閑話 叱責
これは、チェスティ王国が陥落し、白狼騎士団が帝都に帰還した頃の一幕――。
リシャルは、幼い頃から第一皇子に仕えてきた。遊び相手から、見習い騎士、白狼騎士団の第二騎士になっても、それは変わらない……。
皇宮から使いがやってきたため、リシャルは、主である第一皇子エヴァリストと第一騎士と共に皇帝の前にいた。
エヴァリストの後ろで、頭を下げたまま、上げることは許されていない。
「だから、それは私も知らなかったのです!」
エヴァリストが、弁明している。
チェスティ王国の一件で、副騎士団長から抗議が上がっていた。歌劇魔導師と通じて、わざとファリーナ帝国軍に被害を出したと――。
「手柄を焦ったか、馬鹿者が! なぜ貴様の軍だけ無傷だったのだ! 敵と内通するなどもってのほかだ!!」
びりびりと、皇帝の怒声が響き渡る。
今までのリシャルなら、立ち回りが悪かったと、エヴァリストが責められている事態を悔いただろう。だが、今は、自軍に被害を出すような策を平気でとるエヴァリストに疑問を抱いていた。
そして、皇帝がこれほど怒り狂っていることも疑問に思う。
いつもなら、多少エヴァリストへの抗議が上がってきたとしても、聞き流していた。しかし、今回は、わざわざ呼びつけて、貴族たちの前で叱責している。
謁見室に集まる貴族たちは、たまたま居合わせたにしては、数が多い。
(これは、殿下への牽制か)
皇帝は、五十を過ぎて、代替わりの声が出てきている。チェスティ王国攻略の足掛かりを作ったのは、エヴァリストだ。第二皇子も功績を積んでいるが、順当にいけば、エヴァリストが皇位を継承するだろう。
しかし、皇帝の普段の言動を知るリシャルは、わかっていた。
――この皇帝は、死ぬまで玉座にしがみつく質だ。
だから、デュラハンの出現で周辺諸国が騒めいている今、余計な功績をあげられないようにエヴァリストを責め立てているのだ。
エヴァリストに悪印象を植え付け、まだ代替わりの時ではないと言いたいのだろう。
エヴァリストの命令を叶えることに固執しなくなった今、リシャルの視野が広がっていた。
そして、皇帝からのその叱責は、半刻以上にも渡ったのだった――。
皇子宮に帰るエヴァリストは、ひどく苛立っているようだ。
「……私があの化け物と交渉した証拠など、ないではないかっ」
倦んだ目でぶつぶつと呟いている。
「気になさることはありません。殿下は、次期皇帝になる御方です」
第一騎士のレアンドロ・ピオヴァーニが労りの言葉をかけた。
「そうだ。なのになぜ父上は私を指名しない?」
皇子宮に足を踏み入れたところで、エヴァリストは足をとめ、こちらを振り返った。
「それは……」
レアンドロが口籠る。リシャルも何も答えられなかった。
(皇位を譲りたくないからだ。しかし、勝手に皇帝の心中を代弁することは不敬にあたる)
早くから皇太子に指名することになんの制限もない。それにも関わらず、皇帝は次期を指名しなかった。
貴族たちは、まだどちらに皇帝となる資質があるかがわかっていないからだと勝手に騒ぎ立て、第一皇子と第二皇子が対立する羽目になっているのだ。
そして、年が離れていた第三皇子でさえもそれに参入してきている。
「……私に落ち度はない。……いや、そうか!」
考え込んでいたエヴァリストは、はっと頭を上げた。
「後継だ。皇孫がいないからなんだ!」
そして、それが真理とでもいうように声を張る。
「確かに、まだ皇孫は居られないので、その可能性もありますでしょう」
すぐにレアンドロが追随したが、リシャルは信じられないと思った。
(妃殿下に責任転嫁するのか……)
エヴァリストが、ボナート公爵令嬢だったリュシアーナと結婚してから、四年が経つ。普通なら、子供の一人や二人、できていてもおかしくない。
「そうだな。早く子供ができれば、父上も皇族が安泰だと感じてくださり、私に皇太子に指名なさるかもしれないな」
的外れだ。
それはわかるのだが、リシャルは軌道修正する言葉を持ち合わせていなかった。エヴァリストにとって、リシャルは付き合いが長いだけの存在だ。いくらでも代えが効く。
今、白狼騎士団は、リュシアーナが領主代行を務めたことで、劇的に円滑に進んでいる。潤沢な資金と備品、あらゆる情報。そのすべてがリュシアーナから提供されたものだ。
エヴァリストはその卓越した手腕に気づいていない。リュシアーナの力が騎士団にどれほど寄与しているか、知らないのだ。
その状態で実務からリシャルが外されてしまったら、リュシアーナを軽んじて、騎士団はたちまち行き詰まる。それは避けたかった。
「前から考えていたのだが、やはり別の腹が必要だと思わないか?」
別の腹とは、あまりにも侮蔑的な言い方だった。
皇族にとって、後継は必要だろう。だが、あれほど献身的なリュシアーナをただの産み腹としてしか見ていないのか。
「……ボナート公爵の信用を失ってしまうかと」
リシャルは慎重に言葉を選んだつもりだった。しかし、エヴァリストは顔を顰める。
「欠陥品を寄越したのだから、多少は我慢をするべきだと思うがな」
暴論だ。リシャルが反論しようとした時だった。
「なら、ミレーユ姉上はいかがでしょう」
いつの間にか、エヴァリストの後ろにステファンがいた。彼は、今年入った新人にして、ボナート公爵家の後継者だった。
「立ち聞きか。品がないぞ」
上司として、レアンドロが口を挟んだステファンに注意する。しかし、エヴァリストはその話に食いついた。
「そういえば、もう一人令嬢がいたんだったな!」
ボナート公爵には二人の娘がいる。しかし、リュシアーナの妹は全く話題に上がったことがない。エヴァリストは、腹を変えて、尚且つ、公爵の不興を買わない案があったかと喜んでいる。
「はい。他の貴族との繋がりのため、父が良い嫁ぎ先を探していたのですが、これ以上先延ばしにしても薹が立ち過ぎてしまうと」
ステファンは、愛想よく答えた。リュシアーナと非常に仲がよかった。だが、妃の妹だとはいえ、こんなにも簡単にエヴァリストに新たな女を薦めるのか。
「よし、それだ! すぐに公爵に連絡を取ろう」
エヴァリストは明るい顔で、屋内に入っていく。ステファンは、にこにことそれを見送っていた。
「……いいのか」
リシャルは、彼までもリュシアーナを軽んじるのかと、失望しながら問う。だが、ステファンはエヴァリストの背が見えなくなると、笑みを消した。
「まさか。ミレーユ姉上を知らないからああなるんです」
冷たい声だった。
「ミレーユ様は、あまり表にでない方だと聞いているが……」
「先ほどは姉上を庇っていただいたので、特別に教えますが、ミレーユ姉上は、とってもわがままです」
ステファンは、いつものように人懐こそうな笑みで、悪戯でもするように言った。
しかし、リシャルは、その意味が掴めなかった。
「こんな国は面白くないと、国を出たんです。父上ですら、居場所は知りません。求婚の手紙を出したとて、いつ返事が返ってくるか」
ステファンは肩をすくめていた。
「……そう、なのか」
リシャルはなんと言ったらいいのか、言葉に迷った。嫁ぐでもなく、国を出たようだった。リシャルの知る女性の枠を超えている。
とにかく、ステファンは時間稼ぎをするようだ。彼がリュシアーナの味方だとわかり、リシャルは安堵した。




