばらくは処分しないで、飾っておきましょう。今夜は適当な所に置いたらいいわ」
「かしこまりました」
リュシアーナから人形を受け取ったランは、テーブルの上にある花瓶の横に並べた。
人形を飾り終えると、ランは下がっていった。
再び一人になったリュシアーナは、窓辺に足を向けた。今夜は、月がよく映えていて、綺麗な半月だった。
どんなに遅くとも満月になる頃には、反乱は終わっているだろう。
「――月下のお嬢さん、ご機嫌はいかが?」
物思いに耽っていたリュシアーナは、響いた声に勢いよく振り返った。
ルカの声ではない。一気に警戒心が高まる。
――白髪に赤紫の瞳をした妙齢の美女がそこにいた。
美女はテーブルの上に足を組んで座っていた。異国の衣装に身を包んでおり、薄い領布がひらひらと風もないのにゆらめく。彼女は、この世のものではない艶やかな美しさを放っていた。
「どなたでしょうか?」
リュシアーナは、にこりと微笑んで問う。
ここから数歩先には本棚がある。その隙間に剣を隠していた。手にとる余裕があるだろうか。
(いざとなれば、戦うしかないわ。笛を返したのは早計だったかしら)
リュシアーナは不審者への対処をすぐさま頭に思い描く。
「見た目に反して肝が据わっているのね。あたしを見るだけで気絶する者も多いのに」
白髪の美女には、底知れない雰囲気がある。まるで人間ではないような強大で威圧的な存在感だ。
「警戒しないでちょうだい。あたしは変幻に言われて見に来たのよ」
美女は両手をあげて言った。害は与えないと、強調しているようだ。
「どのようなご用件でしょうか」
警戒を解かずにリュシアーナは問う。白髪なら、魔法使いだ。だが、本当にルカの使いだろうか。
ルカは魔法使いの国に所属する変幻魔導師だ。彼女のルカの呼び方は、親しい関係を匂わせるものだった。
「見に来たのよ。変幻が数年を無駄にしてまで力を貸す主を」
リュシアーナの顔を見にきたと、美女は答える。
「あたしは、魔法使いの国で、魔導師の地位と歌劇の称号を与えられた者。あらゆる戦場を舞台に変えて主役を喰らう歌劇魔導師よ」
蠱惑的な笑みを浮かべる美女は、歌劇魔導師と名乗った。
歌劇魔導師といえば、チェスティ王国に雇われていた魔導師だ。たった一人で、ファリーナ帝国軍の三割を壊滅させた魔法の持ち主。
「偉大な魔導師様が、このようなところまでお越しいただけるとは、夢にも思いませんでしたわ」
リュシアーナは笑みを崩さずに言った。わざわざリュシアーナを見るためだけにチェスティ王国からファリーナ帝国までやってくるはずがない。
「わたくしは、リュシアーナ・ボナート・ファリーナですわ」
リュシアーナは、一礼して名乗り返した。そして、頭を上げた時、歌劇魔導師の膝の上には、人形が乗っていることに気づく。リュシアーナを模した青いドレスの人形だ。
(人形を目印に移動してきた……?)
あらかじめつけておいた目印に瞬間移動できる魔法。それはリュシアーナも知っていた。
第三騎士ルベリオ・シャンナが使用する魔法だ。しかも彼の魔法は、血筋からくるものだった。滅亡したベスタ王家の魔法なのだ。
「ルーア・フォン・ベスタ、ベスタ国の王太子殿下でいらっしゃる?」
ベスタ王家の生き残りの内一人は、魔法使いの国に行ったと聞いた。魔導師になっていてもおかしくない。
だが、リュシアーナの記憶するベスタ王家の家系図が正しければ、この目の前にいる歌劇魔導師は、四十近い。魔導師ともなれば、歳をとらないのだろうか。以前、ルカが幻影で見せた国主も年齢からはありえない若さだった。
「ええ。愚弟があなたの夫に仕えているそうね。野心のある男だったわ」
歌劇魔導師は、あっさりと肯定した。
予想通りだ。チェスティ王国で、エヴァリストが敵対しているはずの魔導師と交渉できたのは、弟であるルベリオがいたからなのだ。
「野心、ですか」
目の前の餌しか見えない無能の間違いだろう。
「欲しい鉱石を献上してくれると言うし、姉弟の誼であたしの契約期間を教えてあげたのだけれど……。てっきり、ファリーナ軍全体が大人しくなるのかと思ったのに、自分だけ保身に走るなんて恐れ入ったわ」
やはり出し抜こうとしていたようだ。
彼女は人形を手にしている。彼女の魔法は、人形を操るものだ。その人形の素材にオルトマリア鉱石が必要だったのだろう。
敵対する他国の要人に鉱石を献上するなんて、エヴァリストの思考が理解できない。
しかも、ファリーナ帝国軍の被害を抑えることもできたというのに、それを捨て、あわよくばと後方にいる第三皇子を殺そうとでもしたのだろう。
だが、歌劇魔導師と縁があるのは、ルカも同じだ。
結局のところ、ルカの方が一枚上手だった。だから、青剣騎士団が、チェスティ王国国王を降伏させることができたのだ。
そうチェスティ王国の出来事を予想する。
「あなたはそんな野心に満ちた男が好きなのかしら?」
「ご冗談を」
即答すると、ふふっと歌劇魔導師が小さく噴き出した。
「あなたが次の王だと聞いているわ。あの男はあたしと相対して怖かったのか、交渉をすべて愚弟に押し付けていたけど、あなたは違うようね」
歌劇魔導師はそう言ったが、リュシアーナには共感できなかった。魔導師の力を知ってはいるが、敵意のない彼女から命の危険は感じない。
「楚々とした顔に見合わぬ豪胆な心の持ち主。それが変幻好みの女なのね」
「そのような関係ではありませんわ」
夜に逢引きしているが、男女の関係と思われるのはうんざりだ。それにリュシアーナは、外からどう見えるか知らないが、肝が太いとは思っていない。
カリナのことで、心が揺れていれば、尚のこと。
笑みを浮かべたままのリュシアーナから何を読み取ったのか、歌劇魔導師は、楽しそうだ。
「あなたが王になった時にまた会いましょう。その時はあたしもこの国の守護に加わるわ」
最後にそう言い残して、彼女は消えた。彼女のいた場所にぽとりと人形が落ちる。
魔導師というのは、誰もが神出鬼没なのかもしれない。
リュシアーナは、青いドレスの人形を拾って、置き直す。そして、ベットに腰掛けて、差し込んできた月明かりを眺めた。
――その夜、ルカが姿を見せることはなかった。




