49、帰還と反乱
十五で婚約して、十八で結婚した。それから四年、旧友が計画通りに反乱を起こし始めた。
チェスティ王国陥落の知らせに喜ぶ間も無く、シクル王国の侵略と、北東部の裏切りが、国中に広まっていた。
情報は錯綜しており、ベルティ辺境伯が裏切ったとも、辺境伯はすでにシクル王国に屈したとも言われている。
今は、シクル王国の軍勢が北東部を進んでいるため、ベルティ辺境伯はともかく、他の北東部領主たちは早々に降伏したと見られている。
国政を聞く立場にないリュシアーナは、父からの知らせで現状を把握していた。
ファリーナ帝国は、帝都とベルティ辺境伯の中間地点にあるクローチェ伯爵領に拠点を置き、騎士や兵士を集結させている。無論、クローチェ伯爵である帝国騎士団の騎士団長が指揮を取っていた。
また、北部にいるチェスティ王国侵攻のための軍勢を使って、二方向からシクル王国を撃退するつもりのようだ。だが、チェスティ王国侵攻に向かっていた軍勢は、想像以上に数を失っているらしく、機能するかわからない。
リュシアーナは、父からの手紙を読み終えると、侍女に処分するよう伝えた。返事を書いていると、皇子宮が騒がしくなる。
シクル王国の進軍の知らせを聞いた白狼騎士団が、帰還したようだ。
出迎えるよりも白狼騎士団の執務室に行った方が話やすいだろう。リュシアーナは、作戦室に向かう。
予想通り、エヴァリストは真っ先に作戦室に駆け込んでいた。
「どうなっているんだ!」
エヴァリストは荒れているようだ。
部屋の外にも声が聞こえてきた。リュシアーナは、開いていた扉から静かに中に入る。
「正確な情報はないのかっ?」
エヴァリストが第二騎士のリシャルに詰め寄る姿が見えた。
「まだ情報が錯綜しています。今は、お身体を休めてはいかがでしょうか」
エヴァリストと共にチェスティ王国へ行っていた騎士たちは、疲れた顔をしていた。反乱を聞いて、強行軍で戻ってきたのだろう。白い制服は埃っぽく、所々に血の跡が残っていた。
「だがっ、それではまた手柄を取られてしまう!」
エヴァリストは、いらついたように頭をかき混ぜた。酷い姿である。
「――エヴァリスト様」
リュシアーナの声にエヴァリストがはっと振り返った。
「父からも連絡がありました。まだ動くべき時ではないと」
「あ、ああ。そうか」
そう言うと、エヴァリストは、ようやく落ち着きを取り戻した。取り乱した姿を見られ、気まずそうな顔になっている。
「ずっと雪の国におられたのですから、とてもお疲れでしょう。侍女たちが、湯を用意しております」
リュシアーナは、微笑んで労わるように言った。
「そうしよう。リュシー、また義父上から連絡があれば教えてほしい」
疲れのせいにしたいのだろう。エヴァリストは、特に否定せずに作戦室を出て行った。
主人の姿が見えなくなり、作戦室に静寂が落ちる――。
リュシアーナが第一騎士に視線を移すと、彼は呆気にとられていた頭を振ってから指示を出す。
「各員、指示があるまで休め」
リュシアーナが作戦室の扉から離れると、騎士たちはぞろぞろと移動を始める。騎士たちは一様に疲れていたが、顔ぶれは出立時とほとんど変わらず、白狼騎士団に損害はないようだ。
やがて残ったのは、第一騎士のレアンドロ・ピオヴァーニと第三騎士のルベリオ・シャンナの二人になる。
「ピオヴァーニ卿、お疲れのところ申し訳ありませんわ。しかし、チェスティ王国での失態についてお聞きしたいのです」
「妃殿下……」
レアンドロは、話していいものか、悩んでいるようだった。
「失態の深刻度によっては、父への取り次ぎが必要ではありませんか?」
リュシアーナがそう言えば、彼は躊躇いがちに口を開いた。
「端的に言えば、我々白狼騎士団だけが災厄から逃れたため、邪推されてしまったということになります」
端折りすぎだ。リュシアーナは、レアンドロのそばにいるルベリオの顔色が非常に悪いことに気づく。真っ青なのだ。
「災厄というのは、魔導師のことですか?」
リシャルが尋ねた。エヴァリストが魔導師と交渉したことは、手紙に書かれていた。
「左様。ヒル砦をチェスティ王国が奪還したのは、罠だった。砦内には、数々の魔法が仕込まれており、我々や帝国騎士団の本隊が出立した後、後方部隊を狙った魔法が発動したのだ」
一番最初に後方を狙うとは、ずいぶんと手慣れていた。本体も補給を断たれた上、場合によっては挟み撃ちにされる危険性がある。
「シャンナ卿は、魔法に気づかなかったのでしょうか?」
リュシアーナが問う。確か、歌劇魔導師は、殺戮人形を操る魔法を使う。後方部隊はその人形に急襲されたのだろう。
「ルベリオが敵の魔法に見覚えがあると言ったため、魔法使いと接触することができました。その魔法使いは、チェスティ王国に雇われている間だけ、指定された砦を守っていたそうです」
微妙に答えがずらされた気がする。だが、それは後でルカに聞けばいい。ルカの青剣騎士団は、後方部隊にいたはずだ。
「その魔法使いが滞在するのは、あと数日とのことだったので、我々はその間の攻撃を取りやめておりました。しかし、後方部隊がやられ、本体も二手に分かれていたため、その情報を伝達することができませんでした」
レアンドロの続きを聞いて、リュシアーナはなんとなく経緯を把握した。
「なるほど。白狼騎士団側だけが無傷だったため、もう片方に怪しまれ、不信感を抱かれたのですね」
「その通りです」
レアンドロは、遺憾だとでも言わんばかりに頷いたが、リュシアーナは嘘だと思った。
後方部隊には、第三皇子がいたのだ。わざと魔法を見逃して、打撃を与えようとしたのかもしれない。
白狼騎士団だけが有利な情報を得て、手柄を独占しようとしたのだろう。それに簡単に歌劇魔導師と接触したと言ったが、その情報を得るために何を差し出したのかもわからない。
そこでリュシアーナは気づく。オルトマリア功績を欲していたが、それは歌劇魔導師に献上するためだったのではないだろうか。だが、たかが鉱石で魔導師のご機嫌伺いができるとは思わない。
リュシアーナは顔色の悪いルベリオを見て問う。
「魔法使いは、シャンナ卿のお知り合いだったのですね?」
ルベリオの肩が小さく跳ねた。
ルベリオは、ファリーナ帝国に滅ぼされたベスタ王家の生き残りだ。当時のベスタ王家からは、二人の直系王族が秘密裏に亡命していた。
(確か……一人は魔法使いの国に、一人はファリーナ帝国の貴族の養子に)
ルベリオの見知った魔法使いというのは、この魔法使いの国に亡命した者なのだろう。ベスタ王家の家系図によれば、ルベリオの姉にあたり、王太子だった人物だ。彼女が歌劇魔導師である可能性が高い。
しかし、レアンドロは、それ以上口を開くつもりはないようだ。
「ピオヴァーニ卿、ありがとうございます。父に伝えて、副騎士団長へのとりなしを求めますわ」
引き上げ時だと感じたリュシアーナは、楚々と微笑んで、一礼した。レアンドロもそれに応えて、騎士の礼を見せた。彼の思考は、エヴァリストによく似ている。
作戦室を出たリュシアーナは、自室に戻ったのだった。




