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50、紅蓮魔導師


十五で婚約して、十八で結婚した。それから四年、夫はチェスティ王国の侵攻で失態を犯していた。



チェスティ王国が降伏したのと同時期にファリーナ帝国内で反乱が起こり、そこにシクル王国も加わっているため、皇宮は殺伐とした雰囲気に包まれていた。


ようやく北東部の状況がわかってきたようだ。リュシアーナがエヴァリストに呼ばれて、作戦室に来ると、再び出征の準備が始まっていた。


エヴァリストが取り乱した姿を見ていただけにこれほど対応が早いとは思わなかった。


様子を見ていると、準備は第二騎士のリシャルが中心になって進めているようだ。彼が立て直したのだろうか。


「――リュシー」


観察していると、エヴァリストに名を呼ばれた。


「エヴァリスト様、いかがなさいましたか?」


リュシアーナは微笑んだ。エヴァリストの顔色は、少し悪く、まだ完全に切り替えたわけではないようだ。


「リュシー、君の父上から連絡はなかったかい?」


「ありませんわ」


突然何を問うのかと思ったが、エヴァリストが社交界での評判を気にしていることに気付いた。チェスティ王国では、相当不味いことをした自覚があるのだろう。


結局のところ、リュシアーナが詳細までを知ることはできなかったが、出兵したファリーナ帝国軍の三割近くが壊滅していたらしい。


小さな王国を手に入れたくらいでは割に合わない損失だ。


その壊滅にエヴァリストが手を貸してしまったのであれば、帝国騎士団の恨みは深い。


「そうか……」


エヴァリストは、苛々した様子で下を向く。そんなことを聞くために呼んだのかと、リュシアーナは呆れた。


「妃殿下、こちらをご覧ください」


会話が途切れたところで、リシャルがリュシアーナを席に勧めて、書類を手渡した。


「シクル王国及びベルティ辺境伯の反乱ですが、どうやら二つのルートで個別に侵攻しているようなのです。この内、白狼騎士団は、辺境伯軍の鎮圧に向かうことになりました」


手渡されたのは、ファリーナ帝国北東部の地図だった。侵攻ルートと思われるものが書き足されている。


シクル王国の軍は、一万。対して、ベルティ辺境伯の軍は、千にも満たない。


国を相手にするには心許ない数だ。いや、相当無茶な数だ。


ファリーナ帝国軍は、クローチェ領に三万もの兵を集めて、防衛線を築いている。シクル王国に便乗する周辺諸国があれば結果は違っただろうが、今の所、シクル王国以外に動きはない。


「辺境伯軍ですが、鎮圧部隊として動いていた大隊を二つ下しています。ゲリラのような戦い方で、徐々に中央へと進んできています」


カリナの率いる辺境伯軍は、騎士とは思えない戦い方をしている。大隊二つということなら、ほぼ同数の規模での戦闘を経て、消耗しているのではないだろうか。


「今はどこに?」


「この、メラーニア子爵領あたりかと思われます。現在、メラーニア子爵とは連絡が取れません」


リシャルが指差したメラーニア子爵領は、クローチェ領から一つ領を挟んだ先にある。


メラーニア子爵領は広く、森林が多い。ゲリラに適した地形だ。もしかすると、この場所でクローチェ領にいる兵と渡り合うのかもしれない。


「我々白狼騎士団は精鋭を選抜し、金翼騎士団と協力して、メラーニア子爵領に向かうことになりました」


皇帝直下の金翼騎士団が動いているのなら、皇帝はこの反乱に相当な怒りを感じているようだ。


だが、帝国最強の騎士団が、辺境伯軍を対処するとなれば、シクル王国軍はどうするつもりだろうか。


「シクル王国軍の対応は、よろしいのですか?」


「そちらは、赤星騎士団と青剣騎士団が向かいます。それと……魔法使いの国の紅蓮魔導師がファリーナ帝国に手を貸すとのことです」


「紅蓮魔導師?」


リュシアーナは聞き返した。メルデンから紅蓮魔導師がファリーナ帝国に滞在していることは聞いている。


第二皇子と第三皇子が、シクル王国軍の鎮圧に向かうのは、理解できるのだが、なぜ魔導師がそれに加わるのだろうか。


「皇帝陛下のご友人だということで、丁度ファリーナ帝国に立ち寄っていたこともあり、シクル王国軍の殲滅に手を貸すと聞いております」


魔導師を雇うのには、莫大な資金が必要だ。最低でもボナート公爵領の収益の三年分は必要だ。今のファリーナ帝国にそんな金はない。


チェスティ王国に雇われた魔導師といい、ここ最近の魔導師は、たたき売りでもしているのだろうか。


魔法使いの国について、その歴史は知っているものの、今の魔導師たちやその魔法まではわからない。そもそも魔導師たちは、称号で呼び合うため、本名を明かしていない。


シクル王国の第一王女もまた魔法使いだと聞いているが、治癒魔法しか使えないため、もし紅蓮魔導師が攻撃に特化した魔法を使うのなら、相手にすらならないのではないだろうか。


――シクル王国軍も辺境伯軍も鎮圧の目処が立っている。


喜ばしいことなのにリュシアーナは少しも喜べなかった。


(カリナ、なぜそんな無茶なことを……)


兵法に優れた才能を持つ彼女は、最初から結末が予想できたはずだ。


「……妃殿下、妃殿下?」


目線を落としていたリュシアーナは、リシャルに呼ばれて顔を上げた。


「考え事をしてしまいました。もう一度おっしゃっていただけますか?」


リュシアーナは、にこりと微笑みを浮かべる。


「すでに予算を使い切っておりますので、この件の資金については、また請求させていただくことになるかと」


リシャルは、少し遠慮がちに請求書を差し出した。出費が重なるのは彼のせいではない。だが、事務を請け負う彼としては、予算内でやりくりできなかったことを悔やんでいるのだろう。


「資金の心配はいりませんわ。……そういえば、先のオルトマリア鉱石はどうなりましたか?」


チェスティ王国の進軍に使用した資金や資材はどうなったのかと、リュシアーナは尋ねる。


「それは……歌劇魔導師に渡りました」


リシャルは困惑した表情で言った。何のために必要だったのだろうか。


(歌劇魔導師と金品の受け渡しまで行うとは……)


リュシアーナは内心で呆れた。


悪印象を与えてしまったと悔やんでいたが、まるで被害者みたいな態度だ。加害者もしくは、その共犯だったことは、都合よく忘れているのだろうか。


(シクル王国とベルティ辺境伯の反乱は、わたくしが首謀者よ)


都合よく現実を捻じ曲げることはしないと、リュシアーナは誓った。


リュシアーナが皇帝になるのだ。そして、疲弊したファリーナを回復させてみせる。





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